『正義を掲げる男曰く3』




悪魔とのコンタクトで得た戦利品を両腕に抱え込み、上杉は鼻歌交じりに戻ってくる。
時折こちらの様子を窺いながら通り過ぎていく悪魔に久しぶりだとコンタクト。
したら、したでタレント魂に火がついて。
すっかりライブのノリでコンタクトマスターとなってしまった上杉である。

「これだけあれば探偵事務所までの道のりも楽勝っしょ。ってアレ?」
得意気に帰ってきた上杉の前には冷や汗ダラダラの と、勝ち誇った風の舞耶が互いに額をくっつけ合っている。
はて? と首を傾げていると、 が上杉の気配に気付き体を背後に引き立ち上がった。

「うわー、すごっ。カードにアイテムにお金? しかもそんなに沢山?? 上杉サンって超器用」
は上杉の戦利品に文字通り目を丸くして、一つ一つを手に取り感嘆する。

の『お願い』は継続中で悪魔達が を襲うことはない。
近くに居る上杉達もそうだったのだろうが、完全に悪魔が『存在しない』世界でもない。
噂により偽りと真実が入り乱れた珠阯レ市では何もかもが混沌としていた。

上杉が近くを通る悪魔を相手に『久方振りのコンタクト(交渉)』を行うのも理解できる。
昔取った杵柄。
腕が落ちていないか。
確かめたい気持ちは にも分かった。

「それを一人でやっちゃうのがまた凄いわ」
舞耶がリアルタイムで交渉をこなしている自分達を省みてため息。

ゆきのと初対面の悪魔に指南を受けて開始したコンタクト(交渉)
人間の性格も多様なのと同じで悪魔の性格も多様である。
それを踏まえ相手の関心を引きタロットやアイテム・情報を入手するのだ。
最初は腰が引けていた栄吉が一番調子よくコンタクトを率先して行っている。
そうでなければベルベットルームで強力なペルソナを入手できない。
という、のっぴき成らぬ事情もあったのだが。

「喋り足りないかもしれないけど、そろそろ移動しないと置いてけぼりになっちゃうぜ。 ちゃん、舞耶サン。てか俺様のコトは愛情を込めて『秀彦』って呼んで欲しいなぁ」
上杉はニヘラとだらしない表情を浮かべ自分で自分を指差す。
「上杉サンがそうして欲しいなら」
上杉がそう呼んで欲しいなら は呼ぶ。
相手が心を許してくれるなら、その分、自分の存在を認めてくれるなら。
は上杉に近づきたいと願う。

「違う違う。お願い、だよ。強制じゃない。嫌なら他のあだ名考えてくれても大丈夫だからさ。
そーゆうモンだろ? 俺様達の間柄ってヤツは」
人懐こい笑みを浮かべた上杉が器用にウインクしてみせる。

ちゃんは俺様と一緒で他人との距離の取り方がビミョーに上手いんだよな。うん。
だから相手に驚きは与えるけど、決定的な不快感は与えないようにしている。
自分が昔した事を後悔して同じ事をしないよう、気をつけてる。けどさ……いじめとは別次元として。
自分の言葉は誰かを励ます反面、落ち込ませ絶望のドン底へ叩き込んだりするんだ。同じ言葉を口にしても」
上杉は知っている。
が『いじめっ子』だった自分の影に怯えているのを。
上杉自身が『いじめられっ子』だった自分の過去に怯えていたのと同じで。
絶対に同じ過ちを繰り返さないと言う保障は何処にもない。
だからこそ は今でも深い胸の裡で怯え続けているのだ。

自分の傲慢さが相手を深く傷つける事態が起きやしないかと。
そのような事象を故事成語で表現するならば『杞憂』
まったくもってナンセンス。
非常事態が起きる前から非常事態を案じて動くなんて石頭すぎやしないか。

自身が嫌だと思っているのよね。私とは逆かな? ほら、職業柄、距離感を掴むタイミングを計りながらインタビューしなくちゃいけない時もあるし」
舞耶は上杉の講釈に深く相槌を打ちつつ、自分なりの意見をさりげなく主張した。
年上らしい配慮は には無用だ。
こちらが遠慮すれば も同じだけ遠慮する。
まるで鏡向こうの自分と同じ距離感を は示す。
自身無意識に。密やかに。

「きっとその距離感が ちゃんなりの優しさであり気遣いなんだろうけど。同じペルソナ遣いには遠慮しないって決めてるんだろ?
だったら遠慮しなきゃいい。 ちゃんなんてまだ可愛いレベルさ、セベクの時のアヤセに比べれば」
ちょっぴり遠い目をして上杉は海岸向こうを見遣った。

魔法攻撃が得意なペルソナと相性が抜群に良かったアヤセ。
彼女が歩きつかれ怒った時には問答無用で発動された『アギ系』魔法。
攻撃対象は主にアヤセと意見が合わない稲葉と自分だった。
アレは熱かったなぁ。
しみじみと上杉は過去を回想しこう感想を胸中だけに零す。

 それって、わたしがマッキーや皆に壁を作ってるってコトなのかな?

なりに自分が考えた事柄はある程度伝えてきたつもりだ。
なのに上杉と舞耶は遠慮しなくて良いと言う。
大人しく上杉の言葉を聞きながら は頭の中だけで首を捻った。

《無意識に表れる壁を彼は見抜いているのね》
は自分が相手に作っているらしい壁について考える。
すると、 一人では荷が重かろうとソルレオンが に話しかけてきた。

 無意識の壁?

ソルレオンが表現した『無意識の壁』の単語に、 は益々訝しさを覚える。
相手への配慮は多少出来るつもり。
バイト先の先輩たまきが見本だ。
逆に同じペルソナ使いに対しての無遠慮もしてきたつもりである。
パオフゥや、栄吉・達哉・リサ・舞耶・ゆきの。
新しく知り合った面々にだってちゃんと自分の意見はぶつけた。
それが壁?

だって全ての本音を零せる? 彼女に死相が出てるって云える? アヤセだけが心配だって云える? 黒っちだけを捜す事に専念したいと云える?
正直なところ、あの存在に振り回される新米ペルソナ使いをドン臭いって思ってるって云える?》
の怪訝に思う感情を読み取ったソルレオンが断言する。
冒険が始まってからずっと焦っていた の気持ちを踏まえての指摘だ。

 ……云えない。

ソルレオンの手痛い指摘に は項垂れる。

達哉達が過去の自分を封印している事実を笑うつもりはない。
自身もそうだったから。
ただ、安易にJOKERを追いかける彼等の行動理念へは疑問の余地を挟みたい。
選ばれた冒険者。
因果を断ち切る。
尤もらしい単語を連ねるフィレモンに踊らされるなんて……子供じゃないんだから。
なんて考える反面、矢張り自分もフィレモンに踊らされたクチなので彼等を笑えない。

の胸中は大層複雑だ。

「本音を全部晒す事が良いコトじゃないさ、勿論。皆が本音で喋っちゃったら、タイヘンだからな。
けど、そんな苦しそうな顔を女の子にさせちゃうのは、俺様の流儀に反するワケ。ほら、俺様良い男だからさ〜」
上杉はチューインソウルと宝玉を に使用しながら誤解を与えないよう。
自分の発言の真意を付け加える。

仲間だ、友達だと口先で言った所でお互いにツーカーになれるわけじゃない。
気持ちを言葉にしなければ伝えられない『大切な想い』だって存在するのだ。

「私もずっとキングに命を狙われていた事を言えなかった。魔女だと云われて付け狙われていた事を最初に云えなかった。
言う必要がないと思ってた部分もある。傲慢になっているつもりはなかったけれど、結果的にはそうなったわ。
守護霊様の力……ペルソナ能力者だと伝える事が出来なかった。けれど皆と、 と知り合えた。だからまだ間に合うって思ってるの」
舞耶はポケットからくたびれたウサギのヌイグルミを取り出し、 の顔前に持っていく。
何度か瞬きを繰り返した に舞耶は「お守りなの」とウサギを自分の手で動かした。

「キングは死んでしまって……。残りの幹部の行方も、JOKERの手掛かりも失ったけれど。絶対に予言は阻止してみせるわ。それからJOKERから感じたあの悲しみの心の原因を暴いて見せる」
舞耶は海風に靡く髪を手で押さえ残骸と化した飛行船へ目を向ける。
数分前までは黒煙を上げていた飛行船だが、今は船体を洗う波の合間に徐々にその身を沈めている。

「どうして私がリサ達を懐かしく感じるのかも。突き止めてみせるから! お姉さん、頑張っちゃうわよ〜」
言いながら舞耶は右手で左肩を押さえ、左腕をグルグル回す。
左手に持たれたままのウサギも勢い良くグルグル回った。




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