『正義を掲げる男曰く4』




腕時計で時間を確かめた上杉は舞耶と の肩を指先で軽く叩いた。
「そろそろ時間も迫ってきたし。一先ず探偵事務所まで移動しようか」
「そうね、秀彦クン」
人懐こい笑みの上杉に舞耶がウインクで返す。

名前で呼んで。
上杉のお願いに対して舞耶が出した答えは『クン』付けするもの。
流石に初対面に等しい相手に短時間で名前だけを呼ぶのは憚られたからだ。
はなんとなく気合の入った舞耶と上杉に気圧され黙ったままで首を縦に振る。

「ふぇ!?」
ぼんやりしていた は背後を舞耶に抱えられ、背中を向ける上杉に乗せられ。
間抜けな悲鳴をあげ大人二人にされるが儘。
あっという間に上杉に『おんぶ』された。

「疲れてる時は無理しない。城戸程じゃないけど、俺様だって男だぜ? ちゃーんと探偵事務所までおぶってあげるから」
上杉らしい言動と行動だ。

不思議と不快感はないし、克哉に感じた照れも羞恥も感じない。
上杉が持つ空気が に安心感を与えているのだろう。
城戸とは違った意味で頼もしいと は感じる。

普段は大真面目な部分なんて微塵も感じさせない癖に。
彼自身が受けた苦しみから見出した、彼なりの『正義』感がこの行動となって現れているのだろう。
アヤセが聞いたら矢張り『嘘でしょ』と叫ぶだろうが。
上杉に正義の二文字は相応しい。

「正義の俺様の腕の見せ所。こうなったら全部コンタクトで乗り切りましょうか」
両手も塞がってるしね〜。
なんとも呑気に笑いながら上杉が付け加えた。
の腕が躊躇いがちに上杉の鎖骨辺りへ回される。

「頼もしいわね。というか、コツを学びたいわ」
舞耶も何かを悟った風にマイペース。
気負いもなく、ごく自然体で上杉との会話に乗る。
上杉が海岸を出る階段を上がるのに舞耶も続く。

道路に出て危険がないかを二人で確かめ、急がず平坂区にある探偵事務所目指して歩き出した。

「確かにあの子達じゃーなー。姐さんは頼りになるけど」
上杉の歩く速度は の眠気を誘う。
ウトウトする の耳に上杉の声が飛び込む。
短時間の交流で感じた印象を上杉はそのまま舞耶へ伝える。

「そうでもないの、意外性を突いてるわよ? 達哉クン達は。
達哉君、ああ見えてバイクのエンジン音とかの真似が上手いし。漢について熱く語っちゃうんだから」
片腕をグルグル回しながら舞耶は達哉の交渉術について力説した。
「へぇ〜、あの諒也似の子がなぁ」
上杉は見た目と行動のギャップに素直に感動しながら言う。

人は見かけによらないとセベクスキャンダル時に学んだ。
矢張り何時の時代も人は見かけによらないらしい。
表向きはクールで無表情な彼がバイクのエンジン音の物真似とは。

「栄吉クンは自分に酔ってみたり、場を仕切ってみたり。歌ったり。多彩よ、多彩」
「ああ、それはなんとなく。ナルシストってのが意表をついてるけど」
諒也も歌ってたし、マークの奴は踊ってたし。
上杉もかつての自分の仲間のコンタクト手段について舞耶へ教えながら笑う。
揺れる上杉の身体の振動が に届く。

 変なの。すっごく変なの。
 わたしは単に自分がイヤだって考えたから動いてるだけなのにね。
 優しくされるとどうしたら良いか分らない。
 アヤセや城戸っちじゃないからなんか、調子狂っちゃう。

フワフワする意識の中、 は漠然とした納得できない気持ちを抱えていた。

《当然の権利》

 麒麟?

何処か拗ねた風に呟き麒麟が に自ら喋り掛けてくる。
普段は静寂と平穏を望む麒麟が感情を滲ませる事も珍しいし。
へ率先して声をかけるのも珍しい。

《……》
麒麟は の呼びかけに多くを応えず、 の心に寄り添って身を寄せる。
常ならば厳しい態度と清廉潔白を貫く麒麟らしからぬ態度だ。
麒麟の齎す温かい波動が の心を満たしていく。

《親代わりのソルレオンを除外すれば、 の最初のペルソナは麒麟だからね》
ルーにしては珍しく。
他の仲間? であるペルソナの気持ちを代弁した。
フォースとの相性が悪いだけで、ルー自身ソルレオンや麒麟と相性が悪いわけではない。

《いじめっ子になった を傍で見ていたのも麒麟でしたわ》

 そうだね。麒麟を使っていじめてたね。

フォースの指摘に在りのままを受け止め、 は過去に麒麟に強いた非道を認める。
自虐的に成るわけでも、開き直る訳でもなく。
事実を事実として認める。

の矛盾する気持ちを間近で見ていて、忘れられて。それでも と離れたくなくて。最初に現れたのが麒麟よ》
ソルレオンが母親代わりの実力を発揮し、 にも理解しやすいよう、麒麟の心理を噛み砕いて解説した。

《ふふふふ、羨ましいですわ。わたくしは制約があって直ぐにお傍に参れませんでしたもの。そうでなければ真っ先に馳せ参じたものを》
一番最後に加わったのが心残り。
言いたげにフォースも自己主張を連ねる。

 エルの杖を捨てたのも。
 麒麟とソルレオンと別れたのも。
 わたしの気紛れが引き起した偶然だったんだけど。
 我ながらきちんと選んだな〜って思うもん。

黒きガイアと戦う定めを背負うのが理不尽で。
自分の忘れていた、封印していた過去を断ち切る意味で捨てたエルの杖と二体のペルソナ。
自分を自分で罰し、過ちを認めた事で姿を現した自分のダークサイドペルソナ・ルー。
全てが終了し、自分にもライトサイドのペルソナが居ると悟って具現化したフォース。

《偶然も一種の必然よ。例えあそこで間違えても、 なら真実に近づけていたわ》
今更ながらに己の激情に任せた行動に感心する を、ソルレオンが優しく励ます。

失敗を恐れるのは誰でも同じだ。
恥ずかしいしそれに伴う自信の喪失は計り知れない。
けれど なら。
何度でも迷い間違えながらでもきちんと真実に辿り着いただろう。
を包み込むように温かい気配を振りまきソルレオンが断言した。

《常に正しい答えを選ぶ必要ないだろう? 失敗は成功の母という。特に は沢山失敗をしなければ学べないからな》
ルーがシニカルに意見を纏める。
逆説的に、何度失敗しても自分は見捨てたりしないと云っているのだ。
《もし が間違った道を選んだとしても。厭でもわたくしが導き続けますわ》
フォースもフォースで。
誰に影響されたのか、 が気付くまで付きまとっていただろうと力強く言い切る。

 ありがとう。
 わたしを見つけてくれて。
 ありがとう。
 わたしを忘れないで居てくれて。
 ありがとう。
 わたしと一緒にいてくれて。

は疲弊していた己の心が解けていくのを感じて、ペルソナ達へ最大限の感謝の言葉を伝えた。
主に、麒麟へ向けて。
いじけていた自分も大切だけれど。
映像に怯える自分も可哀相だけれど。
まだ何も決まっていない。

アヤセも助けていない。
黒っちとも会えていない。

舞耶が言った通りだ。
全てを決めてしまうのはまだ早い。取り戻せる。

《これからも》
素っ気無い麒麟の一言。
麒麟なりに大いに照れているのだろう。
分る反応に は薄っすら微笑み幸せをかみ締めた。

普通とは違う幸せだけど、自分は幸せだ。
友達が居る、仲間が居る、自分の心を映すもう一人の自分、ペルソナ達が居る。

それから。
「ありがとう、舞耶ちゃん。秀彦」
聞き取りづらい小さな声で囁かれる の感謝の気持ち。

コンタクトについて意見を交わしていた上杉と舞耶は顔を見合わせる。
駆け引きなしの気持ちの伝え合い。
どうやら にも多少こちらの気持ちは伝わったようだ。
舞耶は親指を立て、上杉は右唇の端を持ち上げニンマリと笑うのだった。




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