『正義を掲げる男曰く1』



持ち込んだタオル類を回収し、焚き火の跡もきちんと始末。
手伝ってから、ゆきの・栄吉・達哉とリサが三組に分かれて海岸を出発した。

「あれ? 舞耶サン、忘れモノとか??」
上杉は出発する気配を見せない舞耶へ声をかけた。

は深く眠っている。
何度もペルソナを呼び出し暴れ、珠阯レ市を縦横無尽に移動した疲労が溜まったのだろう。
上杉達だってセベクスキャンダル時はこまめに休息を取り、次の段取りを決めて慎重に行動していたのだ。
多少、諒也や南条といった冷静沈着タイプが仲間の状態を常に把握してくれていたから。というのもあるかもしれないが。
それを差し引いても は無茶苦茶だ。
自身のキャパシティを越えて動き回り倒れる。

突然倒れられた達哉達は驚いただろうが、彼等にとっても良い薬になった筈。

休息はこまめに取りましょう〜ってか。等等、上杉は自分で自分にツッコんでみたりする。

「ううん。どうせ目が醒めたらサキは上杉君に事情を聞くでしょう? そしたら絶対に『探偵事務所に行く』って言うわ。
だったら私はサキと一緒に行こうと思って」
髪のサイドを手で押さえ舞耶はペルソナを召喚し、 に回復魔法を施す。

「なーるほど。本格的に興味シンシンって? コトですか」
上杉は小さな声でひとりごち、両腕を天高く伸ばし身体を大きく伸ばした。

周囲をそれとなく警戒するも悪魔の群れは の『願い』に応じて姿を見せず。
仮面党員達は相変わらず大の字に伸びた儘である。
恐らく『魔獣王』である彼女の気持ちを酌んでくれている。
悪魔交渉においてはダントツだった過去の己の直感がこう告げている。

「最初はサキのペースに呑まれちゃって、ただただ流されてたけれど。サキが守ってくれている、そこから目を逸らしたくないの。
協力してくれている。こう考えればサキの行動は当然かもしれないけど……」
最後の『当然かもしれない〜』の部分は少し傲慢に聞え、舞耶の語尾が弱まる。

弱い自分でも大丈夫だ。
音楽堂の裏で達哉は怯える自分の気持ちを否定せず、守ってくれるとまで言ってくれた。
同じ行動を はたった一人で取っていた。
途中、 を心配するゆきのの仲間が一緒に行動していたとしても。
は達哉と同じ事を『行動』で示し、見返りも求めず走って。
疲れていないわけがない。
怖くないわけがない。

 そうね。
 少なくとも私はサキの事を『正義の味方』だなんて思ってないから。
 言葉に出すととても陳腐だけど、正義なんて人それぞれ。
 須藤や仮面党が掲げる正義が間違っているように。
 その部分をきちんと弁えているだけ、知っているだけ。
 とても強いのね。
 だからうっかり誤魔化されちゃうトコだったわ。
 サキ。

舞耶は の寝顔に心の中で語りかける。
優しい彼女が遠い昔の、誰かと重なる。
それが誰だったのか、今の舞耶は思い出せていなかったけれど。

「無茶されると辛いからな〜、その気持ちは少しだけ分るな」
上杉は適度に相槌を打ち、舞耶に話の続きを促す。

「私も随分逃げて回ってたから。達哉君達に勇気を分けてもらって少しだけ強くなれた気がするの。一気にサキみたいには成れないけどね」
複雑な表情から一転、ポジティブ思考の舞耶が直ぐに何時もの笑顔を浮かべる。

キングとの戦いで彼の炎や因縁は断ち切れたと思う。
自分自身の力や達哉達の励ましがあって。
マイヤの宣託が何を意味するか。
あの七姉妹学園の教諭の言葉が気になるも、今はココロに引っかかる謎を解き明かさなければならない。

お姉ちゃん。

この単語に反応して怯えるリサ。
互いの面識があったのを忘れている風の栄吉。
まだ人と一線を引いた態度を取る達哉。
見えない因縁が三人と自分を縛っていた。

「いやいやいや! 十二分に強いっすよ、舞耶サンは」
人差し指を左右に振り、おどけた風に上杉は舞耶へ応じる。

ペルソナなんて非常識なブツを幼少期から抱えていただけでも驚きではあるし。
良い歳した大人が『悪魔退治(という名の冒険)』に本腰入れるのも結構無茶苦茶な話ではあるし。
臨機応変に対応して達哉達を支えている彼女は凄いと上杉は考える。

「サンクス! そう言ってもらえると嬉しいわ。少しはサキに頼ってもらえるようになれるかな……」
上杉からの『お墨付き』を頂戴し舞耶は嬉しさにはしゃいだ。
弾んだ調子で言い、やや上目遣いに上杉を見上げる。

「う〜ん。 ちゃんの支えにねぇ。だったら前向きな姿勢ってだけじゃ足りないかもな。うん、それだけじゃ駄目だ」
腕組みをした上杉が逡巡してから舞耶に力強く断言した。
駄目だと。

「え?」
「サキってあだ名は ちゃん本人がそう『名乗って』いるもんでしょ?
それを素直に使う姐さん達も『らしくて』良いけどさ。ペルソナみたいにイロイロな呼び方、あっても良いって俺様は思うんだよね」
問い返す舞耶に具体的な説明を加え上杉は右端の唇を持ち上げた。

人間は様々な側面を持っているのだと知ってから
(決してコンタクトで城戸が手品をしたり、麻希がホラをふいたり、諒也が歌ったりしていたからではないと……思う)
呼ばれ方で相手との距離感が何となく掴めてしまう上杉は、同じ事が にも当て嵌まるのだと確信していた。

魔獣王(グライアス)と呼ばれる
サキ、と呼ばれる
二代目と呼ばれる
、と名前で直接呼ばれる

どれも呼んだ者から を見た断片を捉えているに過ぎない。

全てが合わさって になるのだろう。

だとしたら逆も然りなのではないか、と。
断片は の本質を含んだモノなのだから。

「……」
今度は舞耶が腕組みをして眉間に皺まで寄せて考え始める。
「だから俺様は名前呼び。 ちゃんって名前、結構可愛いと思うけどな」
上杉なりの に対する呼称は、上杉が彼女を自分の中で『 ちゃん』と位置づけていると表現しているもの。

かつての仲間の『仲間』ではなく。
女子高校生で、ボケ属性を持ちながら適度にユルイ可愛い後輩。
神崎  として彼女を捉えている。
上杉なりのさり気ない主張だったりするのだ。

「ユッキーの友達は本当に凄い人達ばかりね。参っちゃうわ」
顔を下げれば両脇の髪が重力にしたがって下へ下がる。
手馴れた動作でサイドの髪をかき上げ舞耶は肩を竦めた。

「私から見たサキ。どんな名前が一番しっくりくるのか、か。
そうね。サキに最初に言われてその愛称がサキにとっては一番なんだと思ってた。
でも仲間なんだから、逆に私があだ名をつけても良いのよね」
舞耶は上杉の謂わんとした部分を正しく理解し、自分なりに咀嚼して言い換える。

相手をどう呼ぶかで全てが決まるほど人間関係は単純じゃない。
だが、相手は高校生。
苗字で呼ばれるか、名前で呼ばれるか、あだ名で呼ばれるか。
呼ばれ方によって相手との距離を示す彼等だからこそ。
自分も親愛の情を込めて を示す名詞を付けても構わない。
は既に自分に『あだ名』を付けているのだから。

「そうそう」
上杉は理解力の早い舞耶に満足げに何度も首を縦に振った。

「…………うん、決めたっ! 捻りが足りない気もするけど。名前で、 って呼ぶわ。上杉君ありがとう」

 パン。

舞耶は両手を合わせて自分から を名前で呼ぶと決めた。
あだ名も良い。
高校生くらいは、今でも舞耶をあだ名で呼ぶ友達はいる。
しかしあだ名は何となく には似合わない気がしていたのだ。

「どーいたしまして。俺様『正義』の男だからねぇ」
上杉は胸に手を当て舞耶へ会釈する。

高校時代、アヤセからブーイングを受けた己のペルソナ『JUSTICE(正義)』
このふざけた態度の男のドコが正義なのかと。
解説していたエリーに詰め寄っていた稲葉。
呆れて言葉もない南条に。
何故か成る程と頷いていた諒也。

当時の仲間の反応が上杉の頭の片隅を掠めて消えていく。

「ふふふふ」
舞耶は、余裕のある上杉の態度に口元に手を当て笑った。


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