『女の武器を使いましょう4』




一先ず警察署から離れて一安心。
城戸とアヤセは険しい顔つきで正座する を見下ろす。
項垂れた は口先を尖らせる。

「ったく、最後の最後でなにしてんのよ! サキ」
両腰に手を当ててアヤセは の頭へ言葉を投げつけた。
「ごめんなさい」
小さな声で が謝る。
「お前が突拍子もない行動をとるのは何時ものことだが……流石に警察署ではな」
苦い顔つきの城戸も多少は怒っているようだ。

「ごめんなさい」

基本的に一人っ子。
目上から叱られる経験は少ない。
遠慮もなしに を叱り飛ばすのは親しいから。
心配したから。

分るだけに内心は不満たっぷりでも、不承不承謝り続ける である。

「あ〜、もうっ。上辺だけ謝るならもういいわよ」
ローファーの踵でアスファルトを踏み鳴らし、アヤセがついにキレた。

「サキ? アンタは弁えるタイプだろうから、あんま怒られないかもしれないけど。相手が怒るにはそれなりに理由があるんだから。ちゃーんと受け止めなさいよね!
八つ当たりで怒ってんじゃないくらい、分かんでしょ!!!」

顔を真っ赤にして怒るアヤセは久しく見ていない。
ぼんやりアヤセを見上げる にアヤセは目線を逸らした。

「やりすぎだ、アレは」
アヤセほど怒っていないが釘は刺す。
城戸の端的な指摘に は鼻の奥がツンと痛くなってきた。

自分が悪いのは分っている。
力があるからといって万能ではない。
ましてや世の中の中で生きている以上、最低限のルールを守らなくてはならないのだ。
嫌というほど見てきたし、実際にセベクスキャンダルで体感した。

 分ってるもん。分ってるもん。

幾ら人の負の面を視て言い当てても。
の微々たる力では限界がある。
一足先に社会人となって世間を味わった城戸とアヤセはそれを痛感していた。
だからこそ叱る。

 知ってるもん。
 城戸っちとアヤセが心配しているくらい、分ってるし知ってるもん。

ジワジワ目尻に浮かぶ涙。
は懸命に目元を擦って涙を振り払う。

 女の武器みたいで嫌だもん。今泣くの。

目を真っ赤にする が声を殺して泣く姿。
城戸は頭を掻き から顔を背けるアヤセの背中を軽く叩いた。

「……泣く程悔しいなら、無茶はしない。少しは頼りにしなさい」
 アヤセ達を。

 アヤセの言葉に辛うじて首を縦に振る。

「ご……ごめんな……さい……」

一人じゃない暖かさを知っている。
だからこそ一人だと勘違いしてはいけない。
錯覚してはいけない。
も事件の当事者。
子供だから分からないのではない。
子供だから分かる感覚。

しゃくりあげる を抱き上げ、城戸は何度かその背中を叩いてあやす。

「結局、ナニを追っかけてたの?」
アヤセは怒りを胸裡に仕舞い へ問いかけた。

一人で背負う。
この歳若い友人が持つ二つ名の重さ。
知っているからこそ が何を視て追いかけているのか。
無理矢理にでも白状させる必要がある。

「ニャルラトホテプ……正しくは、春日山高校生の黒須 淳って生徒。
彼は神取のように、深い深い闇に囚われている。麻希ちゃんみたいに沈んでいこうとしている。
麻希ちゃんが暴走したように、彼も暴走するかもしれない。そしたら……地球は滅びる」

鼻声で告げる の説明にアヤセと城戸は黙り込む。

は嘘をついていない。
己が視たビジョンを要約して自身が取っていた行動理由を説明しているだけ。
行き着く先が『地球の崩壊』だなんて洒落にならないが、恐らくは が視た時の流れに沿った最悪の事態。
が、それに該当するだけの話なのだろう。


「ふぅん。前もケッコーやばかったけど、今回も楽しくないってカンジ〜」
頭の後ろで両腕を組み、アヤセは気のない態度で素っ気無く言った。

「ニャルラトホテプ……混沌を象徴するペルソナ。ペルソナであってペルソナではない、人の闇に寄生する意識集合体。厄介な相手だな」
片手で握り拳を作り、もう片方の手のひらで受け止める。

 ぱちん。

小気味良い音と気合の入る城戸の肢体。

「そぉーだよねぇ〜、今回は麻生とか居ないし。稲葉だって、南条だって居ないしさ〜。ちょーっと面倒かも。
あっ、エリーとブラウンは今回頭数から外す。あの二人、バイトとか仕事あるし。目立つポジションじゃん?
下手に仲間にして目立つのもアヤセはパス」

指折り数えるアヤセの口調はいつものギャル風ながら、顔は真剣そのものだ。

「……情報なら、同じ会社の横内にもあたってみるぜ。顔を見たくねぇが、非常事態だ。俺がえり好みできる状況じゃねぇからな」
「トロ!? あのキショイペルソナ使ってた、あのトロ!? 同じ会社だったの!?」
城戸の発言にアヤセは胸を押さえて甲高い声で叫ぶ。

「仕方ないだろ、たまたま、偶然一緒の会社に就職しちまったんだよ」
片方の耳を咄嗟に押さえて城戸が言葉を返す。

「へぇ〜」
関心か。驚きか。
果ては最近流行のマメ知識的相槌か。
アヤセが相槌を打てば城戸は眉間の皺を深くした。

「むぅ」
蚊帳の外。
仲間外れにされた はスンスン鼻を啜っていたものの、気持ちも大分落ち着いてきて何度か瞬きを繰り返す。

「マメにメールでサキに調べた情報を送るわ。現役じゃないアヤセがどこまで出来るか分らないけど。地道な努力っての? 嫌いじゃないし」

 ほれ。

続けて言い、アヤセは手にしたミニタオルを の頭に乗せた。

「まぁな。悲嘆にくれるのは簡単だ。憎み続けるだも簡単だ。だが……んなガキっぽい行動からは卒業した身だ。
俺もメールでサキに連絡を取る。サキ? 危険を感じたら俺かアヤセに必ず連絡を取れ」
アヤセのかけたミニタオルの上に手のひらをのせ。
の頭をグイグイ押しながら城戸にしては珍しく多弁を振るう。

「信じるの……??」
だってこれは が勝手に視た『ビジョン』で。
アヤセと城戸が巻き込まれる理由なんて一つもない。
呆然とした顔で呟いた に、

「「サキが視たと言っているなら」」
アヤセはブイサインで。
城戸は親指を立てた状態で。
ニヤリと笑ったまま返事を返し、時間を惜しむが如くそれぞれに歩いて行く。

 負けたくない。負けられないね。

アヤセから貰ったミニタオルで目尻の涙を拭き取りながら、 は自分に言い聞かせたのだった。



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こうして主役達(達哉達)とは別に夢主の物語も動き始めます。ブラウザバックプリーズ