『仲間続々? 3』




乾いた音がして少女は本格的に泣き始める。

「だって!! 世界を滅亡から救う為に予言を成就しなきゃ……世界が」

「泣けば済むと思ってんの? ここが爆破されたらイーちゃんだって一緒に死んでたんだよ?
カンケーない人達が沢山死んだんだよ? それを予言にあったから仕方ないって、どーゆうつもり?」

は、頬を押さえてしゃがみ込んで泣きじゃくる少女に追い討ちを掛ける。

普段なら悪戯っ子の様に輝く瞳を持つ
その の瞳が冷たく輝く。
圧倒的な威圧感にゆきのが唾を飲み込んだ。


 ねぇ? 死んで全てが叶うなんて嘘なんだよ。
 逃げられるなんて嘘なんだよ。

 残されたわたし達はどうしたら良いのか今でも分からない。

 分かってない。

 死ぬ覚悟があるくらいだったら。
 自分が殺してしまった人達へ罪を認め償って欲しかった。

 きっと麻希ちゃんだって、そー考えてたと思うの。


自称戦士・イシュキック。
彼女を利用し、彼女を巻き込みスマイル・平坂を爆破しようとした竜也。

麻希の願いを利用し御影町の人々を混沌の鏡で傷つけた神取。

誰かを犠牲にする点では策が竜也と似ている神取を、不意に は思い出していた。

《彼は大人過ぎたんだ。誰よりも哲学を持っていた。だからこそニャルラトホテプに魅入られ己の思うが儘に動き果てた。
身勝手に見えるかもしれないが、あれも一つの選択なんだろう》
事実だけを端的に表現してルーが素早く のぼやきに応じる。

 冷たいね、ルー。

憤りを感じるならまだ人間味がある。
だがルーは違う。
高みから、否、人とは違う視点から神取を評し彼の死を冷静に。
寧ろ他人事の様に受け止めている。

の冷静で冷たい面を共有しているからかな》
ルーの飄々とした返答に、それもそうかと納得し。
は自分から仕掛けた初めての人助けに着手する。

 わたしが傷つくのが怖くて。
 嫌なあのビジョンを視たくなくて。

 今も逃げてるけどイーちゃん位は助け出したい。

 イーちゃんも本当は気がついてるんだもん。
 イーちゃんは選ばれた人間なんかじゃない。
 そこら辺にいるフツーの女の子なの。

《彼女くらい単純な悩みだったら でも助け出せるだろう? の周りの人間はアクが強すぎるからな。まだ の手には負えないさ》
余計な一言を零すルーに呆れながらも否定はしない。
自分の限界なんてとっくに見せ付けられている。

麻希を成り行きとはいえ救った諒也達。
関わるのが怖くて嫌で面倒で裏でコソコソしていた自分。

比べるべくもない。

観客にすらなれないのだ、自分は。

だからせめて自分から逃げないと誓った。

 蝶々ズに踊らされるのは正直……二度とゴメンだし、ね。

は鼻からゆっくり息を吐き出し、極力単語を頭の中で吟味して音へ出す。


「力を持っても万能にはなれない。助けられない人は居る。止められない流れもある。
分不相応の力を手にするって事はね? イーちゃん。
倍の責任と息苦しさを背負うだけなんだよ。楽しくなんか……ない」
醒めた瞳で は語る。

麒麟が咥えていたエルの銃が輝き細長い杖の姿に戻った。
から一時的に戦闘意欲が失せたせいだ。
の気持ちを削がないようそっと、麒麟はエルの杖を咥えたまま隣へ座り込む。

「誰かを傷つける、怪我させる力を持てて幸せ? ヒトゴロシの力を持てて嬉しい? 選ばれた戦士になれて楽しい?」
がジワジワと言葉で少女を追い詰めていく。
少女は の言葉のナイフに怯え両手で耳を塞ぎ首を左右に振った。

「星あかり。太古の戦士じゃなくて、正義の戦士でもなくて。イーちゃんでもない。あかりに戻りなよ。
今更自分のスタンス変えるの恥ずかしいし、みっともないって。そーゆう風に思えちゃうけどさ。もう十分でしょう?」
は自分が一気に年を重ねた気分になって、疲れた風に尋ねる。

イシュキック・本名星あかりは何度も瞬きを繰り返す。

どうして自分の本名を彼女が知っているのだとか。
戦士の役に違和感を覚えていた自分を見抜かれたのか、だとか。
様々な疑問があかりの胸に渦巻き消えていった。

「もういいじゃん。あかりちゃんに戻りなよ。肩肘張ってなくても良いんだよ?
夢を持ってるなら実力つけて正々堂々と追いかけなって。夢が叶うかどうかは知らないけど。麻希ちゃんは叶えたよ」
は真顔から僅かに表情を緩め、あかりへと手を差し出した。

「まだ入り口だけどね。私はね? 前は凄く病弱で。病気のことで落ち込んでいて、それを友達に助けてもらったの。
だから私は臨床心理学を学んで同じ境遇の人達の心を守ってあげたくて。大学で勉強中なんだ」

達哉・リサ・栄吉・舞耶。
四人の視線を受け麻希が恥ずかしそうに俯き。
最後は顔を上げて誇らしげに自分の夢を語る。

あかりも喋った麻希をじっと眺め何度か瞬きを繰り返した。

空に燦然と輝く太陽を眺める如く、眩しいものを見詰める顔つきで。

「二代目……」
涙に濡れて崩れた顔をあげ、あかりが を見上げ、呼ぶ。
差し出された手を握る。

「や……二代目じゃ……ないんだけどね。お願いだからこれ以上キングには関わらないで。
平気で人を殺し宣託の成就を願う電波男に関わらないで」

二代目。
説明するまでもない。
聖エルミン学園二代目裸番長・略して二代目だ。

この単語に多大なるダメージを受けるも、 は持ち直しシリアスモードを持続する。
あかりは真摯な の瞳を数分は見つめ、首を一回縦に振った。


「我が魔獣王の名に於いて汝が能力を封じる。あるべき力は彼(か)の元へと還れ」
は麒麟から受け取ったエルの杖で床を一回叩き横薙ぎに杖を振る。
それから項垂れるあかりの頭へ杖先を翳した。

あかりの足元から円形の光が浮かび上がり、青白い光に包まれた蝶が空を舞い溶け込むよう消える。
そこで はあかりを掴んでいた手を離した。

「魔獣王?」
耳覚えのない単語を思わず達哉が復唱した。

麻希が気遣わしげな様子で の肩に手を当てるが、 は首を横に振る。
麒麟は の足元に蹲り鼻先を彼女の足に擦り付けた。

「この杖が認めた人間が魔獣王・グライアスとなる。
オルハリコンを守護し、人々の負の感情から生まれる黒きガイアを滅する者。それが魔獣王グライアス」
杖を真横に構え直し は単語についての説明を始める。

次に口を開こうとした の足に麒麟が己の身体をグイグイ押し当てるが。
は微苦笑を湛えるだけ。


わたしは、グライアスにはなれなかった


続けて吐き出される の一言に全員が動きを止める。
堪えきれず麻希がぎゅぅと の小さな身体を抱きしめた。

「自分の力に溺れ、クラスメイトをいじめ、そしてハブられた。それを全部力の……ペルソナ能力のせいにして全てを忘れ去った。
目立たないよう、地味に。楽しくもないアイドルの話とかして、愛想笑いを浮かべて。自分を常に誤魔化して生きてたの。
ペルソナ使いであることすら記憶から消して」

自分自身を嫌悪する は歳相応の、揺らぎ易い、柔らかな心を持った女子高校生そのもの。
は努めて軽く過去を語るが表情は自身への苛立ちに満ちている。

麻希でさえも絶句して の告白を止められず。
小さくうつむき唇を噛み締める。

卑下させたいんじゃない。
こんな風に自虐的になって欲しいわけじゃない。

ただ笑って欲しいだけなのに。

何故この年下の仲間は己を無闇に低い位置に見るのか。
麻希は の頑固さを解す手段を持たない己を歯痒く思う。

「でも、やっぱり二代目は正義の味方だと思います」
舞耶から差し出されたティッシュで鼻をかんだ声のまま。
あかりは鼻の頭を微かに赤くしてスンと鳴らしながら。
仁王立ちのままの へ言った。


「ありがと」
短く纏められた の返事にあかりが見たもの。
さっきまでの疲れた の笑顔ではなく。
常に見かける輝くような の無邪気な笑みだった。



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