『仲間続々? 1』




真剣な顔で自転車を漕ぐ と麻希。

当初は同じ青葉区にある珠阯レTVを目指していたのだが、途中で針路変更。
の視た映像に従い平坂区へ移動中である。


「高校生になって知り合った子なの。なーんかわたしの虚像って奴を鵜呑みにしちゃったみたいで。
その子、自称正義の戦士ってゆってたけどさ……」
額に浮かぶ汗を乱暴に拭い は平坂区にあるスマイル平坂を目指す。
自転車を走らせながら斜め後ろに居る麻希へ説明を始めた。

「現実を認められなかった私、みたいなものかな?」
麻希は、曖昧に言葉を濁した の不器用な優しさに口元だけで笑みを形作り。
表情は引き締めたまま尋ねる。

「程度は軽いけどね。選ばれた戦士だって思いたいのかも。現実ばかりじゃ息が詰まるから。
誰も自分や自分の考えを認めてくれない。ううん、自分なんか必要ない。そう思えちゃうのかもしれない」

交通量が異常に少ない。
誰かが何かの噂を広げたのかもしれない。

例えば須藤達仮面党が達哉達を罠に落としやすいように……。

は噂が様々な場所に影響を及ぼし始めた一端を横目に、自転車を走らせる速度は落とさず。
小さく舌打ちした。

「存在意義なんてそれぞれなんだけど。子供の頃って、自分が存在する為の理由が欲しくてしょうがないんだよね。
病弱で友達も碌に作れなかった私はそうだった」

胸を過ぎるのは甘くて切なくて悲しい記憶。
自分の弱さを棚に上げ誰かに依存する事でしか成り立たなかった自分の自尊心。
病気でさえ、これは将来何か劇的な物語が始まる為の苦行だとすら。
自分を無理やり納得させて闘病生活を送っていた。

神取……つけ入られたけれど支えても貰った。
この手で悪だと決め付けて命を奪ってしまった最大の理解者だった人。

麻希は努めて感傷的な気分を追払い呟く。

「目立たない子供を演じてたわたしもそうだった。
何の為にわたしが存在し、空気を吸い、鼓動を動かし、考え、無駄に時間を重ねているのか。誰かに教えて欲しかった。
生きているだけで意味があるのだと。その他大勢じゃなくて特別な存在なんだと思いたかった」

麻希の言わんとする部分は理解出来る。
は呟きを聞き取って相槌を打つ。

だからこそあの時。
突然見えたジャックフロストを追いかけてアラヤ神社に滑り込んだ。
現実の小さな自分に嫌気が差して。
劇的なドラマティックな自分の為だけの物語が幕を開けるんじゃないかと期待して。

 けど語り手がフィレじゃーねー。
 ああゆうオチになってくってのはしょーがないか。
 自分の為だけのぼーけんっても大層なモンじゃなかったけどさ。
 自分の闇を探しに行こうツアー、本当に面白くなかったヨ。

口先を尖らせ人が見たら笑うだろう、奇妙な顔で唸ってから。

は続きを喋る。蓮華台を通過し、間もなく平坂区。

交通量も少なく街行く人も少ない。
今の珠阯レ市は嵐の前のなんとやら状態だ。

「そんなのって一生かかって見つかればモウケモノってモンなんだって。分かっただけでも進歩したって思いたいんだけど。
現実はキビシイね。
で、話は戻すけどあの子は嘘だって、これが現実じゃないって分かってるくせに仮面党に加担した」

「戦士の力を手に入れる為? その子が想像する戦士って……どういうのだろう?
私達の時は問答無用だったし、命がけだったし。綺麗事ばかりを並べてたわけじゃないからなぁ……」

全てのペルソナが戻った麻希にも、セベクスキャンダルの断片は記憶として残っている。
諒也達と冒険した『理想の園村麻希』程鮮明ではないけれど。
確かに麻希にも仲間と共に戦った記憶は残っていた。

それを指しての感想である。

「その子がゆきの達と全面的に戦うのも不味いかも。だってその子は須藤の本性を知らないんでしょう?
ただ、選ばれた女の子なんだって……夢を見たいだけで」
春日山高校、スマルプリズンを通過し、スマイル平坂が見えてきた。
久しぶりの本格的肉体労働に麻希の息も弾んでくる。
少し運動しなくちゃいけないかも。
頭の片隅だけで麻希は自分の持久力の衰えを危ぶむ。

「そーゆうコト。それにちょーっぴりお仕置きもしたいし? どうせ爆破されちゃうんだったら、ウサ晴らししてもバチは当たんないでしょ」
唇の端を持ち上げ は自転車にブレーキをかける。
の操る自転車はスマイル平坂前で止まった。






発端は達哉達と別れて数十分もしないうちに起きた。
凍りつく音楽堂を青葉公園側から見上げ は指を鳴らす。

《本当に良いのでしょうか?》
ソルレオンが の内側へ還り交代する形で女神・フォースが姿を現した。
が考えている事は理解済みである。
少々不安そうに主であり己が分身である を見下ろす。

「仕方ないよ。食材(贖罪)の迎え火が放火魔……じゃない。仮面党所属の須藤が望んだ展開ならね。
他の爆弾は周防弟達が防ぐとしても、ここは爆破されたってコトにしておかないと……噂が立たないから」
は落ち着いた調子でフォースに応じる。

脳裏に浮かぶビジョンが正しければ。
否、正しいからこそ最後の爆弾設置場所から脱出するために噂が必要なのだ。

「はいはい。深刻になる前にどーゆうのが視えたのか教えてよ。優香は囚われの身で、城戸君も慎重に動いてって伝えてあるし」
麻希は の頭を軽く小突いて意識をこちら側に向けさせる。

咄嗟に は麻希が発した発言内容が理解できず。
何度も瞬きをして麻希を見詰め。

数秒後盛大に咳き込み上半身をくの字に折った。

「優香の気配が途絶えて、私の中から何かが消えた。私の中から消えた二人が戻ってきた時に教えてくれたの。
だから城戸君にも伝えておいちゃったv」

 てへ。

悪びれもせず笑う麻希に は引き攣った笑みを浮かべ肩を落とした。

 別に隠していた訳じゃ……ないけどさ。
 嫌じゃん。
 誰かの犠牲に成り立つ冒険なんて。
 ニャルの思う壺みたいで。
 やっぱり麻希ちゃんて、お兄ちゃんのお姉ちゃん版だ。
 一生勝てないかも。勝つつもりはなくても。

「凹むのは後! 出来る分だけ足掻いちゃおう? 上杉君にも会わなくちゃいけないし」
複雑な顔つきになった の背中を叩いて麻希が明るい声で言った。

「はーい。行くぜっ!!!」

気だるげ。
やる気ゼロ。
指一本、動かすのでさえ億劫そうに は片手をあげ女神・フォースの究極魔法『フォース』を発動させる。

建物の倒壊だけなら不要な呪文だ。

しかし、珠阯レ市に蔓延する『黒きガイア』の断片を少しでも減らそうという、 なりの涙ぐましい小さな努力である。

壊れる音楽堂をぼんやり眺めていた は、ふっと浮かんだ映像に薄っすら口を開いて固まった。

バイト先から程近い、スマイル平坂。
何処かのトイレで何故かイシュキックと達哉達が、当人達は大真面目に。
傍から見れば間抜けに対峙している構図が視える。

「ありゃりゃ……」

 まぢっすか!?

ここ数時間で何度目かになる声なき悲鳴をあげ、 は眉を八の字に曲げる。
一気にズキズキ痛み出した頭。
こめかみの部分を掌で支え重い口を開く。

「上杉サンに挨拶する前に、スマイル平坂に行かなきゃ駄目みたい」
うんざりした顔の に麻希は驚く事無く。
爆破騒ぎで乗り手のいなくなった自転車をちゃっかり拝借してみせたのだった。



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