『絆の結び目4』




黒きガイアは出来るなら一発で仕留めたい。
不気味で人の心の闇を突く存在は本能的に拒絶してしまう。

は敢えて黒きガイアの力を図った。

 珠阯レ市が抱える闇はどれだけ強いか。
 見極めなきゃ……。

 落ち着いてなきゃアヤセは助けられないし。

 それに黒っちだって追いかけられない。

 みっちゃん達が表で頑張ってる分、わたしは裏方で少しは動かなきゃ。


脳裏を過ぎる舞耶の姿。
怖い。本当は怖い。
自分の視た未来が現実になるかどうかなんて確かめたくない。
それでも逃げないのは。

 ちっぽけなわたしの自尊心……と、お兄ちゃんとの絆があるから。
 かな。
 許されちゃうなら真っ先に逃げ出すんだけどね。
 本当に……わたしに関係ない人達だったんなら。
 知らんフリして逃げ出したいよ。

一人にだけ視える近い未来に『起こりうる』最悪のシナリオ。
巻き込まれたのは、過去の傷と決別できないニャルラトホテプの新たなる『玩具』達。
自分可愛さに見捨ててはおけない。

「やっぱり……これくらいじゃ駄目か」
は蜘蛛の巣状に広がる亀裂を眺め他人事のようにぼやいた。

「嘘でしょう!? 確かに馬鹿だけど、サキはグライアスなのよ。魔力だってアキ達より遥かに高いのに……。一撃が利いてないなんて」
崩れ落ちていく氷の欠片を眺めアキが悲鳴混じりに声を大きくする。

「ちょーっと引っかかる言われ方だけど。仕方ないんだよ。珠阯レ市は今、噂が現実になるでしょう?
良い噂も。そうでない噂も。
両方の噂が同時に具象化する。
パワーバランスの問題もあるけどね。

例えば、わたしが史上最強の二代目かもしれない。とか。実は実力がないんじゃないか。とか。色々噂できるでしょう?

人の口に戸は立てられないから」

は砕け落ちた氷の破片に目をたがめつつ、アキへ噂システムの落とし穴についてもう一度教えた。

「例えば……聖エルミンにまだ女の子の幽霊が居ついている……とかね」
アキは不満げに鼻をひくつかせ隣のマイへ顔を向ける。

《様々な噂が人の本質を歪める場合もあるという訳。
負の感情の集合体である、黒きガイアが強いのは現在の噂の比率が負に傾いている証拠》
口角の端を持ち上げソルレオンが唸り頭を低く保つ。

《足リヌ!! 足リヌワ!!!》
黒い霧の塊。
人々の負の心の集合体・黒きガイアが蠢きもっと黒い感情をと身をくねらす。
黒きガイアの呼びかけに惑わされる心の破片達。

は黒きガイアの行動に表情を硬くした。

黒きガイアだけなら良い。
けれど黒きガイアに惹かれた魂が歪められてしまえば、麻希を襲った自我崩壊の危機が珠阯レ市全域に住む人々へばら撒かれる。
黒きガイアの呼びかけに、誘惑に逆らえない魂から順に。

「……噂によって人の心が狂わされていくです!! 駄目です!!」
黒きガイアに吸い込まれる魂の欠片を眺めマイが耐え切れず叫ぶ。

「デヴァシステムよりヤバいじゃないの!!」
巨大クマヌイグルミに守られたアキが怒鳴った。

黒きガイアを中心として吹き荒れる風に負けじと。
マイはアキの傍に引っ付いて怯えている。

「……」
はアキ達に嘘でも『大丈夫』なんて言えなかった。

自分が視てしまったヴィジョンが真実になるなら。
誰もが悲しみ苦しむ結末が待っているなら。
ルーが告げたように大河の流れが変えられないのなら。

 今、わたしがしてる事は無駄だと思う。

はエルの銃で黒きガイアに狙いを定め両足を踏ん張りながら考える。


 本当ちっぽけな自己満足の為に動いてる。
 精一杯やったから仕方ないって逃げ道にしようと動いてる。
 進歩ないのは分かってるけどやっぱり足掻きたい!!

 逃げたい気持ち半分。
 諦めたくない気持ち半分。

 半端なわたし。

 これが今の精一杯のわたし。

 それでも良いと笑ってくれるお兄ちゃん皆がいるから。

 まだ踏み止まってるだけの紛い物の『オウサマ』
 せいぜい裸のオオサマにならないよーに、願うだけ。


胸の奥。お腹の脇。
溜まったモヤモヤは消えないけれど、 は現実問題をひとつずつ片付ける前向きな選択肢を選んだ。

「ペルソナァ!!!」
《フォース》
エルの銃から発射される弾に女神・フォースの魔法『フォース』が重なる。
一直線に伸びた弾道は黒きガイアを貫いた。

《ギャアアアァァアアァァ》
四散する黒きガイアの破片をもう一度『フォース』の魔法で浄化。
陰謀渦巻く珠阯レ市へ問答無用で全て送り返す。
迷い込んだ魂の欠片と共に。

「わたしはわたし。お前達の力で『上書き』されるほどチンケな存在じゃないんだから」
エルの銃から吹き出る硝煙を吹き消し は決める。

「そうよね〜、ゴ○ブリ並みのしつこさだったし」
アキが首だけ真横へやって に意地悪く言った。
の余韻をあっさりぶった切って。

「その表現はヤメテクダサイ」
ぎこちない口振りで はアキの次なる言葉を遮る。
「あら、褒めてるのよ」
つんと澄ました顔でアキが言い。
「褒めてるですよ」
マイは無邪気に微笑み喜々として告げて。
背後の巨大クマヌイグルミも腕組みをして『うんうん』頷いている。

「……」
素直に喜べない。
頬を引き攣らせる の哀愁に満ちた背中へソルレオンが無言で鼻先を押し付ける。
は母親代わりの慰めの行動にがっくり肩を落とした。

「取り合えず、戻るんでしょう? 麻希も少しは頼りなさいよ」

アキの身体の輪郭がぼやけ始める。
噂によって集められた魂の欠片が に浄化されたので、アキという存在自体も還るのだ。
本来アキが眠る場所へ。
自身の異変を気にせずアキは上を向き の瞳を捉える。

イレギュラーである自分達が に出会えたら、必ず伝えておきたかったのだ。
自分達を、園村 麻希も頼って欲しい、と。

「麻希ちゃんなら大丈夫です。負けないですよ」
クマのヌイグルミを抱えたマイもブイサインを にしてみせた。

半身・アキの気持ちは良く分かる。
あの時は自分の心を護るだけで何も出来なかった……否、現実の厳しさに追い詰められて動こうともしなかったけれど。
仲間に励まされ笑顔で乗り越えた自分・麻希を知っている。
今度は一緒に『頑張る』番だ。

「ありがとう」
マイの励ましに応じて表情を和らげた を見届け先ずはマイが消える。

「麻希の中から見物しててあげるから。負けるなとは言わないわ。後悔だけはしちゃ駄目だからね。
アキの二の舞なんてしたら承知しないんだから」

「うん、約束する……って確約できないけど。出来るだけやってみる」
の頼りない返答をアキは鼻で笑って姿を消した。



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