『絆の結び目3』



黙って の横暴を見守ってきたトリッシュが背筋を這い上がる悪寒に身を震わせる。
心の欠片が数多集うこの場所に潜り込んだあの黒い影達。
によって蹴散らされたソレが再び活動を始めていた。

「と、ところでさ、王様」
トリッシュは足下で泉に手を浸している に声をかけた。
「んー?」
剥れるリサを舞耶達が宥める。
そして一行がギガ・マッチョに向け出発したのを見届けてから。
は泉から手を離した。
一連の行動を取りながら が生返事を返す。

「なんでボク、こんな場所に居るのさ」
魔獣王ならトリッシュがこの場所に落とされた理由が分るかもしれない。
淡い期待を抱きトリッシュは に問いかける。

「知らないよ。わたしだって呼ばれてきただけだし」
淡いトリッシュの期待を粉々に打ち砕くのが、偽らざる の正直な感想だ。

「……」
だったら何で自分は脅され、またもや泉を無断使用されているのだろう。
トリッシュは恨みの篭った眼差しを保護者のソルレオンへ送る。

《この場を開放するためにわたし達は来たのだから、早く逃げなさい》
「逃げるってドコへ!!」
ソルレオンが近づく黒の気配に毛を逆立て。
トリッシュに避難勧告すれば案の定。
トリッシュは髪の毛を逆立てる勢いでキレた。

前回、諒也達から巻き上げた金で買ったのだろうか。
トリッシュの動きにあわせてゴージャスなアクセサリーがジャラジャラ音を立てる。

「はぁ……世話の焼ける」
は額に手を当てて嘆息した。

の台詞にアキが吹き出し、マイは丸い目を極限まで見開き驚く。
あの無鉄砲 に『世話が焼ける』なんて言われたくないだろう。
彼女を知る者からすれば。
少しは面倒見が良くなった? 風な にソルレオンは機嫌良く喉を鳴らして前足で器用に己の鬣を撫でた。

「仕方ない。今回はタダで逃がしてあげるから。新たなペルソナ使い達から治療費ぼったくらないでね。せめて適正価格でヨロシク」
以前から随分と図太くなった がトリッシュに一応の釘を刺す。
これからトリッシュの泉を利用するであろう達哉達のささやかな手助けとなることを願って。

「オーケー」

 タダ。

この言葉に反応してトリッシュは上機嫌で の忠告を受け入れる。
満更でもない表情で揉み手をしながら へ近づいた。

「トランパッ」
は近づいてきたトリッシュを問答無用で飛ばす。
転移魔法に包まれたトリッシュは「予告も成しに魔法使わないでよ!! 王様〜!!」等と。
ドップラー効果を聞かせた捨て台詞を吐きながら退場させられた。


《マダ足掻クカ、ふぉーす得シぐらいあすヨ。無駄ナ事ヲ。我ハ幾度デモ蘇ル……人ノ心ニ黒キがいあガアル限リ》
黒い粒子があっという間に集まって歪な人の顔を形作る。
噂によって増長した人の負の心が黒きガイアを形成した、その事実に は右手をきつく握り締めた。

「多分ただの自己満足と自己欺瞞なんだよ。黒きガイアが考えてるほど、わたしはグライアスには向いてないもん」
久方振りに見(まみ)える黒きガイアの棘のある第一声に は冷静に応じる。

 グライアス。魔獣王への敬称。
 そんなモノの為にこうして黒きガイアと会ってるんじゃない。
 役目の為だけだったらとっくにココから逃げてるよ、わたし。
 そこまで正義の味方ぶってられないよ。
 こんな怖い相手に。
 自分の心の闇を暴く相手とそう何度も戦えないって……。
 わたしはグライアスだから強いんじゃないし。

あの時は麻生がいた。稲葉がいた。綾瀬がいた。
けれど今は一人。
声は震えていないだろうか? 足は笑ってないだろうか?
背後にいるアキとマイに情けない姿を曝していないだろうか?

は黒きガイアの威圧に耐えながら大きく空気を吸って吐いた。

「だから、何度でも封じるよ。わたしが幸せに暮らすために。わたしが知ってる大切な誰かが悲しまないように。
わたしが望む範囲で……何度でも」

 そうだよね? お兄ちゃん。
 わたしは知らない『誰か』の為になんて命かけられないもん。
 お兄ちゃんみたいにそこまで強くなれないよ。

 だけど。

 逃げないって決めてるから。何

 度でも……そう、何度でも。封じてみせるよ。

瞼の兄、麻生へ呼びかけ は片手を高々と掲げた。

「行くぜっ!!」
《マハブフダイン》
の呼びかけに応じ場に出ているソルレオンが特大の氷結魔法を黒きガイアへ放つ。

魔法が当たり前ではない時代。
この子供は押し付けられた役目に胡坐をかく事無く、必至に立っている。
自分の足で。
時々呆れるくらい楽天的で向こうみずだけれど。
自身の気持ちにどこまでも正直な少女。
グライアスである事さえ捨ててみせた少女。
今だって自分が知り合った少年の為に奔走している。

だからソルレオンも彼女の分身として共に戦うのだ。

《ファファアアァアアアアァァ》
ソルレオンの放った冷気は黒きガイアを包み込み、黒きガイアを凍らせていく。

「パクってるのね」
麻生氏バージョンペルソナ召喚スタイル。
本家本元のソレを散々見てきたアキはすいと視線を から外す。

大嫌いで大好きだったヒト。

現在の本体・麻希が彼をどう捉えているのかアキは知らない。
知る必要もない。
けれど……『敵』だった自分が彼を髣髴とさせる を見てしまうと。
酷く腹正しいような懐かしいような、愛しく感じるような。
複雑な感情が胸に湧き上がってくるのだ。

「似合わないです」
アキの反応を受けてマイも辛辣な意見を発した。

優しい人、残酷な人。
マイが麻生に抱く感情は比較的単純であっさりしている。
だが、それはそれ。これはこれ。
半身であるアキの動揺を慮って無神経な へ一矢報いた。

《……》
流石にソルレオンも擁護できない。
麻生に因縁浅からぬ二人へ麻生のポーズを決めて見せるとは。
凍りつく黒きガイアへの警戒を怠らない、姿勢を低く保った姿勢のまま尾尻を彷徨わせた。

密かに凹む へどう声をかけようかと。

どうにもシリアスに欠ける決戦の場、黒きガイアを包み込む氷に皹が入る。



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