『絆の結び目2』




泉を守って叫ぶトリッシュの頬を掠める銃弾一つ。
ギョッとしたトリッシュを襲うのは。

「ノモラカタノママ!!!」
幼子の叫び声に応じて巨大鉄鼠が現れる。
巨大鉄鼠が装備した機関銃が火を吹き、何故か核熱魔法までご丁寧に放ってくれる始末。

「逝くです!!」
続けて巨大鉄鼠を呼び出した幼子と似た空気を持つ少女が、背後の巨大クマヌイグルミに命令すれば。
巨大クマヌイグルミが巨大な握り拳によって泉に群がる黒い塊を押し潰す。

《メガントレイド》
悲鳴を上げ身体を丸め宙で微動だにしないトリッシュの頭上。
降りてきた銀色の美しい体毛を持つ獣が逃げ惑う黒い塊を更に押し潰し。

そして静寂が戻った。


「トリッシュ〜、やほ〜」

 ブルブル。ガタガタ。

こんな形容がピッタリ当て嵌まるトリッシュへ は手を振る。
なりに怖い思いをしたトリッシュを労わっての一言だ。

「お、おおおおおお、王様っ!!! 営業妨害だよっ!!!」
トリッシュは半ばヒステリックに叫んだ。

意図せずこの不思議空間に放り出されたトリッシュだがタダでは起きないのがトリッシュだ。

適当にカモを見つけて……等と考えていたトリッシュに牙を剥いた黒い何か。
どうしようかと怯えていたらかなり乱暴に助けられ。
幾ら妖精のトリッシュとはいえこの様な救出劇をされたら寿命が縮む。
助けてくれた相手が四年前に泉を滅茶苦茶にしていった魔獣王なら尚更、である。

「でも襲われてたじゃない。助けてもらってどの口きいてんのかな〜??」

 ふふふのふ〜。

いやらしい含み笑いを浮かべ がトリッシュの頬へエルの銃口を容赦なく押し当てる。
悲鳴をあげる間もなくトリッシュは身体を硬直させた。

「黒くなった? あの子」
鉄鼠を消したアキが銃でトリッシュを脅す に半歩身体を引く。

《あれが の素なのよ。気にしないであげて》
擁護にもまったくなっちゃいないソルレオンの言葉だが。
ソルレオン自身が笑いを堪えて口元を大きく歪めているので説得力の欠片もない。

「そうなんですか」
マイが大人しく納得している数メートル先では、 によるトリッシュ脅しが続行されている。

「渡る世の中ギブ&テイクなんでしょ? だったら助けてあげたお礼に泉を使わせて頂戴ね〜。
周防弟達が何処までたどり着いたか見ておきたいし」

 グリグリグリグリ。

トリッシュの頬に押し付けた銃口に力を込め、 は無邪気に笑ってトリッシュを脅迫する。
目尻一杯に涙を溜めたトリッシュは首を何度も縦に振った。

は銃を懐に仕舞い泉へ手を浸す。

《あの少女がどうするのか確かめるの?》
ソルレオンが の隣を陣取ってトリッシュの泉を覗き込んだ。

「うん。リサっちを取り巻く噂。アイドルデビューってのが頂けないけど……裏がある。
わたしだってそうだけど、誰だって一回はアイドルに憧れるじゃない?
珠阯レに同じ『夢』を抱いてる子達なんて沢山居る。みっちゃんだってそーだし。
なのに敢えてリサっち達の『願い』がジョーカーに聞き届けられた。バリバリ罠っつーオチしか考えられないっしょ」

泉の表面が徐々に何かを映し出していく。
は泉の映し出す映像を見据えたまま、ソルレオンへは顔を向けず答える。

泉は押し問答するリサとその友人らしき少女達を映し出していた。
場所は恐らくゲーセンであったムー大陸。

 リサっち……名指しはしたけど、一応は行ってくれたんだ。
 ムー大陸に。

瞼を閉じた の脳裏に流れる彼等のこれ迄。
MUSESのポスター。
意味深に処理されている最後のメンバーのシルエット。
混乱するリサに推論を展開するバイト先の先輩ただし。

は怯えた顔のリサに目を伏せ泉へ神経を集中させる。


『デビュー曲もすごいのぉ!! バイリンガルなリサのためにねぇ、英語のソロパートが入ってるんだから』
柔らかな茶色の髪の少女が目を輝かせてリサへ告げた。
『わたしはデビューしない!! 絶対にしない!! 麻美も未歩も本当のわたしなんて知らない癖に……』
対するリサは体全身で二人を拒絶し耳を両手で覆う。
常に明るく歳相応の雰囲気を振りまいていたリサの頑なな拒絶反応。
舞耶もゆきのも顔を見合わせ戸惑った。
達哉と栄吉はリサにかける上手い言葉を出せずに俯くばかり。


「リサっち……」
逆ギレする勢いで怒るリサ。
は本来は温かい空気を持つリサの名を呼んだ。
リサが持つ怯えと恐怖。
いつかの が持っていた感情に少しだけ似ている。

《容姿端麗だし、芸能界が嫌いって訳でもなさそうなのに。
あそこにいるお友達二人と、プリクラに歌手になれますようにって願掛けまでしたんでしょう? 何がそんなに嫌なのかしら》

全身を軽く振って毛並みを整えたソルレオンは首を捻る。

「決まってるじゃない。かつてのわたしと一緒よ」
アキは素っ気無く言った。

トリッシュが の脅しに屈したのを見計らい のもう片方の隣を陣取っていたのだ。
泉の映像を一頻り眺めてからソルレオンの疑問に反応する。

「本当の『わたし』の本音を曝せば友達が逃げていく。
独りぼっちになる。
誰もわたしを理解してくれない。
だから本音を隠して友達に愛想笑いを振り撒くの。一人は怖いから」
小さな指先でアキが泉を弾く。
泉に波紋が巻き起こりリサの顔が歪んだ。
まるでリサ本人が泣いているかのように。

「でもそれだと自分が辛いです。苦しいです。本当のマイちゃんを理解して欲しい、知って欲しいって思うです。
……積み重なった矛盾はマイちゃんと麻希ちゃんの心を、皆の心を傷つけちゃったです」
アキの台詞を引き継ぎマイが淡々と事実を告げる。

「リサっちにも知られたくない傷がある。友達の二人相手だから余計に知られたくない、傷があるんだ。
だからデビューしたくないんだね……」

は押し問答を続ける映像に目線を合わせながら。
伝わってくるリサの怒りの裏に隠された孤独を感じ取った。

「どっちみち噂に頼るなんて他力本願なんだから。事件が終わったらデビューの話自体も消えそうだけど……。
まぁ、喜ぶのは個人の自由だから構わないけどね」

アキは現実主義者らしく、はしゃぐ麻美と未歩を嘲笑う。

自分も体験したからだろうが全てはアイツに仕組まれている事。
結果的には噂の力を間接的に利用させられているだけ。
自分で掴み取らなければならない力をアイツから受け取るリスクは大きい。
心配も混じったアキなりの虚勢である。

「力いっぱい否定できないね〜。結局この現象だってニャルの仕業なんだし」

 あはははは。

は曖昧に笑って泉から顔を上げた。

《彼女自身の問題は、彼女自身が乗り越えるしかないでしょう。心的外傷を乗り越えたいと思うなら。
外野がワイワイ騒いだところでどうにもならいものだしね?

 貴女だっていじめっこしていた自分を切り捨ててたものね。

おっとり喋りながらも、ピンポイントで痛い部分だけを突いてくる母親代わり。
ソルレオンの発言に は精神的大打撃を受ける。

「ソウデスネ」
否定できない。事実だから。
片言の怪しい外国人風な の返答が虚しく響いた。


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