『絆の結び目1』




見えない誰かに呼ばれ灰色の空間を落下しながら は嘆息した。

 噂が現実化した事によってわたしにも影響が出てきてる……。
 わたしという存在が噂になる事によって歪みが起きているんだね。

自分の本質が誰かの圧力で軋む。
噂の持つ干渉力の強さに身震いし下唇を噛み締める。

《でも を助けてくれる噂もあるみたいよ》
実体化したソルレオンが を掬い上げ背に乗せ優雅に着地した。
キョトンとした顔の に近づく小さな足音が二つ。

「良かった。間に合った!!」
勝気な瞳を輝かせ息きらせ走ってくる……アキ。
アキに後れを取りながらも巨大クマヌイグルミを従えてマイも走ってくる。

「アキちゃん!? マイちゃん!?」
デヴァシステムで体感した、麻希が作り上げたアラヤの岩戸に近い空間。
淡く輝く球体が無数に宙に浮く魂の揺り篭。
その奥から にとってはとても懐かしく頼もしい? 二人が姿を見せた。
《久しぶりね、二人とも》
 目を白黒させる を他所にソルレオンはアキとマイに微笑んでみせる。

「パパを馬鹿にしたあいつが動き出したの。本当なら眠ってるアキやマイもココに引きずり出されたわ。迷惑な話よ」
頬に掛かった髪を払いのけアキが鼻息荒く。
姿の見えないニャルラトホテプに毒を吐いた。
は相変わらずなアキに乾いた笑い声を立てる。

「パンドラは大丈夫。眠ってるです。マイちゃんとアキちゃんだけがココに閉じ込められちゃったんです」
眉をハの字に曲げるマイの背後では同じ仕草で巨大クマヌイグルミも困った顔をする。

 あー、そりゃ嬉しいし頼もしいけどさ。
 パンドラが目覚めてないのも嬉しいけどさ。
 本来ならこの二人も麻希ちゃんの『ペルソナ』なんだよね〜。

自分よりも背の低い少女の姿の二人を見下ろし。
実際にはとても優しい本物の麻希を脳裏に蘇らせながら。
としては心中複雑、素直に喜べない部分がある。

《ですけれど、この魂の揺り篭を抜けるには頼もしい助っ人ですわ》
が一人悶々としていれば の中で待機しているフォースが口火を切った。
控え目な女神にしては珍しい積極性である。

 魂の揺り篭?
 確かに雰囲気つーか、感じはアラヤの岩戸に似てるけど。

《アラヤの岩戸ではありませんが、近い場ではありますわ。噂によって囚われた『ペルソナ』人の心に仕舞われている魂が一部の噂により実体化しているのです》
調和を司る女神の化身・フォース。
このような場所には一番詳しいであろうペルソナだ。

の中に留まったままフォースが指先を左右に動かし へ注意を促す。

 弾かれた魂……心の一部・ペルソナが集合をなした場所。
 それがココ。

フォースの解説に深く頷き はもう一度周囲へ視線を走らせた。

かつて理想の麻希と諒也と共に潜ったアラヤの岩戸最深部で見かけた意識の集う場所。
薄暗い空間に瞬く光と心安らぐ空気が充満した暖かな『揺り篭』

《ええ。そして無防備な魂達へ触手を伸ばすのが》
フォースの口調が僅かに尖る。

 アイツ!! か。

がフォースの謂わん事を理解して奥歯を噛み締めた。

一年と少し前に覚悟を決めた。
受け入れて貰って強く成れた。

だからといって『何度も』遭遇したい相手ではない。

苦々しい の本音にフォースは笑い声を噛み殺す。

《ですからわたくし達が呼ばれたのですわ》
慈愛に満ちた声音でフォースが告げたのと。
一人脳会議へ旅立った の制服の上着をアキが引っ張ったのは同時だった。
ジト目でこちらを睨みつけてくるアキに誤魔化し笑いを浮かべ は頭を掻く。

「……あ〜、一応は揉み消したけどさ。セベクスキャンダルの時、聖エルミン高等部で起きていたポルターガイスト現象があったじゃない?
正体はマイちゃんだったんだけどさ」

は気持ちを切り替え、まずはアキとマイが実体化した理由を推察する。

「多分、それを知ってる聖エルミン出身者が『噂』したのかもしれない。マイちゃんの事を。だから連動してアキちゃんも」

最初に具現化したのが光であるマイ。
神取の呼びかけに応じて生まれたのが光の中に沈む闇・アキである。

二人は表裏一体。

の中にあるフォース・ルーと同義と云えよう。

《噂が現実化する珠阯レ市だもの。在り得ない話じゃないわね》
大人しく とフォースの会話を聞いていたソルレオンが口を挟む。

「最悪!!!」
アキは吐き捨て床を蹴った。
不機嫌そうに歪むアキの表情から自分が再度実体化した喜びは感じられない。

「ここに居る皆もきっとそうです。サキちゃんは皆を還してあげられますか?」
マイも酷く沈んだ表情で に真剣に問いかけてくる。

「勿論。だからこそココに呼ばれたんだろうし……???」
心細そうなマイに胸を叩いて応じた の耳に誰かの悲鳴が飛び込んできた。

ずっと昔に聞いた覚えがある声の悲鳴が。

が悲鳴の方角に身体を動かせば泉と泉の上に浮かぶ妖精と群がる黒い何かが見えた。

「あれってがめつい妖精じゃない?」
「襲われてるですね〜」
流石は麻希の人格の一部である。
図太い。
黒い何かに襲われるトリッシュ……癒しの泉で商売をする守銭奴をサクサク切って捨てている。

アキは一瞥をくれただけだし、マイもノンビリした口調でアキに応じただけ。

《泉もあるのねぇ……意外だわ》
ソルレオンも着眼点が大幅にズレた感嘆の声を上げる。

「気は進まないけど、周防弟達の冒険には必須な場所だろうし……助けますか」
は気だるげに懐からエルの銃を取り出し構えた。

《恩を売っておいて損はないわね》
頭を低く保ちソルレオンが尾尻で床を叩く。

「どっちみちあの黒いのはココには不要なモノだし」
胸から下げたコンパクトを指先で弾きアキが諦め混じりにぼやき。

「仕方ないです」

 ふぅ。

マイが小さな唇から吐息を零せば、背後の巨大クマヌイグルミがガッツポーズを決める。


「じゃ、行きますか」
は狙いを定め銃のトリガーを引いた。



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