『思い出と新たな枷1』




人の多い空港。
諒也は笑みを湛えて の頭を撫でる。

「留学なんて大胆だね」
中学三年の夏休み。
は受験を一日だけ忘れて大切な友達の見送りに赴いていた。

「元々決めた事だし、いい加減五月蝿くなったからさ」
諒也は苦笑いを崩さず、窓から差し込む真夏の日差しに目を細める。

留学という選択肢は諒也自身が元から決めていたらしい。
ただ、 と現在の時間軸で知り合ったのが遅かった為 からは不評を買っていた。

「あははは。麻希ちゃんとエリーさん両天秤にかけられなかったんだ」

二人の仲間から諒也へ注がれていた淡い想い。
尾行していた にだってバッチリ分かったくらいだ。

想いを向けられた当人が分かってないわけがない。

確信を込めて は嫌味をかます。

諒也は掴み所のない人だ。
過去の諒也自身が言っていたように、自己の負担にならない程度に相手の望みを叶える事。
を否定しない。

自分の良い面も悪い面も使い分ける『大人』な『ずるい』男だ。

「サキ……あの二人は友達だよ。
彼女達がどう俺を思ってるかは、まぁ、分からなくもないけど。お互い距離を取って冷やした方が良いんだ」

 俺が他人をどう認識して付き合っているか?
 あの二人は根本的な部分を知らないだろ?

付け加え、諒也は の嫌味をさらっといなして目にかかる前髪を払う。

「大人過ぎだよ」

 ほーんと煮ても焼いても喰えないヨ☆
 伊達にリーダーしてた訳じゃなかったんだね。
 あの時の。

が万感の想いを込めてしみじみと零す。
年齢に換算すれば四歳とちょっとの年齢差なのに、諒也を酷く遠くに感じる。

「だったらマークもそうだろ? 俺達が共に戦った園村は、園村の中にある人格のひとつ。だったらマークにだってチャンスはある」
の意見には対処せず、諒也はもう一人の仲間の話題を持ち出した。

「見事に吹っ切れた顔でアメリカへ旅立っちゃったもんねぇ〜、マーク。
結局麻希ちゃんにはなぁーんにも言わなかったんでしょ? コクっちゃえば良かったのに」
これ以上諒也は自分の気持ちを語るつもりはないらしい。
察して も諒也の話題転換にのる。

 諒也でも決めかねてる『気持ち』ってあるんだぁ。
 なんか、いつでも一人、落ち着いててヘーゼンとしてるから。
 そんなのないかと思った。
 悪い事言っちゃったかな?

その時その時で気持ちは動く。
根っこの部分では変わらない気持ちも変化する。
大切だったものが何時しか一番憎らしくなる。

麻希と彼女の母親のすれ違いから生まれたアキ。
彼女の孤独を思うと一概に笑えない。

自分の本当の気持ちに嘘をつかない為の旅立ちなら、 が口を挟めるレベルの問題じゃない。
分るから は引き下がる。

「……とても」
発着便を告げる空港のアナウンスと、ざわめく人の喧騒。
それらを一切遮断し、諒也は一端口を開いて閉じて。
耳のピアスを軽く指先で弄ってから へ目線を戻した。

「……マークにとっては『とても大切な気持ち』だから。結果はどうあれ、自分が一人前になってから園村に会いに行きたいんだと思う」
断言はせず敢えて推論調で語るのがいかにも諒也らしい。

「えーかっこしーです」
口先を尖らせ は諒也に抗議する。

麻希ならちゃんとマークの事だって考えてくれるだろうに。
成長した自分で勝負、または冷却期間だなんて。
なんて見栄っ張りなんだろう。

は考えたが自分はマークではないので、控えめなコメントで諒也を口撃する。

「それを言うと俺もえーかっこしい、なんだけどな」
『えーかっこしい』の部分だけ の口調を真似て諒也が言葉を返した。

「ぐっ、口だけ達者な」
胸を押さえ負傷したフリをして が上目遣いに諒也を睨む。
しかし、諒也は涼しい顔で「お互い様」なんてのたまった。

「俺にも夢くらいはあるから。今度は自分の夢を叶えようと思う。マークがアメリカへ行き、南条がイギリスへ行ったみたいに」
諒也の瞳が悪戯っぽく輝く。
人並みに諒也にも『目標』があったのか、等と頭の片隅で本人に悟られたら絞められそうな暴言を吐きつつ。
は黙って首を縦に振る。

「諒也ならダイジョーブだと思うけど。身体には気をつけてね」
空港のロビーに掲げられた時計へ目をやって が最後とばかりに、見送りのお約束的言葉を諒也へ送る。

なら大丈夫だと思うけど、迷惑掛けるなよ? アヤセや城戸に」
対する諒也、真顔で にこう言う。

が特に懐いているアヤセと城戸。
日本に居ないマークを除けば に迷惑を掛けられる率が高い仲間を思いやっての台詞である。

「し、信頼を下さい」
は咄嗟に諒也から目線を逸らし呻き声で応じた。

図星を突かれまくって心苦しいなんてもんじゃない。
笑えない忠告、だ。

 や、やっぱり侮れないよ〜、元勇者のリーダーめっ。
 痛いトコばっかり突くんだから。
 ていうか、分りやすいわたしがいけないのかなぁ。

は難しい顔で眉根を寄せる。

「勿論、信頼してるよ。俺にとって は妹分だから」
「うわーん、おにいちゃーん」

 苛めすぎたか。

心の中だけで笑って諒也は の頭をそっと撫でれば、調子付いた に抱きつかれる。
危うく背後によろめきかけて踏み止まり。
周囲の視線が恥ずかしいな、なんて苦く感じつつも。
親愛の情を最大限に込め をそっと抱きしめた。

「……まったく……こういう部分を直せば にだって彼氏は出来るのにな」
ハーフでもある は黙っていればそれなりに可愛い部類に入る顔立ちをしている。

黙っていれば、であるが。

余計なお世話だと自己を戒めつつも、ついつい諒也の口からは僅かな本音が漏れ出してしまう。

「まだまだ甘えたいお年頃でっす☆ お兄ちゃん♪」
諒也に抱きついたまま は満面の笑みを湛えて見上げる。

人と距離を置き過去の自分にとって都合の悪い記憶を封印してきた
寂しがり度は人一倍高く、一人っ子のせいもあって、目上のお兄さんお姉さん的存在の諒也達には富に甘える。

「はいはい」
まったくとりあってない声で諒也は相槌を打ち。
訳隔てなく仲間に与えていた穏やかな笑みを に残して旅立っていったのだった。





旅立った勇者(達哉)達を見送った後、 は大事を取って治癒魔法を自らにかけて安静にしていた。
スマル・プリズンで。
その過程でうとうとしたのだろう。

懐かしい夢、諒也……改め『お兄ちゃん』との別れの日を夢に見た。

 大見得きった割にへなちょこだよね、わたし。

幾らペルソナ使いで魔獣王でも元は人間である。
そう簡単に超人のような力を発揮出来るものでもない。
現実は厳しい。

 ねぇ、お兄ちゃん。
 こんな時、お兄ちゃんならどうするんだろうね?
 でもわたしは馬鹿だから、器用に立ち回れないと思うんだ。
 だけど……信じてもらった分だけは、やれるだけやってみるね。

体力と精神力を大量に消費した は、まどろみながら瞼の兄に誓うのだった。



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