『思い出と新たな枷2』



まどろんでいた は不意に感じる寒さに身動ぎした。

「……?」

 えーっと勇者(達哉)達を見送って。
 一休みをかねて寝てたら、夢にお兄ちゃんが出てきて。

 ちょっぴり切なくなったりして。
 もう一度寝て……にしちゃー、暗い。

 夜?

 や、どっちみちわたしが寝てるのってスマル・プリズンでしょ?
 こんな場所だった?

円柱の柱が奥へ奥へと規則正しく二本ずつ左右に並び立つ、何処かの建造物内部らしき場所。
は気がつけば不可思議な空間へ存在していた。

《お呼ばれしたみたいだぞ、
薄暗い場所で目を凝らす の頭に僅かな警戒を含んだルーの声が。

 うん、気をつける。

はルーに応じ立ち上がって真正面を見た、先に。
彼女は何かに自由を奪われた状態でそこに居た。
彼女を取り囲むように鎮座していた悪魔達が一斉に を見る。

「!? アヤセッ!!!」
は耐え切れず叫ぶ。

腐ってもアヤセ、セベクスキャンダルを乗り越えたペルソナ使いである。
彼女を拘束できる能力を持ったペルソナ使いは少なく。
しかもペルソナ使いの大半は彼女の仲間だ。

だとすればアヤセをわざわざ誘拐する物好きなど限られてくる。
の介入を快く思わない物好き。

 ニャルラトホテプ……。

かつて神取の背後に蠢いていたニャルラトホテプの残像を脳裏に描き、 は歯を食いしばった。
意地悪く人を嘲笑うニャルラトホテプの嘲笑が耳奥に蘇る。
駆け出す に襲い来る悪魔達。
は眦を釣り上げ悪魔達を一瞥し、驚くほど低い声音で彼の名を呼ぶ。

「ペルソナッ!!!」
輪郭しか分らぬ悪魔を一瞬にして葬り去る。
ルーを頭上に待機させたまま は怯む事無く へ牙を剥く悪魔達に対して身構えた。

「ペルソッ」
第二波を与えようと腕を伸ばした の後頭部に衝撃が走る。
は前のめりに倒れて顔面を詰めたい床に打ちつけ、動きを止めた。

《落ち着きなさい!! ここで が焦ってどうするの。それこそ、ニャルラトホテプの思う壺じゃない》
実体化したソルレオンが の背に前足を乗せ、氷の息を吐き出す。
吐き出しながら小刻みに震える へ言った。

 ふぇ。

なんて声がしている事から は泣いているのだろう。
凍った悪魔が動けなくなったのを見計らい、ソルレオンは目線だけでルーへ合図を送る。

《悔しいがこの空間でニャルラトホテプと戦うには、こちらの状況が不利だ。人質もいるようだしな》
ルーが暗黒魔法を無音で発動させ、凍った悪魔達をコナゴナに砕く。

良くも悪くも のダークサイドを預かるペルソナ。
彼の冷静さは人質を取られたくらいでは揺るがない。
淡々と事実だけを指摘した。

、アヤセ様の事なら大丈夫ですわ。彼女はフィレモンに加護を受けた者。身を拘束こそされていますが、精神的な暗示や攻撃は受け付けてないようです》
鼻を鳴らす を落ち着かせるべく。
勿論、嘘もついていない。
フォースが事実を希望に満ちた風に言い表す。
ルーとは違った観点からアヤセの状態を観察したようだ。

《冷静沈着》
駄目押しのように麒麟が付け加える。

は頬をソルレオンに舐め上げられ、漸く涙を引っ込めた。

六角形で立体の透明な何かの内部に閉じ込められているアヤセ。
何度か瞬きをしたアヤセは の姿を認めると一回首を横に振り、今度は二度縦に振る。
それからニヤリと笑って自らのペルソナ・イルダーナを召喚してみせた。
も無言で親指を立て改めて注意深く周囲を見渡す。


 何かの遺跡?
 にしては見慣れない部分とかもあるし……。
 どっかの映画に出てきそうな空間だなぁ。

首を巡らしてキョロキョロ周囲を見るも、 にはここが何処だか分からない。
途方に暮れかけてある気配に気付く。


 すっごく薄いけど。
 黒っち!!
 黒っちだ。

 アノ時、黒っちはなんて言ってた?


《僕は……償いたいんだ。償わせたいんだ。あの人を忘れた皆に、罰を与えたい。ですわ》
の疑問にすかさずフォースが答える。

「黒っち、聞える? もし黒っちがコレに加担しているなら、マジ許さない。わたしの大切な人を傷つけるなんて許さないよ」
脆弱な気配の淳に届けと は大声を張り上げた。


「………彼等も同じ事をした。僕の大切な人を傷つけ忘れた」
長い長い間をおき、淳の声が に届けられる。


「失う苦しみを知っていながら、他の誰かに同じ苦しみを味合わせるの? ……悪趣味だね、黒っち」
頭の中を焼き尽くしていた憎悪の炎が消えていく。
は一生懸命に頭の中で『平常心』と唱えながら淳を挑発した。

アヤセが身体の自由を奪われているだけなら。
取り返せば良い。
ただこの場に姿を見せないニャルラトホテプと淳の関係が不明な分だけ、今は動けない。
だったらまずは出来るだけ淳から情報を手に入れなくてはいけない。
アヤセを確実に助け出す為に。


「関わるな」
姿無き淳の声が空間に響く。
は強い輝きを瞳に灯して首を横に振った。


 もう遅いよ。無理だよ、黒っち。

アヤセが人質にとられなければ。
ニャルラトホテプが、淳がこうも強固に の干渉を拒絶しなければ。
も干渉を弱めたかもしれない。

 自分の後ろめたさを隠したくて誰かを傷つけるなら。
 わたしの大好きな人達を苦しめるなら容赦しないよ。

 世界は救えないけど、アヤセは絶対に助ける。
 わたしは、魔獣王であるわたしから逃げないって決めてるんだ。

全ては結果論であり『過ぎてしまった事』なのだ。
は全身に力を込め何もない暗さばかりが目立つ空間を精一杯の目力でねめつける。


「もう二度と、僕に、彼等に関わるな」
淳の忠告に は再度首を横に振った。


「彼女を守りたければ関わるな「馬鹿言うな!! 喧嘩を売ったのはそっちが先だっ」
は怒声を張り上げ淳の声を遮り、荒ぶる己を落ち着かせるべく深呼吸を一つ。


「お生憎様。わたしはね? 売られた喧嘩は買う主義なんだよ、黒っち」
不敵に微笑む の足元が突如消える。
「はぇ?」

 ガクンッ。

体が重力に従って下へ、下へ落ちていく感触は正に。
「またセベクの時と同じかよっ〜!!!」
ドップラー効果を響かせつつ は先ほどとは違う意味で涙した。



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