『完全無欠彼女4』


 真っ白い顔の を受け止め栄吉が決まり悪そうに唇を真一文字に結ぶ。
「無理しやがって」
気を利かせた麻希が手にしたバスタオルを砂の上、焚き火近くに置く。
これで は砂塗れから逃れられるだろう。
栄吉は呟き焚き火の傍のバスタオルへ を横たえた。

「でもそれがサキの性分だから仕方ない、しね?」
麻希は の隣に座って余ったタオルを彼女の上にかける。

「悪いね、城戸。まさかこんな展開になるとは思ってなかったよ」
ゆきのは心底申し訳無さそうに両手を合わせて城戸を拝む。
学生時代のゆきのであったら考えられない変化だ。
城戸は唇の端を持ち上げ小さく笑うと肩を竦める。
「いや、仕方ない」
自分とて学生時代では考えられない変化を手にした。
片手を上げゆきのに応じつつ、城戸は の頭の手前を陣取る。


数分前まで気色ばんでいたリサは落ち込み。
リサの隣に立ち尽くす、諒也に似た空気の少年は眉根を寄せながら を見詰め。
青い髪の少年は後悔に唇を噛み締めている。

怒鳴りださず、自分には関係ないと投げ出さない自分に時間の流れを感じる。
らしくもない。
自嘲してから口を開こうとした城戸の口元に上杉が手を翳す。

「あ〜、ハイハイ。俺様から解説するって。城戸っちは頑張らなくていいから。
お前等さ、どれだけ ちゃんに期待してんだか分らないけど。暴言だけは駄目だからな〜。こう見えて ちゃんさ、一杯一杯だって」
上杉は自分の帽子を の顔に被せ日除けとしつつ、高校生組みの顔を順に見渡す。
あの当時の自分達もこんな風にセイシュンしてたっけ〜?? 等と相変わらず考えは緩い。

女子高校生らしさを持ちつつ、自己主張は激しいリサ。
諒也とは違ったポーカーフェイスの七姉妹学園一のイケメンと呼び声高い達哉。
死神番長……番長は廃業したらしいが、城戸とはまた違ったタイプの外見を裏切る一本気な男、栄吉。

イマイチ緊迫感に欠ける彼等の空気を が心配するのも無理はない。

セベクの時は町ごと隔離され外界と遮断され、悪魔に襲われ。
問答無用に孤立させられたあの時と現在は違う。
違うが似ている。

「自分の力で誰かを幸せに出来るかもしれない。逆に不幸のどん底に叩き落すかもしれない。自分の行為を第三者がどう感じるかなんて、行為を受けた側にしかわからない。
でも ちゃんは自分の力が原因なら、自分が『なんとか』するべきだと考えてる」

少し魘され気味? な の寝息を気にしながら、上杉は続きを音にした。

民衆を巻き込み、沢山の思惑を巻き込んでの悪意に満ちた挑戦状。
受けて立つには幼いココロを抱えた挑戦者達。

が助けてしまいたくなるのもよーく分る……?
 うーん、俺様的にはやっぱり一言釘を刺しておかないとなぁ。
 諒也に後で殺されたくないし。

自分の考えとは裏腹な台詞が吐けるのはセベクの時から変わらず。
寧ろ俺様の『絶妙な妙技っしょ』と開き直っている上杉は強い。

「本当は……優香がジョーカーに人質に取られてるみたいなの」
「なんだって!? 優香がかい?」
悦に入り始めた上杉を他所に、上杉を放置して麻希が話を引き継いだ。
城戸に無言で頭を叩かれても『ヘヘヘ』なんて笑っている上杉もある種の兵(つわもの)である。

「サキ、すっごく取り乱しちゃって。本当は一人で動きたいみたいなの。私達を巻き込みたくないって思ってる。でもそれって違うでしょう?」
麻希が困った風に眉根を寄せ城戸を盗み見た。
城戸は腕組みをして仏頂面のまま明後日の方角を向いている。
保護者(城戸)としては文句の一つでも言いたいだろうが、高校生トリオに聞かせるつもりはなさそうだ。

「一人は駄目だよ。自分の考えがどんどん暗い方へ転がっていってしまう。幾らサキがグライアスだからって限度がある。無理して笑って欲しいわけじゃないのに」
麻希が大袈裟にため息をつき肩を竦め頭を振る。

嘆く麻希の姿に達哉達は各自気まず気に視線を地面へ落とす。
思い当たる節がありすぎて謝るのも逆に心苦しい。

「ダイジョーブ、って笑うのよね。サキは」
麻希の台詞を受け継いで舞耶が発言する。
包容力のある舞耶の微笑みに麻希は頭こそ下げなかったものの、近い気持ちで瞳を潤ませ笑う。

「完全無欠に思えるのかもしれないけど、サキは普通の女の子よ。サキの言動とか、行動とかが。余裕がある風に見えるから忘れがちになっちゃうけど。駄目ね」
舞耶は額に手を当て自嘲気味に頭を左右に振った。

飄々とした態度が目立つ
ついつい無敵の御転婆娘と思いがちであっても、一皮剥けば彼女だってそこら辺にいる女子高校生。
万能ではない。
彼女が笑って平然と敵を倒していくから、自分の願いを貫くから。
夢を胸に瞳を輝かせるから。
どうしても甘えてしまう。
無意識に。
舞耶はポケットに忍ばせているくたびれたヌイグルミを握り締めた。

「この海岸で会った子の事を気にして、アヤセさん? を心配して。それから私達をフォローしながら仮面党を追う。私達でさえ苦労しているのに、一人でそれをしようなんて無茶だわ」
舞耶の発言に誰もが俯く。

彼女なら『なんとか』してくれるかもしれない。
甘い考えがあったのは事実。

最悪の事態を回避し が『なんとか』してくれたのも事実だ。

「やっぱり諒也君や稲葉君には敵わないかな。それから優香にも。あの三人が一番最初にサキと友達になったから……信頼度も違うんだろうなぁ」
麻希はしゃがみ込み の柔らかい頬を指先で突く。
「まぁまぁ、麻希ちゃん。ここで愚痴零しても仕方ないっしょ。俺様は ちゃんと一緒に愛の逃避行と洒落込もうかな」
眉根を寄せ麻希の頬突き攻撃に魘される
助けてやりたくとも、麻希の邪魔をするのもどうか。
迷いながら上杉は自分の考えを仲間へ伝えた。

「じゃあ、私は一旦ここで別れるわ。先生の所に寄ってから、エリーと合流するね。もう少しだけ仮面党の事と予言の事を調べてみる。城戸君は?」
麻希は上杉が一緒なら大丈夫とあっさりパーティー離脱を宣言する。

友達を護る方法は幾つかある。
相手がバカをしないように近くに居るもの大事。
けれどそれ以上に大切なのはチームワークと互いの信頼。
の番号やメールアドレスが入った己の携帯を握り締め麻希は気合を入れる。

「気になる場所がある。そこを調べてから上杉と合流しよう」
麻希から話を振られた城戸は短く答え海岸から早々に立ち去ってしまう。
自己紹介も満足にしない城戸の性格は根っこの部分では変わらないらしい。
麻希も達哉達に一言断ってから海岸を後にする。

「で、俺達はどーすっか? 五人で動き回るのは危険だろ? 下手したら俺達が警察に捕まっちまうぜ」
「そうだね。一旦ここで解散して……葛の葉探偵事務所で落ち合おうじゃないか」
城戸と麻希が消えた海岸。
上杉が海岸に散らばる焚き火の跡を始末して回っている。
栄吉が話題の内容を修正すると、ゆきのがすかさず提案した。

「ええ、分かったわ」
舞耶が頷き、達哉もライターの蓋を開き蓋を閉じ。
神妙な面持ちで首を縦に振る。

「もうこれ以上誰も、誰も喪いたくない」
大丈夫。 だってペルソナ使いっていう事を除けばただの女の子。
その が成し遂げられたのだ。
だったら頼もしい仲間……失いたくないと思っていた友達に『再び』囲まれた自分達ならきっと大丈夫。
リサは胸に手を当てたまま表情を引き締めた。

「お姉ちゃん、仮面党……。栄吉だって覚えているでしょう?」
こっそり栄吉に近寄ってリサは栄吉に問う。覚えているか、と。

「はぁ!? そりゃ、俺の夢で」
ポカンとした顔の栄吉はリサに即座にこう答える。
幼い頃の自分が仮面を被って、当時の戦隊ものの特撮ドラマと同じお面を被って遊ぶ夢。
セーラー服の年上の少女と、自分・赤いお面の少年・黒いお面の少年・ピンクのお面の少女が登場する夢だ。
幼い頃から幾度となく見てきたソレは、達哉達と知り合ってからより鮮明に思い出せるようになっていた。

「違うんだよ。あれは……栄吉の夢なんかじゃない。本当は」
リサは苦渋の詰まった声音で言葉を押し出し、首を横に振る。
真剣なリサの態度に栄吉も夢だと言い張る事が出来ず口を噤む。

「葛の葉探偵事務所で会った時にハッキリさせるから。もう逃げないから」
自分の過去からは逃げられない。
の忠告を胸に秘め、リサは静かに一回だけ深呼吸をして高ぶる気持ちを落ち着ける。

「達哉君、リサちゃんと一緒に行ってあげて」
ポケットの中のウサギを握り締めたままだった舞耶が達哉にリサを頼んだ。

リサの悲壮な決意が篭った瞳。
彼女の葛藤が分るだけに見捨てては置けない。
本当なら自分が一緒に行きたいけれど。
リサなら大丈夫。信頼している達哉が一緒なら。

今まで行動を共にしてきたからこそ自信を持って言える。

舞耶の頼みに達哉は無表情のまま頷いた。



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