『完全無欠彼女3』
リサは下唇を噛み締め
を軽く睨んだ。
我ながら醜い嫉妬だとは思う。
キングの告げた言葉が『真実』なら達哉は、達哉は。譲れない。
リサは目に力を込める。
「サキには分らないよ。過去を克服出来たサキにはきっと分らないっ!!」
サキと自分は違う。言外に告げてリサはぎゅぅと達哉の腕を掴む。
「??? それとサキとどーゆう関係があるんだ?」
腰に手を当てポーズを決め。首を捻る栄吉に
も「さぁ?」なんて。苦笑いを返しつつ誤魔化すしかない。
途切れ途切れに頭の中に捻じ込まれる映像が舞耶達の繋がりを示している。
それを簡単に口に出してやるほど
だって優しくはない。
自分で思い出すからこそ価値がある。意味がある。
過ちを過ちだと認められるから未来が開ける。
この下らない、予め用意された、悪意に溢れる冒険を乗り越える為には必要なの。
意地悪だって思わないでね?
胸中だけでリサに謝ってから
はリサに一歩近づいた。
「うそつき」
満面の笑顔でリサに言い切る
。
の言動に時が文字通り凍りつく。
舞耶とゆきのが血相を変えるも、麻希と上杉に行く手を阻まれ動きを止める。
「かもしれない。かもしれなかった? 後ろめたいものを心の中に閉じ込めておいても。過去からは逃げられないよ、リサっち。
わたしも逃げたつもりでいたけど、きっちり追いかけられて逃げられなかったもん」
立っているだけで眩暈がする。
の身体は悲鳴を挙げていたが、
は敢えて無視。リサの眼前に立ちその瞳を真っ直ぐに受け止めた。
「サキは強いから乗り越えられた」
「ううん。その逆。せーはんたい」
リサの反論を途中で遮り
は手を左右に振る。
「セベクスキャンダル、実はすこーしだけ知ってるの。わたしもあの時、御影町に居たから。
でもやってたのは、城戸っち達。皆の後をバレないようにこっそり尾行してただけ。
実際イロイロあって、大変な思いをしたのは城戸っち達なんだよ」
は努めて客観性を保ちながら当時の自分の行動をリサへ教えた。
リサの美しい青い瞳が驚愕に彩られていく。
リサに腕をつかまれたままの達哉も小さく息を呑んだ。
「わたしは怖かったから、城戸っち達を助けもせず。ただ後ろから見てただけなの。サイアクでしょ」
グライアスの話をした時と同じ。
疲れた表情で笑い
は自分の胸を親指で示す。
「わたしの何を『強い』って言ってくれてるのか知らないけど。リサっち。わたしはずるくて卑怯なの。正義の味方なんかじゃないし、正しくもないの。
リサっちみたいに自分のコンプレックスを自分から打ち明けたんじゃない。
強制的に思い出させられただけ。だから知ってるだけなんだよ」
結局、開き直るしか道がなかったんだよねぇ〜。
こうも付け加えて
は自嘲気味な笑みを深くする。
の裡のペルソナ達は物凄い勢いで喚いているけれどそれらはシャットアウト。
リサや達哉、栄吉に舞耶。
は彼等に誤解して欲しくないと願った。
自分の行動が正義に由来するものだ、とか。
信念に従って行っているだけだ、とか。
聖人じゃあるまいし、何の打算も計算も成しに自分は動いたりしないのだ。
兎に角、この四人に自分を神聖視して欲しくなかった。同じペルソナ使いとして。
「あ、あの時は仮面党の情報を掴む為にしただけだし。あさっちとみーぽの勝手な言い分に頭に血が上っただけで。凄い事なんかしてない」
リサは思わぬ
からの賞賛に慌てて首を横に振る。
英語のソロ。
この単語に追い詰められ、外国人なら英語が喋れると決め付けられ。
激昂して友達二人に逆ギレしたのだ。
が考えるほど大層な事はしていない。
「でもきちんと言ったじゃん? わたしには出来なかったよ」
は、頬を真っ赤に染めるリサに表情を和らげた。
あの当時の自分は『やっかみ』や『僻み』の塊で。自分は選ばれた存在なのだと。
少し前のイシュキック……あかりのように。
自分が特別な人間なんだと信じたくて冒険へ飛び込んだ。
冒険(セベクスキャンダル)という名のワクワクボックスの中に入っていたのは、お世辞にも『特別』なものじゃなかったけれど。
「城戸っち達と知り合って、自分に嘘をつくのは止めたいって考えて。それで猫を被るのは止めたの。誰の前でも、ってワケじゃないけど。嘘の自分を張り付かせて愛想笑いを浮かべるのは止めようって。決めたの」
の顔に浮かぶ淡い笑みは今まで見た
の行動を裏切るもので。
女の子らしい柔らかい表情に達哉と栄吉は何度も瞬きを繰り返す。
これがあの不思議っ子二代目だろうかと。
「現にわたし助けられないでいるんだもん」
始まりのこの海岸で。
もし彼を助け出せたならこの悲劇は起きなかったのだろうか? 何度自問自答しても出ない答えを胸に
はリサへ更なる話題を持ち出した。
「え? わたし達なら十分に助けてもらってるけど」
リサは咄嗟に隣の達哉に意見を求め、達哉も首を縦に振る。
タイミングは少し可笑しくても
はきちんと自分達を『助けて』くれている。
行動理由は少し違う事を差し引いても十二分に力になってくれているサキ。
彼女はこれ以上ない頼もしい助っ人だ。
「この海岸でね? 冬に黒っちってゆー子と知り合った。黒っちはとても優しくて、温かい気持ちを持っていた。でもわたしの手は届かなかった」
自分の掌に視線を落とし
は言葉を搾り出す。
手を握って開いて。
必死にあの寂しい光景を頭から追い出す。
夕日に染まる淳の家。
人気のない居間のテレビに映る女優の純子。
出来合いの夕飯を食べながら孤独を耐える淳の姿を。
「どういう意味だよ? サキ」
思わず栄吉が
に歩み寄りその腕を掴む。
掴んで、
の腕が異常に冷たいことにギョッとする。
もさっきまで焚き火にあたっていたのにどうしてこんなに体温が低いのか。
嫌な予感が過ぎる栄吉を他所に
の語りは続く。
「ヒトより少し不幸、というだけで人間は誰もが自分の『悲劇』に酔いしれる。そこに付け入る嫌味なヤツがいるの。フィレモンとは正反対の考えを持つ存在。ニャルラトホテプ。そいつに目をつけられ黒っちは消えた」
独り言に近い
の独白にリサは口元を手で抑えた。
リサの脳裏を過ぎったのはアイドルデビューを願った友達。
自分のコンプレックスを知り謝ってくれた。
大切な友達、あさっちとみーぽ。
それと外見コンプレックスを秘め、自分は可哀相な子なんだと。
頑なに思い込んでいた自分。
「まさか……その子も?」
仮面党に入ってまで夢を叶えたあさっちとみーぽの、影人間の姿がリサの胸に去来する。
怯えた風にリサは
に小さく問いかけた。
「仮面党、と繋がりがあるみたいなんだよねぇ。黒っち。オマケに関わるなって拒否られちゃったし」
閉じ込められたアヤセ。
の手を拒む淳。
無駄な努力だとこちらを哂うニャルラトホテプ。
負の感情を餌にして成長する黒きガイアの咆哮。
様々な映像が
の脳裏を掠めて消える。
喋りながら
の身体が横に傾(かし)いで行く。
あれれ? おかしいなぁ。
崩れ落ちる自分の身体を他人事の様に感じながら
は意識を手放した。
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