『拝啓姐御様4』




《確定された大河の流れを変えるのは困難だぞ》

ルーは遠まわしに大まかに決まった運命は変わらないと。
に伝えた。


の立場は特殊だ。
変えようと思えば世界の運命を変えられる。

命を懸ければ、の話だが。

しかしながら が原因で諸々の事件が起きている訳でもない。

が望むなら、自分を始めとする悪魔達は に協力するだろう。
本当に の命が必要なら。
必要でないと判断している己としては に釘を刺しておきたい。

 流れを変えられるとは思ってない。
 ただ後悔して欲しくないだけ。
 わたしが後悔したくないだけ。

舞耶を通じて視たもっと衝撃的な映像。
フラッシュバックのように網膜に浮き上がってきて、 は顔を顰める。

 分ってる、分ってるよ。わたしは止められない。
 それでも、それでも。最悪の展開だけは避けたいと願っている。
 だから走るよ、今回は。
 前回は歩きだったからね。

セベクの時はひたすら受身で、受身で。
与えられたチェックポイントを律儀に回っていた。
我ながら呆れるほど振り回されて。
煮え湯を飲まされたのだ。

 もしかしたら、わたしはまた間違えるのかも知れない。
 だけどさ、少しでも誰かを助ける力を持ってるんだから。
 無駄にしたくないって思うよ。
 二人が居なくてアヤセの協力も断っちゃった馬鹿だけど、わたし。
 逃げないから。

 わたしが譲れないって思うちっぽけなプライドだから。

《尽力を尽くすって……まったく、そんな部分は変わらないんだな》

 知ってる人の不幸を見て見ぬフリできるほど大人じゃないもん、わたし。

情けない顔で笑う のヘタレた笑みに、ルーは目を細めた。

《そうだな。お節介、一人大暴走は の十八番だったっけ》
ニヤニヤ笑うルーに は小さな声で礼を言う。

 ユッキーには嫌味っぽくなっちゃったかな。
 マッキーのこと助けてあげてなんて。

初対面でも相手はペルソナ使い。
だから敬語もしない。
遠慮もしない。
嘘を、壁を作らないと決めていても。
アヤセに大丈夫って言われてても。そりゃ、少しは不安になる。

《彼女はそんな女性じゃないさ。姐御って呼ばれてた人だぞ》
一人百面相をする を興味深く見詰める四つの瞳。
気配を察してルーが消える。
春菜の裡の奥へ戻る直前に、 を思いやってこんな台詞を残していった。

 本当、アリガト。

ルーの気配の切れ端を握り締め は俯く。
気弱になる の萎れる心を叱咤して、否定も肯定もしないルーの態度は有難い。
皮肉屋で嫌味大王だけれど、 の闇の象徴でもある彼はとても に似ている。

「どうしたんだい?」
顔色が悪くなった の額に手を当てゆきのが心配そうに表情を曇らせた。

「あ、うん。わたしって自分専用ペルソナが居て、そのうちの一人と喋ってたの。油断すると感情が表に出てるみたいで、ひとり百面相だってアヤセに言われた」
舞耶の映像を追い払い は努めて明るく言う。

「そうかい? なら……いいんだけど」
ゆきのに倣い小首を傾げて舞耶も の瞳を覗き込む。

「さてさて、レッツ・ポジティブシンキ〜ング!! 藤井さんを起こして、警察と消防が来るのを待ちましょう。サキ、ある程度は本当の事喋らなきゃいけないけどいい?」
握り拳を握って気合を入れた舞耶が気を取り直し、現実的対処を話題に載せる。

「えーっと悪魔とかの話とペルソナの話以外なら本当のコトだし、大丈夫です」
事情を知らない舞耶達が警察と消防を呼んでしまったのは仕方ない。
は心の中で両親に頭を下げつつ腹を括った。

「じゃあ、サキは放火犯の影を見てついつい追いかけたって。そういう事にしておけばいいじゃない?」
眉間に皺を寄せアイディアを出す舞耶にゆきのは目を丸くした。

「ナイスだと思わない? ユッキー! サキって好奇心が強い感じだし、大丈夫よね?」
取り出したタオルで の顔の煤をふき取り、舞耶が根拠のない説を唱える。

「確かに好奇心は強いかもしれないけど、その理由は無理があるんじゃ……」
帽子で目の部分を隠し、呆れた顔を隠すゆきの。
「そーおぉ? 我ながら良いアイディアだと思ったんだけど?」
自信たっぷりの舞耶。
聞くだけ無謀なアイディアだが、舞耶が発言すると何故か良いアイディアのような気になってくる。
不思議な安堵感。

「うーん、一応探偵事務所で電話番のバイトしてるから……こじ付けでいいなら、そーゆうコトで口裏合わせる?」
も我ながら無理やりかな〜、等と考えながら提案すれば舞耶は手を叩いて喜んだ。

「尚更いいじゃない!! バイトの延長って事で!!」
「「……」」
にこやかな笑顔の舞耶に、 とゆきのは互いに目線を交差させて愛想笑いを浮かべる。

「わたし達は偶然通り掛った。藤井さんは……えっと、原因不明の気絶? それでサキを足止めする為に喋ってた。それで良いわよね? ユッキー」
まずは の立場をどうするか決めて、次に事情聴取に備えて状況を整理する。
舞耶の一見おっとりした態度にそぐわない的確さ。
近所のお姉さん系の舞耶が思わぬ部分で現実的に喋るので、 は物珍しさに内心舌を巻く。

 マッキーって、わたしの周りにいなかったタイプかも。
 お姉さんだけど、歳の差を感じさせなくて。
 でもやっぱり大人で。
 しっかりしてる、かな???

そうこうしているうちに、けたたましいサイレンの音が神社に近づいてくる。

「さ、頑張って誤魔化しましょう!」
拳を空へ振り上げる舞耶の元気な声だけが青空の元響き渡ったのだった。




後日。
メールアドレスと携帯電話の番号を交換したゆきのと
携帯世代らしくマメにメールをゆきのへ送る からのメッセージは、常に。

 拝啓姐御様v

なんて、聖エルミン時代に姐御と慕われたゆきのの愛称? を用いた物で。

「懐かれてるんだろうけど、なんだか」

『愛嬌はたっぷり不思議ちゃん』
をそう称していた麻希の言葉を思い出し。

『プチアヤセみたいなもんだぜ?』稲葉からのメールに頭痛を覚え。
『懐かれてよかったじゃないか』これは麻生から掛かってきた国際電話で。
『えー? アヤセのせいなのぉ!? サキは元からあーゆう性格〜!!』憤慨した調子のアヤセのメール。

城戸とは接触がないので確かめなかったが、なんとなく分かる。

嬉しいやら少し後悔やら混ざったゆきの、携帯のディスプレイと睨めっこをする日々が何日か見受けられたそうな。


始まりの出会いは姐御から。



罪が始まる。





Created by DreamEditor                       次へ