『拝啓姐御様1』




あっと思ったときには遅かった。

 ぱぁん。

乾いた音がして、小さな少女が。
聖エルミンの制服に身を包んだ少女の身体がよろめく。

「ちょ、ちょっと! 藤井さん!」
呆然とするアタシの前で流石の舞耶さんも抗議の声を上げる。

無理もない。
高校一年生だという少女の無謀さを咎めて、頬を叩いたのだ。
幾ら藤井さんでも、大人でも、遣りすぎのような気が……。
アタシは心配になって慌てて女の子の傍に駆け寄った。

「大丈夫かい?」
頬に手を当てて俯く亜麻色の髪の少女。
アタシが通っていた聖エルミンの真新しい制服を着た少女。
肩が小刻みに震えている。

「君は自分がどれだけ無謀な行為をしたか、分っているのか!? 聖エルミンでどれだけ有名かは知らないが。まだ君は子供なんだ。下手したら死んでたんだぞ」
静かに少女を責める藤井さん。

ああ、声は抑えてあるけどその怒りは隠しきれてない。

アタシは心底困り果てた。
藤井さんの言いたい事も分かる。
無茶をした少女の軽率な行動に怒っている。
心配している。
でもこの少女にだって理由がある筈で、理由もなしに怒ってはいけないとも思う。

「藤井さん、怒りたい気持ちは分るけど。落ち着いて」
少し悲しそうな顔で舞耶さんが藤井さんを宥める。
「確かに……火事が起きた神社に飛び込んでいったのは無謀だけど……」
気持ち、頼りなく続けて言う舞耶さんの言葉にアタシは肩を落とす。

焦げ臭い匂いが充満する神社の境内。
煤塗れになった少女は無言を貫いて。
下唇を噛み締めたまま一言も発しない。

取材で母校を訪ねる直前に立ち寄ったアラヤ神社。で偶然起きたボヤ騒ぎ。
アタシ達が神社の境内に入ったのと、この少女は脇目も振らずに神社へ突っ込んだのがほぼ同時。
中から古ぼけたお面と石を持ち出す為だけに。
アタシから見たって無茶だと思う。こんな細い身体で。

「……にゃろ」
小さな声で確かに少女は呟いた。

「?」
アタシは最初聞き間違いかと思って少女の口元に耳を近づける。

「あんにゃろ〜!! 絶対シメる」
今度は大声で怒鳴って少女は神社へ向けて拳を振り上げた。

な、なんなんだい? この子は??

驚いて固まるアタシと舞耶さん。藤井さんもポカンとしてる。
気まずい沈黙を理解してるのかしていないのか、

「因縁の放火犯と接触しちゃって、無謀にも飛び込みました。ご免なさい」
と。展開についていけないアタシ達に、少女は大人しく頭を下げて謝ったのだった。





 人前でペルソナを発動するのが、非道く遠い昔の出来事のように思える。
 去年の夏に皆と会って思い出せたばかりなのに。
 まだ一年も経っていない。
 わたし、こと、神崎 リアトリス 

 初っ端からピンチでっす☆

「雑魚が一々吼えてんじゃないわよっ!」
を中心に半円系の青白い光が浮かび上がり、ペルソナ聖獣・麒麟が出現。
《光の裁き》
麒麟の角が青白く光り、放たれる神聖魔法。
《ヒキェエエエエエエ》
断末魔をあげ形骸化する悪魔達。

燃え盛る炎と狂った調子で笑う顔に火傷の跡が残る男。
通称キング。
苗字は須藤。

 わたしが調べられたのはこれだけ。
 噂屋を使い探偵事務所のコネを使っても辿り着けない。

 黒っちに。
 黒っちを捜すわたしの前に立ちはだかる電波系の敵がこいつ、須藤。
 須藤が黒っちを知ってるかは未確認だけど繋がりは感じる。
 須藤の力の断片から黒っちを感じるから。
 それが余計にわたしを焦らせる。
 良からぬって明らかに良くない事が現在進行形で動いてる感じ。

 セベクの時……みたいに。

「ヒャハハッハ! 燃えろ、燃えちまえ!」

 わたしのペルソナに驚かない。ううん。
 多分この神社と仮面と石を壊すことだけしか考えてない。須藤は。
 直感的に悟る。

「……仮面も御石もアンタには渡さないよ!」
 煙にやられて滲む視界。
 口元を制服の裾で覆いながら、わたしは精一杯の大声で須藤へ叫んだ。

 仮面がなければフィレモンの力が一時的に削がれる。
 ペルソナ使いであり、魔獣王でもあるわたしには不便が無いけど。

 他のペルソナ使いの覚醒が遅れる。
 そーなったら、結局わたしが戦わなくちゃいけないし。
 そんなんヤだね。

 御石様は、我が神崎家の所有する大事な石。
 実はオリハリコン製で、人間の負の感情から生まれるペルソナの一種。
 黒きガイアを封じてある。

 どっちも壊されたらイヤン☆っていう代物。

「あのお方の命がなけりゃ、お前みたいなガキとっとと殺してやる所だったのによ」
 火事という非常識空間で物思いに耽るわたしに、須藤は忌々しい口調で言い捨てた。

「!?」
 須藤の台詞にわたしは須藤の顔を睨む。
 てか、あのお方ってダレ? まさかお祖母ちゃんじゃないよね??
 セベクスキャンダルの時に、麒麟がそう呼んでたし!

《馬鹿なボケは後回しに!》
 ソッコーで麒麟に叱られてわたしは愛想笑いを麒麟へ浮かべた。
 無視されたけど(怒)

「あの魔女と同じ顔をして俺を睨むなぁああぁあ」
 須藤は今までに見た中で一番顔を歪ませてわたしに怒鳴った。
 怒鳴り声と共に降って来る火炎魔法・アギダイン。

「行くぜっ」(麻生氏台詞パクリ)
 わたしが呼び出すのは聖魔獣ソルレオン。当然魔法は。

《マハブフダイン》
 アギダインを相殺して氷の魔法は水蒸気に。
 ヤバイキャンプファイヤー内じゃ、流石に無理か。

「覚えておけ。これ以上首を突っ込むなら、お前だって例外じゃねぇ。確実に殺してやる。俺を……した、あいつ等のように」

 薄暗い闇。
 暗い瞳のお姉さんよりも。黒っちよりも。イーちゃんよりも。
 暗くて底が見えなくて、真っ赤な狂気に彩られた瞳。
 正直ゾッとする。

 わたしは鳥肌の立った腕を擦り下唇を噛み締める。

 断片的に流れ込んでくる須藤の闇は気味が悪すぎてわたしの許容範囲外だよ〜。

 これならまだ神取さんの方が紳士だったじゃんっ。
 叫びかけそうになって留めて。
 わたしは深呼吸を一つ。

 わたしはわたしである事から逃げない。

 決めたから、きっちゃうよ? 大見得♪

「殺してやるぜ」
 わたしの聴覚を刺激する須藤の脅し。オプションで喉奥で哂う。

「万人が運命に従うなんて軽々しく思わないことね、キング。ツィツィミトルの幻影に囚われた哀れな罪人よ」

 そんな哂い怖くない。
 本当に怖いのは絶望する、真に絶望する人の気持ちだけ。
 わたしが挑発的に言葉を返せば須藤は言葉を失う。

「目に見える全てが真実ではない。覚えておいて?」

 わたしは一方的にわたしを敵視する須藤を無視して、目的のブツを腹に抱えて。
 決死の……でもない、逃げの一手を打った。
 外で火事に気づいて驚く大人達が居るとも知らずに……。

 そんなピンチの連続のわたし。

 今日の運勢はスーパーラッキーデー。


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