『良い子の振る舞い4』




アヤセのぼやきに は腹を立てながら。

それでもこの人も信じてみたいと思った。

「正直いって、アヤセさんみたいな人苦手です。わたしとは合わない人だと思います。
けれど、もし。このヘンな事件が解決してアヤセさんが信じてくれるなら、今からわたしが言う日に指定した場所に応援に来てください」

が喋りかければアヤセは顔の方向を へと戻す。

「……の、……です。多分、同じ場所にアヤセさんが知っている二人が居るはずです」

が告げたのは、元々 がやって来た日にち。
場所は彼等にとっても馴染み深い場所。だってそこには多分。

 この人がどれだけ信じてくれるか分からないけれど。
 わたしから信じなきゃ。何も変わらない。変われない。

 アヤセさんもわたしと同じ仮面をいくつも持って。
 使い分けて生きている人で。
 仮面が重過ぎて疲れている人だから。

「ふぅーん? ま、気が向いたら行ったげるよ」
アヤセは明言を避けた。

「それに。普通は猫被るの当然じゃないですか。本音ばっかりで喋ったら誰だって引きます。アヤセさんだって引くでしょう? 相性の悪い人と本音なんかで話したら」
言うべき事はきっちり。言っておかなければ。
やられっぱなしじゃ恨み辛みだけが残る。
は決意して反論を開始した。

「面倒を避けるには仕方ない。そーゆう部分だってあるじゃないですか。バカ正直を地で行くほどわたしは器用じゃないです。
良い子ぶって周囲と折り合いつけて何が悪いんですか?」
静かに噛み付く の口撃にアヤセは目を丸くする。
「……間違ってないと思うよ、アヤセには出来ないけどね」
目を丸くしてから逡巡してアヤセは答えた。
「わたし。自分の事アヤセさんほど分かってないんです。答えを見つけなきゃいけないんです。だから」
「ストーップ。難しい話はアヤセには理解できないって。アヤセだって自分で言うほど自分の事分かってるわけじゃないし。そこまで深刻にならなくてもいーんじゃん。
答えを見つけるなんて、試験を受けてるみたいでヤなカンジ」
言い募る を手で止めて。
アヤセは の肩を二度ほど叩いた。

「アヤセが言うのもヘンだけど、素の。さっきの悪魔と戦ったときのアンタ。すっごく生き生きしてる顔してた。楽しそーだった。
そっちのアンタの方がらしいかな、って。超余計なお節介だけどそー思ったの」
心持ち恥ずかしそうに早口で捲くし立てるアヤセ。
はアヤセの言葉を頭の中で反芻して、それから笑った。

「そーかもしれないです。けど簡単に切り替えられるほど頭の良い子じゃないから。アヤセさんはまだここで隠れてるんですか?」
当初の目的を忘れてアヤセと話し込んでいた は、本来の話題を口にした。
「仕方ないじゃん。外の方が悪魔も多く居るし。一人で移動するのも大変だし〜」
拗ねた調子でぼやくアヤセにもう一度笑って。
は耳を済ませた。

 お姉さん、お姉さん。

小さな、小さな声。 に助けを呼ぶ女の子の声。
あの森の中で に助けを求めてきた少女、マイの声だ。

「わたし、行かなくちゃ行けない場所があるんで失礼します。アヤセさんも気をつけてくださいね」
はアヤセを勇気付けるように微笑みかける。

 アヤセさんはわたしとは違う時代の人。
 わたしの時代のアヤセさんとは違う。
 だから連れて行けない。連れて行ってはいけない。
 わたしが捜す本当のわたし。
 アヤセさんもきっと事件を通してアヤセさんを捜すんだ。

「ちょっと〜!! アンタ、先輩を一人で見捨てていくわけ!?」
急に心細く感じ始めたアヤセが声高に喚く。
感覚的なアヤセの振る舞いに笑みを深くして は小さく舌を出した。

「頼もしい先輩だから、きっと一人でも大丈夫ですよ」

 ねぇ? 

駄目押しのように言い切れば、アヤセは言葉に詰まる。

「アヤセさんはペルソナも使えるし、隠れていれば安全です。無茶はしないで下さいね」
海岸に寄せては返す波の様。
途切れ途切れに、強く弱く。
の脳を直接刺激するマイの呼び声。
極力無視して はアヤセに別れを告げた。

「それじゃぁ」
アヤセに背を向ける。
後ろでブチブチ愚痴を零すアヤセの声が聞こえたが、今度はこっちを無視。

 だって、アヤセさんとはもう一度会う約束したし。
 会える気がするから。

マイの声がする方角を見極めるべく慎重に動く。
マイの声が一番強いのは、工場の奥の行き止まり。
分厚いコンクリートの壁の向こう。
壁に手を当てて は強く念じた。
己の声がマイへ届くように。

 マイちゃん。聞こえる? マイちゃん。
 杖を手に入れてわたしは自分の立場を知ったわ。
 マイちゃんの言う怖いものを退治できるのは……わたしだけなのよね?
 だから。わたしを『そちら側』へ連れて行って。

「…お姉さん」

 うん。聞こえてる。

「助けてくださいです」

 出来るかわからないけど、助けてあげたいよ。

「怖いです」

 大丈夫。わたしをマイちゃんの居る方へ。
 そちら側へ連れて行って。

「アキちゃんが怖いことをしようとしてるです。皆巻き込まれて……マイちゃんはそんなつもりなかったのに」

 どんな結果が待っていても、わたしはマイちゃんとの約束を守りたいの。

「ノモラカタノママ!!」

の脳裏に浮かび上がるイメージ。
マイの胸に下がるコンパクトが、マイの唱えた呪文によって激しく輝く。

眩い光が網膜さえも焼き尽くす勢いで、 の視野を白く塗り潰していく。
乗り物に乗せられて揺られる感覚を味わいながら、 は一つの仮面を工場に落としていった。


 仮面の名は『猫被り』




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