『良い子の振る舞い2』




の立てる靴音だけがやけに響き渡る。

打ちっ放しのコンクリート床。
空気も肌寒く、 は注意深く周囲を見渡しながら歩く。

「おかしいなぁ」
フィレモンは今更嘘などつかないだろう。

恐らくココからセベクビルに潜入できるようになっている筈。
廃工場内は誰かが書いた落書きのようなイラストがあるだけ。
特に怪しい部分はない。

オマケに悪魔も出ないので、 は拍子抜けしてひとりごちた。
念の為、ペルソナ二体には物陰で待機するよう伝えてある。

 ごとっ。

歩く の耳に飛び込む何かの物音。
ビクッ、っと身体を痙攣させ は立ち止まった。

「だ、誰ですか?」
試しに声を出してみる。

声といえるか難しいがか細い の呼びかけ。
静まり返る工場内で数分ばかり沈黙が続いてから。

一際大きな物音がして、一人の女子高校生が姿を現した。
女子高校生だと が瞬時に判断したのは理由がある。

 あのシステムが。
 そうデヴァ・システムが……長いなぁ。この名称。
 うん、デヴァの前でニコライ博士と話してた時にイメージで見かけた人。
 麻生さん達と一緒に居た、ツインテールの髪型のコギャルみたいな……。
 ってマンマ、コギャルだよね。

しげしげを女子高生を観察し、 は考えた。

「ちょっとぉ〜。誰ってアンタが言うから出てきたんじゃない。シカト?」
不機嫌も露に顔を顰める女子高校生。
着崩した制服と、首に光るチョーカー。
髪も地毛色ではなく金色に近い茶髪。
「す、すみません」
女子高生は妙に迫力があって、なんだか怖い。
は急いで謝った。
「はぁ。ったく、ガッコが変になったから隠れてたのに。ところでアンタ、ウチの生徒だったりする?」
女子高校生は の制服を見て首をかしげた。
「え? あ、はい。聖エルミンの中等部です」
自分の首にかかったネクタイを摘み上げ、 は説明する。

女子高校生は自分で聞いておいて興味がないのか「ふぅーん」なんて。
曖昧に相槌をうってくれる。

「あの、貴女は高等部の方ですよね? わたし、神崎  といいます」
場を支配しそうな奇妙な沈黙が怖くて、 は自己紹介をした。
「……綾瀬 優香。アヤセって呼んで」
素っ気無い口調で、女子高校生、アヤセは名前を告げる。

恐らく彼女もこの御影町の異常を感じ取り知っているのだろう。
普段なら、 みたいな中学生をまともに相手しよう等とは思わない。
そういうタイプに見える、アヤセは。

「アヤセさん。さっき学校が変になってって、言ってましたよね? それは聖エルミンのことですか?」
は思いつめた調子でアヤセに問いかける。

つい数十分前までは学園近くのアラヤ神社にいたのに。
は何も気付かずに、感じずにセベクビルに通じる通路があるという廃工場まで来てしまった。

 わたしには。わたしには普通と違う力があるって。
 そう言われたばかりだったのに。

 助けられたかもしれない。
 助けられなかったかもしれない。

 ううん。きっと助けられた。それなのに、わたし……。

「ガッコ、氷付けになったの。アヤセにも理由なんか分からないけどさ。……ガッコに入れなくなっちゃったんだよね」
気だるげに床に座り込みアヤセはため息をついた。
「学校が凍った」
アヤセの言葉を反芻して は茫然自失。

町の異変だけでもそもそも異常なのに、挙句学園まで凍りつくなんて。
セベクスキャンダルは多くの謎を孕んだ事件だったが、ここまでだとは。
の想像の範疇を遥かに超える。

「それでアヤセさんは避難してきたんですね」
「まぁ、そんなとこ? それより、神崎? アンタは?」
立ったままの をアヤセは見上げた。
「へ? え、えっと、わたしは……」
会話の矛先が に向いて は動揺する。

本当のことを言っても話が通じる相手だとは思えない。
偏見かもしれないが、このアヤセの姿は正にコギャル。
どっから見てもコギャル。

馬鹿正直に話してしまったら頭のオカシイ人間だと決め付けられるかもしれない。
いやきっとそう思われる。

目を泳がせうろたえる へ顔を向けていたアヤセは、これみよがしにため息をつく。

「別にいいよ、話したくないなら。アヤセ、自分で言ってるほどアンタに興味ないし」
本音炸裂のアヤセの語り口に、 は内心ムッとしながら小さな声で謝った。

そして訪れるのは気まずい沈黙だけ。
沈黙を気まずいと思っているのは だけで、アヤセは普通に座ってPHSを懸命に弄っている。

《ヒャッホー! 人間だァアァ》
はっとして身構える とアヤセ。
二人の目の前には巨大な杖を持った、青い身体を持つ悪魔が四体。
「堕天使・ウコバク」
頭に浮かぶ単語を口にして は反射的に銃を構えた。
《へぇ〜、僕の名前を知ってるんだ?》
ニヤニヤ笑いながらウコバクは とアヤセに近づいてくる。

はアヤセを背後に庇いながら下唇を噛み締めた。
ここでアヤセを見放したら後悔するのは自分。
守らなくては。

「ええ、知ってる。わたし貴方達とは戦いたくないの。だからお願い。帰って」
アヤセの背後に麒麟とソルレオンが移動した気配がする。
は極力威厳を持ってウコバクへ告げた。

《ヤッダねー》
小馬鹿にした口調でウコバクは言い、手にした杖を構える。

「ちょっと、生意気なのよ! アンタ達」
が口を開くより先に、アヤセは気分を害した表情をして反対に文句を言い始める。
「ちっさいナリで、態度超エラそー。マジムカツク」
言いながらアヤセは制服のポケットに仕舞っていた、新体操のロープを出した。
《バカにしたなぁ!!》
杖から火の玉を発生させウコバクは激昂する。
「はぁ? 元からバカそーじゃん」
ウコバクを鼻で笑ってアヤセは新体操のロープを構えた。




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