『楽園観察3』



蒼い扉。

ベルベットルームへの扉は無常にも閉じる。
がドアノブに手をかけたが内側から鍵がかかってるのか開かない。

「……」
額に青筋立てた は静かに銃を取り出し構える。
狙いをドアノブに向けたところで、後方に思いっきり引っ張られた。

《はいはいはい。嫌でも後で沢山厄介になるから、今はこっちが先》
麒麟が の制服の上着を咥え引っ張り、 の隣でソルレオンが諌める。

の好奇心を無視した格好で次に一行が足を踏み入れるのは。

『ひっとぽいんと回復するなら傷薬と宝玉で〜』

なんとも形容しがたいバックミュージック? が流れる、薬局、サトミタダシ。
コミカルな店内ミュージックに聞き入り、 は脱力した。

「もー。あの蒼い扉部屋と、わたしがカンケーないのは分かるけど。あんな事しなくたっていーじゃん」
口先尖らせて剥れた に麒麟は困った目つきで外を向く。
見慣れた聖エルミン制服達がサトミタダシの前を通り過ぎて行った。

「……もしかして、この時代の麻生さん達に会うとケッコーヤバイ?」
声を潜めて麒麟へ尋ねる。
麒麟は一度だけ瞬きをした。
肯定、の意である。

は少し考えて今度はソルレオンへ問いかけた。

「この場合、わたしの方が邪魔ってコト?」
ソルレオンは重々しい調子で首を縦に振る。
小さく唸って は顎に手を当てた。

「そっかなー、って思ってたけど。じかに会っちゃマズイなら、早めに教えてよ」
恨みがましい視線をソルレオンへ送る。

《聞かれなかったから、分かってると思ったわ》
いけしゃあしゃあ。
平然と応じるソルレオンに怒りを感じ、 はムッとして言った。

「分かってません」
ぷい。
そっぽを向く の耳にはずーっとサトミタダシの曲が流れ込んでくる。

お陰で腹に溜まっていた怒りが拡散していった。
コミカルな曲と耳に残る旋律。
サブリミナル効果でもあるのか、疑ってしまう。

五回位聞き流して、ついつい鼻歌を歌ってしまう。

「〜みんなのみかた、ぼくらのまちのおくすり、や、さ、ん〜……はっ!? 呑気に歌ってる場合じゃなくて」
セルフ突っ込みしてから、 は両手を上に上げてゆっくり伸びた。
ひとまず店主のおじさんに多少の情報収集をと。
めげている場合ではない。

「こんにちは」
カウンターに居る店主のおじさんに は話しかけた。

「やあ。お嬢ちゃん」
気さくな態度で店主は に挨拶を返す。

「お嬢ちゃんは聖エルミンの生徒かい? その制服は聖エルミンだよね?」
人懐こい笑みを浮かべて店主は の制服を指先で示した。

「ええ、中等部の方ですけど」
はにかんで笑いながら が答える。
なんだかやっとまともに会話が成り立って。
の心に安堵の感情が緩やかに広がった。

「おじさんの息子も聖エルミンなんだよ。お嬢ちゃんより先輩だね、高校生だから」
「へぇ〜、そうなんですかぁ」
のほほんと、情報収集……基、ただの世間話を繰り広げる店主と

「うちの店と同じ名前なんだよ。サトミ・タダシ」
店名が入ったレジ前のプレートを に示して店主は豪快に笑う。

「サトミ先輩、なんですね」
学園じゃきっと有名だろうなぁ。
なんて、これまでの体験とはぜんぜん流れが違う会話に溶け込んで。
の脳もすっかり能天気モードだ。

バックミュージックで流れるサトミタダシ・ソングが を少々可笑しくさせている、のかもしれない。
その後も重要度が確実に低いと誰もが分かる世間話を続けていると。
店主が爆弾を投下した。

「しっかし今時の子は珍しいペットを連れてるんだね」

 あははは。

店主は笑って背後に佇む麒麟とソルレオンへ視線を送ったのである。

「ぺ、ペット……ですか?」
店主の台詞にぎこちない愛想笑いを浮かべ、 は聞き返す。

 ペットで済むレベルの外見してないでしょ。
 麒麟もソルレオンも。
 まぁ、今まで見かけた悪魔みたいにすっごく怪しい外見じゃないけどさ。

むむむむ。

唸る に、上辺だけは躾の行き届いたペットのフリをし出す、麒麟とソルレオン。
微笑ましいモノを見る目つきを崩さない店主。
その空間を埋めるのは矢張りエンドレスで流れるサトミタダシ・ソングなわけで。

 はっ。いけないっ!!
 マジヤバイ、絶対ヤバイ。
 このままこの店にいたら。
 サトミタダシ・ソングが頭に焼きつく!
 シリアスできなくなるよ〜!!

我に返った
首をブンブン左右に振って理性を取り戻す。

「そう! ペットの散歩途中なんですよ。お母さんに頼まれていた買い物もしなきゃいけないし、すみませんでした」

ぎこちなく笑って足早に店の出入り口へ向かう。
最後にもう一度店主を振り返り愛想笑い&お辞儀。
逃げるように走って、モールの片隅で小休憩。

「仕方ない。成るようになる、が信条なの。情報収集してもわたしが理解できてないなら意味ないし。普段慣れないコトはしない方がいーってコトで。さー、行き当たりばったりで、れつごー」
両手を腰に当ててふんぞり返る に、麒麟とソルレオンは押し黙る。
「ちょ、何か言ってくれたて良いじゃんか〜」
麒麟を指差す だったが、逆に麒麟に白い目を頂戴し。
気まずそうに指を下げる。
「分かったよ。役目を果たしに行けばいーんでしょ、  ばっ!」
露骨に嫌な顔をして舌を出す。

例えもう一人の自分で、自分の中から出てきた存在といってもこの扱いはないだろう。
は特に自覚なしだが、徐々に被っていた の『大人しい良い子の 』の仮面が落ちてきている。

不機嫌も露に森があると聞いた、聖エルミン側とは正反対の出入り口へ は歩く。

《漸くあの子らしくなってきたわ》
肩を怒らせ歩く に、ソルレオンは笑いを堪えながらポツンと漏らした。

《……》
らしいのは一向に構わないが、もう少しこの現状把握をさせてやってもいいじゃないか。

麒麟は胸の中で思うも、ソルレオンの怒涛の口撃が苦手なので沈黙を貫く。
役に立つのだか立たないのだか。
分からない知識を携え、 は新たな一歩を踏み出していった。

……止める者がいないのが、幸いなのか。
不幸なのか。
まだ誰にも分からない。




Created by DreamEditor                       次へ