『パンドラ2』





「……」

 むう。

不機嫌丸出し。
は通常比1.5倍増しの眉間の皺を作り絶叫した。

なっげ―――――っヨ!!! このダンジョン!

粘膜のような物質に覆われた学園の壁や扉が特徴のダンジョン。
ダンジョンというか、これも園村が作り上げた世界。
より彼女の内面的な部分を含むのだろう。

は自分から訪れたクセに逆ギレしていた。

《仕方ないんじゃないか? 彼女の中でも最悪といわれる人格がいるらしいから》

爽やかな笑顔で周囲の悪魔を脅して、さり気にルーは一人情報を仕入れている。

「最悪の人格?」

ゲシゲシ壁に蹴りを入れる足を下ろし、 は眉間の皺をそのままに。
ルーへ顔を見せる。
ルーは口元を震わせてから何度か咳払い。
重々しい調子でうなずく。

《絵を特技とする彼女らしく、最悪の人格の名前はパンドラ。アキが開放したお陰で彼女は目覚めて動き出そうとしている》

長い指先で通路の下を示してルー。
外見の好青年風の姿に相応しく優雅な所作。
ルーの仕草を冷めた目つきで見やり はため息をついた。

「そのパンドラが暴走すると、ヤバイ。なーんてお約束の展開?」
ヤバくなければ、そもそも麻生達はアキを追ってパンドラの元へなど行かない。
最後の最後で用意されていたのは。
一人孤独に苛まれて悩む一人の高校生の劣等感だなんて。
彼女の精神が事件を生み出すきっかけを作り、事態を悪くしているなんて。

 滑稽で笑いたくなるほど残酷だ。

自棄になった本物の園村が消えたらそれこそお終い。
元気な園村に励まされて、すぐには絶望しない。
だがもし、麻生達がパンドラとやらに負ければ。

「ヤバイよねぇ、麻生さん達が勝利しないと」
きっと絶望して、パンドラに流されるかもしれない。
きっと流される。

《大当たり。彼女が暴走したら、本物の彼女の意識なんて消えてしまうだろうね。なんていったって、本物の彼女は罪悪感と己への嫌悪感で胸がいっぱいだ。自分さえ消えれば、なんて考える本物を野放しにするかい?》

「んーん。ココぞとばかりに攻撃して乗っ取るね、身体を」

客観的に考えて自分ならそうする。 の意見にルーは口笛を吹く。

《言うねぇ》
ルーは の端的な物言いを茶化す。
「言うよ」
口元に笑みを湛えて も応戦。

少し皮肉屋で棘のある毒舌家。
ルーは昔から少し意地悪でヒトを僅かばかり嫌っていた。
の精神が具現化させたペルソナならば、 だってルーに負けず劣らずの毒舌家だと、いうことになる。

数秒間。
互いに出方を窺うように口を噤んでいた、 とルー。
沈黙を破るのは

「情報収集は大いに助かるんだけど、さ。辿りつくまでが面倒じゃん〜」
あっさりと話題を本筋に戻し愚痴を零した。

省みれば。ずっと歩き通しで移動手段は徒歩・徒歩・徒歩!
疑うつもりはないが、フィレモンの嫌がらせかとも疑ってしまう。
現代っ子には辛い。

「明日は筋肉痛だよ」
足の裏が既に痛い。
痺れる脹脛を擦って は一人遠い目をした。

《では少し裏道でも作るかい?》
ルーが屈み の顔を覗き込む。
「麻生さん達に迷惑がかからないてーどにヨロシコ」
やる気ゼロ。面倒臭がって適当に答える に。
《了解♪》
何処か楽しそうに応じるルー。

ポカリ飲みたいなぁ〜、なんて考えてぼんやりする を襲ったのは激しい衝撃派だった。

「!?」
頬を強張らせて首をルーの方へ向ける。
煙が立ち昇る中心に平然と立っているルー。
物陰から二人のやり取りを眺めていた悪魔達は軒並み怯えて、猛スピードで逃げ出し。
でっかい穴を目の前にルーは得意げに言い放った。

ラスボス直通落とし穴。親切設計

人様の迷惑と己の迷惑が一致しない、非常に図太い性格をしている。
それがルー。
唖然とする を他所に《早く行こう》等と超マイペース。

「わたしって、実はとっても非常識なのかも」
ルーにお姫様抱っこされて落下していきながら、 は新たな自分の一面にひっそり打ちひしがれるのだった。

背中の羽を動かし速度を調整して落ちていくルー。
穏やかだった表情は『ラスボス』に近づくにつれ険しくなっていく。

「なんとかしてるって、麻生さん達が」
他力本願も甚だしい。
の無責任な発言にルーは少し表情を和らげた。

「横槍いれるのはシュミじゃないし〜。事件に巻き込まれて一番被害を受けてんの、あの人達でしょ。無自覚だったコンプレックス剥き出しにされて、凹まされて。
挙句に町までメチャメチャにされてヒトだって殺しちゃって。最悪じゃん」

今は非常時で事態は深刻。
時は一刻も争う大事な場面。
深く考える暇は無いが、落ち着いて改めて考えた時。
悪人とはいえ神取を倒したことを後悔しないだろうか?

《我々には踏み込めない領域だな》
ルーも の言葉の裏の意味を察して、意味深に言い返す。
「お邪魔してるだけ、だからね」
風圧が の毛先を逆立てる。

耳を掠める空気を裂く音が一段と激しくなり、そこへ辿り着いた。

辿り着いた時にはもう麻生達の姿は無く。
蝶の姿をした園村と、元気な園村。
そしてアキの三人が居た。

「あれれ?」
が想像していたのはラスボス戦真っ只中の麻生達。
が、思い描いた構図は無く。
戦いの後、という雰囲気漂うラスボス部屋。
繭に包まれたデヴァ・システムのコードが飛び出ている。

「還っちゃったよ、もう」

とルーの姿を最初に発見した元気な園村が笑顔で告げる。
アキは頬を膨らませたまま一人剥れていて。
一際目立つ蝶の羽。
美しい外見を持つもう一人の園村は、眠そうに欠伸を何度も漏らしていた。

「遅刻、ですかねぇ」
誤魔化し笑いを浮かべる に元気な園村は遠慮なく「そうだね」と。
肯定する。

タイミングが悪いのは何時ものことさ


を床に下ろしルーがフォローを入れるものの。

「ルー、それは慰めになってない……」
緊張感も何もかも。
すっかり身体から抜け落ちて。
は肩の力を落としたのだった。




Created by DreamEditor                       次へ