『パンドラ1』




勢いに任せて はアラヤの岩戸、から地上に飛び出した。

意識が集まるあの最下層の部屋から出てすぐに。
脱出の呪文で戻ってきたのだ。

「これくらい楽させてもらっても、絶対バチは当たんない」
相変わらず乗り物酔いしそうな不安定景色。
眉を顰め口をへの字に曲げる。

《強情な態度は相変わらずだな》

 バサッ。

翼が風を起こす音。
風が発生して頬を撫でて通り過ぎる懐かしい感触。
穏やかな男の声に は慌てて振り返る。

「ルー」
名を呼べば黒き翼を震わせて青年は笑顔を浮かべた。
かつては聖に属しながら、現在は魔に属する彼。
名は広く知れ渡っているが彼の存在を『受け入れ』られるヒトは少ない。

《全て放り出してきたのか?》

「てか、メンドーになっちゃった。柄じゃないもん、オウサマってやつ。
選ばれたってちょっと浮かれてただけ。よくよく考えたらすっごくタイヘンじゃん。やりたくないなぁ〜って思った」

悪戯っぽく笑って が応じる。

ルー、正式名称を呼ぶことを非道く嫌う の命名。
ルーという名のペルソナは優雅に一礼し に手を差し出した。

《我は汝、汝は我。汝の心の海よりい出し、汝の心の欠片。我が共に在るコトを》
ルーを中心として円形の光が、青い光が浮かび上がる。
「受け入れるわ」
は差し出された手を握り締め、ルーを中心に湧き上がる光を受け入れる。

目の裏がチカチカして。
丁度、テーブルの角に頭をぶつけて目から火花が出るみたいに。
光が走って消えた。

の態度には驚かされる。今頃途方に暮れていないと良いが》
歩き出す の隣を歩き、ルーが揶揄するように後方のアラヤ神社を振り返る。

「大丈夫よ。どうするかは独りで決めるでしょ。今まであの杖に存在意義を見出してきたみたいだけど、それもどーよってカンジ。
わたしも拒否権はあったのに、トクベツって言葉に調子乗ってた。ジゴージトク」

気持ちがすっかり軽くなる。
スキップしながら は移動し始めた。
子供らしい の振る舞いにルーはニコニコ笑うだけ。

「雰囲気とかで、王にならなきゃいけないんだって“決め付けて”た。
誰も王になったらずっと王で居なきゃいけない。なーんて言ってなかったのにね。王の資格を持ってるのを認めるとは言われたけど〜」

静まり返る虚構の御影町。
悪魔の気配はする。
しかしながら 達を襲う様子はない。

「わたしには、失くしたわたしを拾えただけで十分。それだけで命がけになった価値はあったかなぁ〜、って思いたい。でなきゃ、やってらんなーい」

口先を尖らせた のつむじに指を押し当てて、ルーは笑いの衝動を堪えた。

《本当、らしいな》
くしゃくしゃに髪の毛を乱せば、 はムッとした顔でルーを睨む。
「なぁに? わたしだけ物好きだって言うなら、ルーだって一緒! わたしがエルの杖を持ったままだったら絶対に出てこなかったくせに」
憤慨する に怯えた顔をして見せてから、ルーは耐え切れずクスクス笑う。
《確かに。杖は所詮は象徴に過ぎない。象徴に縋り権力を保持するのは無意味だ。そのような行動しか取れないなら、私が力を貸すまでも無い。自滅して終わりだ》
「うわっ。キッツ」
物腰は柔らかなのに遠慮ない言葉がポンポン飛び出す。
ルーの意見に、 はわざとらしく仰け反って騒いだ。

和やかに歩くこと十分。

とルーの前には聖エルミン学園高等部。
唾を飲み込み は両手を握り締め気合を入れた。

「ここから聞こえる。麻生さん達戦ってるね。助けてあげられないけど……終わりを見届けにいかなきゃ。デヴァ・システムから園村さんは逃げ出せるのかな」
シリアスモードに入って は親指の爪を軽く噛む。
《彼等次第だな》
対するルーは我関せず。本当にどちらでも良いようで、無関心を貫く。
「……だから、それがキツいんだって」
が白い視線を向ければ極上の笑みをたたえてルーは言い返した。
《なんといっても、 の分身。もう一人の だからな》
挑発的に腕組みまでしたルー。
「うっ……ヤなトコ、ピンポイントで突いてこないでよね」
ルーの嫌味から逃げるように学園の中へ駆け込む。

背後でルーがニヤリと意地悪く笑っている気配がしたが無視・無視。
上履きに履き替えたいが、ないので靴のまま学園内に上がり階段を駆け上る。
ほとんどの教室は扉が閉まっていて が力を入れても、ペルソナを使っても開くことがなく。
片っ端から扉を試して、そして。

「図書室」
親切にしてくれた黒瓜が思い出される。
が、彼もまた『本物の園村』が作り上げた、この町の住人。

助言を貰うことはもうないだろう。

過信して扉を無遠慮に開け放てば、中には意外な人物が居た。

「あっ……」
思わず大声で言って二人を指差してしまう。
図書室の中に居たのは内藤と香西だった。

「君は?」
驚きながらも内藤が を見る。
ルーはいち早くヒトの気配を察して姿を消していた。

「麻生さんの後輩です。別行動をとっていて追いかけてる最中なんです」

 嘘も方便。全部が嘘じゃないし。

考えて、 は部分的に嘘をついた。
の制服姿と麻生の名が利いたのか、内藤と香西は扉を指差して説明を始める。

「麻希達は今、この扉の向こうに行ってるわ。中は迷宮になっていて多分、アキって子供が居る筈なの。お願い、麻希達を手伝ってあげて」

精神的にも落ち着いたのだろう。
香西は頻りと園村の身を案じながら、 に説明する。

「俺達には待っているだけしか出来ないが。麻生の知り合いの君なら大丈夫なのかもしれない。気をつけて」

もどかしそうに。
内藤が包帯の巻かれた腕をもう片方の手で押さえた。
正義感の強い彼の事だ。
その力がるのなら一緒に戦ってやりたいのだろう。

やりきれない感情が に伝わる。

「はい、有難うございます」
は形だけお辞儀をして。
コンパクトが置かれた魔法陣モドキをまたぎ。
ドクドク波打つ鼓動が不気味な印象の。
扉の奥へと身を投じた。




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