『森の奥の鼓動4』




麒麟の放つ暖かい光。

回復魔法を全身に感じ、まだ少し重い身体を持ち上げる。
目を閉じて は大きく一回だけ深呼吸。
目を開いて改めて空間を見た。

「あれ?」
空間だったと思っていた場所は元の森の中。
森の迷路の隅で横たわる は上半身を起こす。

鈍い動作で左右を見れば、両隣には麒麟とソルレオン。
それぞれ心配顔で の横顔を覗き込んでいる。

《大丈夫? 
の頬を舐めてソルレオンは を支えるように座り込む。
ソルレオンの行動に、少し嬉しくなって は素直にソルレオンへ寄りかかった。

《無事で何より》
麒麟は のこめかみに鼻先を押し当てもう一度回復魔法を唱える。

「あれが黒きガイア? マイちゃんが怖いって云ってた異物?」
追い払ったような、そうじゃないような。
曖昧な感触だけが残る胸の中。
は釈然としない気持ちを抱えひとりごちる。

《そうといえば、そう。違うといえば違うわね》
の呟きを聞き取ってソルレオンが答えた。

《似て非なるモノ。しかしながら同質のモノ》
続けて麒麟も小難しい言葉を使って口を開く。

難しくて にはピンとこないが、なんとなく。麒麟の言いたい事は分かった。

「黒いガイアだけれど、本物じゃない。そーゆーコト?」
麒麟へ言えば、麒麟は一度だけ瞬きをする。

、もし》

「ううん。人間ってさ、自分に都合の悪い事って結構忘れちゃうもんだなんだね。神様じゃないから、誰にもメーワクかけないで生活するのは無理だけど。
けどさぁ。わざと相手を苦しめちゃいけない。……多分、ね」

ソルレオンが何かを言いかけるのを は止める。

頬にあたるソルレオンの毛の感触。
呼吸を繰り返すソルレオンの身体の動き。
波打つ心臓。
実際に生きている生き物のように暖かい身体。

 自分は生きている。

遅まきながら実感し始めて は安堵の息を吐いた。

「すっごい悪意だった。めっちゃコワッってカンジ。フツーじゃない、絶対ヤバイって印象だった。わたし、甘く見てたんだ。
グライアスだから特別な力があるからって、ちょっとナメてたかも。悪魔の事、黒きガイアの事」

肌にはまだ針の残した痛みが少し残っているような気がして。
は自分の腕を擦るが、身体の怪我は麒麟によって癒され、跡形も無い。

「それから、この事件のコト。セベクスキャンダルは当事者じゃないから。麻生さん達にとっての現実だから。
わたしとは無関係なんだって決め付けてた。別の使命があって、そっちさえ解決すれば良いって考えた」

 今、彼等はどうしているだろう?

学園を出て行った麻生達は、この町の仕組みも。
マイの存在も、アキの存在も。
根本的に理解していない。
常に気を張っていなければならない状況下で、どこまで戦えるのか。
彼等は被害者なのだ。

ここまで考えて は己の考えに苦笑する。

 また、決め付けてる。と。

「この森からはもう反応が無いね。感じないもん。もう少し休んだらマイちゃんに教えに行かなきゃ。
……ねぇ? 麻生さん達に会うのは駄目だけど、こっそり見に行くのは平気だよね〜」

確かめたい。 は考えた。

「確かめたいんだ、わたし。だってセベクスキャンダルは、わたしから遠いモノだったんだもん。
そりゃ、住んでる町での事件だけど。わたし的には海の向こうの海外の話みたいな」

良く見れば足先に落としたはずの銃が転がっている。
足先で銃を蹴って、 は身体の力を思いっきり抜く。

ソルレオンを心から信頼して頼って。
心底怖い経験の後で も少しばかり心細く誰かに甘えたいのだ。

ソルレオンはグルグルと喉を鳴らす。

「変なの。本当に変なの。コロコロ考えが変わっちゃって、どれが本当のわたしなんだか全然わかんないや。
逆にどれも、本当のわたしじゃないのかもって思うと。ケッコー怖いなぁ」

正にフィレモンが言っていた言葉に当て嵌まる。

神のように慈愛に満ちた自分。
悪魔のように冷酷な冷たさをもつ自分。

それぞれの状況で顔を出す神の自分と悪魔の自分。
俗に表現するなら良心と悪心による争いか。

《迷い傷付いても。 が前に進むと決めるのなら、付いて行くだけだもの》
ソルレオンの尾尻が の背中を軽く叩いた。

「うん」
決めるのは自分。選ぶのも自分。
興味半分で足を踏み入れて良いレベルの問題じゃなくて。
半分フィレモンに担がれたのは癪だけれど。

「行くって決めちゃったし。ジャックフロストを追いかけちゃったし。手も取ったし。城戸さんには助けられて、アヤセさんにも会って。
エルの杖も手にしちゃったし。ペルソナも二体になったし」

指折り数えて は己の今までの行動を反芻した。

「フィレモンにも見栄張ったし。マイちゃんにも突っ込んで聞いちゃったし。アキちゃんの行動が気になるのもホントーだしなぁ。
帰るっても帰り方分からないし。歴史が変わるのも嫌だし。麻生さん達が死んじゃったりしたら、もっとカンジ悪いし」

一気に言い切って は大きく息を吐き出す。

「はーあぁ。なんだかなぁ〜」

物凄く自分が小さく。バカみたいに思えてくる。

《自己否定は関心しない》
自己嫌悪に浸りそうになってきた にすかさず麒麟がフォローを入れた。
無理矢理笑顔を作って は麒麟へ礼を言う。

《そうねぇ。こっちまで否定されてるみたいに感じるし。さぁ、休憩はお終いね。聖エルミンの彼等を追うならそろそろ移動した方が良いわ。
ペルソナの気配が、地下鉄通路を通って場所を移動しているもの》

地下鉄入り口方角へ鼻先を向け、ソルレオンが静かに告げた。

「また移動かぁ〜」
《真実は己の目で確かめるモノ》
うんざり顔の に、しれっとした調子で麒麟が皮肉を少し混ぜて発言。

「……なんか、これって〜。自分に励まされて貶されてんだよね。ムカツク」

 うっし。

一人気合を入れて立ち上がり、 は泥が付いた銃を拾い上げる。

「黒きガイア、か」
影も形も無い。確かにこの目で見た黒き扉は。
一度だけ扉があった木を一瞬だけ見て、 は振り返らずにマイの待つお菓子の家へと歩き出した。




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