『森の奥の鼓動3』




空も大地も判別がつかない。

分からない不思議な黒い霧が漂う怪しい場所。
座り込んだ の目の前に真っ黒い塊。

《おのれっ》
果敢にもソルレオンが爪を振り上げ、黒い塊目掛け振り下ろす。

不気味に哂うだけの黒い塊の間をソルレオンの爪が素通りした。
ソルレオンの行動を遠くに感じながら、 はきつく目を閉じる。


静かに麒麟が自分の名前を呼んでいる。

気遣わしいその問いかけにも、 は答えることができない。
ひたすら怖くて、辛くて、悲しくて。
この空間に詰まった誰かの気持ちに の心が引きずられていく。

「!?」
見えない力が を襲い、 の腕が本来曲がらない方向に曲がる。

痛みを感じるよりも先に驚きが大きくて。
きつく閉じていた瞳を開いた。

《ファファァアファ》
目と鼻の先に黒い塊の真っ赤な瞳が。
左右を確認しても自分とその黒い塊だけ。
ソルレオンと麒麟の姿は何処にも無かった。

「いや……いやぁああぁあ」
悲鳴を上げる を襲う鈍い痛み。

足を針で貫かれてその光景に心が凍る。
叫ぶ を愉快そうに眺めて黒い塊は空間を揺るがし哂う。
黒い塊が哂う度、 の体は針に貫かれて身動きが取れなくなっていく。

 怖い。なんでなの!?
 怖い……。この恐怖心はダレのなの……。

針に貫かれるたび揺れる体の感覚は既に無い。
ペルソナ使いとして目覚めてから、ずっと感じていた麒麟とソルレオンが存在する感覚も無い。

《ソウヤッテ マタ ニゲルノカァアァァア》
黒い塊の怒りがダイレクトに の心に突き刺さる。

「っく……ひっ……」
身体から突き上げるようにして神経を侵す恐怖心に耐え切れず、 は涙を流した。

《ニゲルノカァアァァ》
「あう!」
黒い塊は の首に巻きつき気管支を圧迫する。
混濁する意識と の脳裏を過ぎっては消えていく数々の情景。


 ソウマトウ、ってやつ?

幼い頃のペルソナ様遊び。
当時の夢に出てきたフィレモン。
同じくソルレオンと留守番する

麒麟に読み書きを教えてもらい。
誰かもう一人。黒い翼を持つ誰かと空を飛ぶ。

屋根に上って星を眺めて。
普通の子供とは違ったけれど楽しい思い出。

家の物置の奥で古い杖を見つけて、好奇心に駆られて磨いてみた。
ピカピカの杖から出てきた不思議な女の人。

 偶然じゃない。昔にわたしが忘れてただけ。

一番思い出したくない光景が目に浮かぶ。

『バーカ。アンタなんかが、わたしと一緒なワケないでしょう』

 嘲笑うわたしが背後に。
 背後にペルソナを従えて、気に入らない女の子をイジメていた。

 違うっていっても仕方ない。
 だってわたし確かにあの時アノ子を傷つけた。
 わたしはずっとわたしだけが正しくて、一番偉くて。
 全部がそこらへんのクラスメイトより、誰より勝っていると信じてた。

『良い気になってんじゃないわよ』

 俯く女の子に投げかけるわたしの言葉。
 見えない針みたいに……。
 女の子を攻撃してる。

本当の意味で。我に返る。
目の前には黒い塊。
触手を伸ばして の首を絞めている。
針で貫かれる意味を。
意味の端っこを掴んだ は心の中で叫んだ。

 ぺ る そ な っ !

空間が の叫びに応じて激しく上下左右に揺れ動く。

《我は汝。汝は我》
を中心として円形を描き、青白い光が空間を埋め尽くす。
青い光に照らされて麒麟が姿を現した。

 ペ ル ソ ナ ッ !

もう一度叫ぶ。

《汝の心の海より生まれい出し存在》
光は激しさを増し麒麟の真隣にソルレオンが出現する。

まともに言葉さえ発せ無い状態でも。
は半眼を開き涙の滲む視界一杯に広がる黒い塊を真正面から見た。

黒きガイア。

人の負の感情を凝縮した生命体。

そう教えられた。先代のグライアス達に。
実際に遭遇してそうだと感じた。

今は自分の勘を信じる。
このままでは殺されてしまう。
死ぬのは嫌だ。
例え己に非があったとしても。
彼女の気持ちだったとしても。

《永遠の白》
麒麟の角が白く光り神聖魔法が発動する。

空間に充満する黒い靄が一気に晴れていく。
の気管支に少しずつ空気が入り込んできた。
喉がヒューヒュー音を立てて、新鮮な酸素を体内へ取り入れ始める。

 浅ましい生への執着だ。
 でもこんな浅ましさが己の本質の一つなのだ。

皮肉気に自らの行動を省みて は薄っすら己を笑う。

《マハブフダイン》
ソルレオンの口から冷気が放たれる。

麒麟が払った黒き靄は瞬く間に氷結し、塊になって底の見えない下方向へ。
落ちていく。
落ちていく様が見えたのは、麒麟の角がずっと光り続けていたからだった。

 するり。黒い塊。
 いや、黒きガイアの拘束が緩む。

 ランカ……。

二度目の再会を果たしたギリシアチックドレスの女性から授かった、不思議な言葉。

 ランカ ランカム イエト オメガ アルファ !

カサカサに乾いた自分の唇が。
呪文を紡げば黒きガイアを中心に巻き起こる激しい爆発。
爆風に耐え切れず の身体は飛ばされ。
見えない壁に体の右半分を叩きつけられる。

「……」

 身体の痛みはすぐに忘れるもの。
 けれど心の痛みは目に見えない分、癒えにくく治りにくいもの。
 忘れちゃいけない。

いつぞや。
いじめっ子だった を窘める様に、ソルレオンが言った言葉。
思い出して は少し壊れた表情を浮かべ虚ろな瞳で笑う。

 当たり前の事だけど。自業自得なんだけど。
 この痛みが人を傷つけた痛みなら。
 償った事になるのかな。

 それとも、ソルレオンが言ったみたいにずっとずっと消えない痛みで。
 消えなくてココでわたしを待ってたのかな?
 だとしたら……まだ……。

!》
途切れ途切れになる意識の中、ソルレオンの声がやけに鮮明に聞こえた。




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