『森の奥の鼓動2』




ソルレオンの背から降りて、マイは自分の足で立った。

「ここはマイちゃんの町でした。悪魔だって最初から居たわけじゃないです。マイちゃんはもう一人のアキちゃんで、アキちゃんはマイちゃんです」

マイの説明に は眉間に皺を寄せる。

雰囲気の良く似たマイとアキ。
同じデザインの服と髪型。
極めつけはコンパクト。
事件の鍵を握るかもしれないキーアイテム。

「貴女達は双子じゃなくて、本来は一人だったのね」

 そう。
 麒麟やソルレオンはわたしの心の海に住む住人でありながら。
 わたしとは違う性格をしてる。
 それと似たようなカンジだ。

偽りの御影町では人々の性格も、立場も違う。
見たから納得できる。
がマイの言葉を簡潔に言い換えれば、マイは首を一回縦に降った。

「最初はマイちゃん、この町で楽しく遊んでました。一人ぼっちで寂しかったから、この町を作ってマイちゃんは遊んでました。そしたら」
「神取が現れた?」
言い淀むマイの言葉尻を奪い が断定口調で聞く。
「アキちゃんはあの時、神取を『パパ』って呼んでた。けど本当は実の父親じゃないんでしょ? 神取はアキちゃんを利用しているの?」

この町がマイのモノなら。

すなわちソレはマイの半身であるアキの町である。
とも置き換えられる。そのアキの心を掴んで離さない神取の不気味な存在。

「半分そうかもしれないです。でもアキちゃんを誰よりも理解してるんだと、マイちゃんは思います。神取はアキちゃんの悲しさを理解してるです」
困った顔で小さく笑うマイ。

「アキちゃんは力を持ちました。神取の協力で力を持ち始めました。悪魔を呼び出したりして、町の半分をアキちゃんが。
残り半分をマイちゃんが。マイちゃんは怖くてここから出れなくてずっと、ずっと、隠れてます。助けて欲しくてお願いしました」

小さな手でコンパクトを握り締めるマイに。
はゆっくり息を吐き出す。

「丁度良いタイミングで麻生さん達がペルソナ様遊びをしてた、違う? マイちゃんはアキちゃんが強くなってしまうのを恐れて助けを求めた。偶然かどうか分からない。でも麻生さん達はマイちゃんの姿を見る」

現場は知らない。 の頭に勝手に浮かんだイメージ。

使われなくなった教室でペルソナ様遊びをしていた麻生達。

振り落ちる雷。
泣きじゃくるマイの姿。
にもさっぱり意味が分からなかった映像が、漸く線で繋がり始める。

「マイちゃんのSOSを受け取って。フィレモンの導きでセベクビルからココに来た麻生さん達。目的は神取を倒す為? それか、向こう側の園村さんを助ける為かな」
独り言を漏らした の身体を刺激する鼓動。
「!?」
はっとして、森の奥に通じる扉へ顔を向ける。
の動きにつられてソルレオンも扉へ顔を向けた。
マイは怯えてクマのヌイグルミを抱きしめ顔を埋める。

 ドク……ドクン……ドクッ……。

聖エルミン図書室にあった不気味な動きを繰り返す、あの扉に良く似た不気味さ。
の裡へ戻った麒麟も警戒している。

「まだ訊きたいことはあるけど、こっちの退治の方が先ね。マイちゃん、一人で大丈夫?もし……」
もし不安なら麒麟かソルレオンを。
「大丈夫です。お留守番は出来ます」
言いかける を止めてマイがクマのヌイグルミに笑いかける。
マイなりに、 を心配してくれていて。気にしているのだ。

「ありがとう。行ってくるね」
ソルレオンに目で合図を送り、 は森の奥へ通じる扉を開け放つ。
森全体が謎の鼓動に合わせて揺れる。
木々も左右に揺れていた。

「すっごくヤなカンジがする」
異様なプレッシャー。
悪魔と戦うのとは次元が違うプレッシャー。
土の上を歩き、 は表情を険しくした。

《……ええ》
何時もなら平然としているソルレオンも、固い口調で に応じる。

「今まで遭ってきた悪魔とは違う気配。本能がキケンって言ってるみたいな、そんな感じの危機感。うー、ドキドキする」

未知の感覚への恐怖。
同時に感じる高揚感と期待感。

 だって。わたしにしか退治できないんだもん。
 うん。やるっきゃないっしょ。

森の奥の悪魔は、居るには居たが。
謎の鼓動の波動に怯え、森の奥で震えている。
隠れている悪魔を引きずり出して攻撃するほど も鬼じゃない。
彼等を見なかったことにして脇を足早に通り過ぎる。


森の最奥。よりかは少し手前。
木々の間に巧妙に隠された黒塗りの鉄製の扉。
ドクドク波打つ鼓動の発生源。
唾を飲み込み、立った鳥肌を無視して は扉を開けた。

「なっ」
驚く の足元はなにもない。

どっちが空で大地なのか。
分からない不思議な黒い霧が漂う怪しい場所。
立ち竦む の目の前に真っ黒い塊が。

《グルゥルルルゥゥ》
ソルレオンは全身の毛を逆立てて威嚇。
麒麟も の呼びかけなしに表に飛び出し、角を光らせて黒い塊へ。
が最後に銃を取り出す。

《ファファアアアアア》
老人の声のような。老女の声のような。
二つの声が合わさった音が、真っ黒な塊から発せられる。
黒い塊は笑っているようだった。

《ファファファアアアァァアア》
黒い塊に開く、口。
真っ赤な口を広げ、狂ったように真っ黒い塊は哂う。

耳から侵入して脳を刺激する不快和音。
片方の耳を片手で押さえて は激しく波打つ己の心臓を叱咤した。

 戦わなきゃ。頭じゃ分かってるけど。
 怖い。悪魔とは違うコレが怖い。

銃を持つ右手がカタカタ震える。
緊張と恐怖と。
忍び寄る何かに怯える。

《マタ キタカァアァアア》
哂い声が止み、黒い塊が目を開く。

真っ赤な口と同じ真っ赤な丸い瞳。
瞳が青い顔の を捉える。
声なき悲鳴を上げて は銃を取り落とした。

底なし沼に沈むように。
音もなく銃は の立つ場所から、足元へ沈む。

《ムダヨ ムダムダムダムダムダムダムダムダムダァアァァアア》
黒い塊が口を開くたび空間全体が揺れる。

腰が引けて思わずへたり込む の前で、黒い塊は。
唇の端を持ち上げ高らかに哂う。

《ファファファアアアァァアア》
は自分自身を抱きしめ心底怯えきった。




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