『目覚め4』




先を歩く城戸の後についていくと、悲鳴と怒号に遭遇した。

「山岡っ!!」
若い男の人の声。
「落ち着くんだ、南条」
ちょっと低めの女の人の声。
城戸は扉向こうから聞こえる声に足を止める。

「お友達ですか?」
小首を傾げて尋ねる は、徐々に恐怖心が薄れていた。
城戸に対する。

行動を考えても言動を聞いてもそんなに悪い人には見えない。
ただ不器用そうな感じはする。

「いや」
険しい顔つきになって城戸は否定。だが、そっと扉を開け中を窺う。

 なんか、曰くつきなのかな?

だって個人的理由から、ペルソナ使いである事を城戸に話していない。
また、ペルソナ自身の存在さえ否定して。
忘れ去って何事もなかった顔で生活していたのだ。

 深く問う事は止めよう。
 自分だって全てを相手に曝け出しているわけじゃない。

城戸に倣って扉向こうを覗き込み、 は息を呑む。

「お爺さん……」
眼鏡をかけた老人が。
腹から大量の血を流し、青を通り越し白い顔のままで横たわっていた。

老人の傍らにはイメージで見た一番アイテムを身につけた聖エルミン生徒。
その生徒を遠巻き見守る残り三人。

「あれは、麻生さんと稲葉さん。女の人は誰だろう?」
心の中で思ったつもりが
思いっきり疑問を口にしていた。

俯く稲葉に、無表情の麻生。
男子生徒三人を見守る心配顔のベリーショートの女子生徒。
聖エルミンのロングスカートが様になっている長身の女子生徒である。

「あの一番マフラーが南条。髪の短い女は黛だ」
低い小さな声で城戸が の疑問に答える。

「必ずや、この日本を背負って立つ一番の日本男児に……」
「分かった、分かった。死ぬな、山岡!」
老人の言葉を遮り悲鳴に近い声で必死に名を呼ぶ。
南条の姿に も胸が痛くなった。

一番アイテムが目印の南条と。老人・山岡がどういう関係か。
には分からない。
でも二人はとても親しい間柄で。
山岡老人は重症を負っている。

 ていうか瀕死だ……よ。

観たくなくても見える。
山岡老人を包む命の光が徐々にはがれて消えていく。
涙を浮かべる南条と絶句する麻生・稲葉・黛。
震えて怯えるナース。

「っ……」
扉向こうを見る城戸の顔が一層険しくなった。

苦々しい。

そんな雰囲気で舌打ちし、握り拳を震わせる。怒りを堪える顔で。

「南条……」
南条に手を伸ばしかけ黛に止められる稲葉。
麻生は無表情だったがその瞳は、 が知る彼とは。
とてもじゃないが思えなかった。
冷たい怒りが篭った瞳。
剥き出しの悪意と憤りが の感覚を刺激する。

 知らなかった。ううん、知らなくてごめんなさい。
 多分この事件は色々な人が傷付いて犠牲になったんだ。
 他人事だと思ってた。他人事だった。

 わたしの知り合いは被害にあってないけど。

 誰かの大切な人は被害にあってる。
 死んでる。怪我もしてる。

 だから怪しまれるのを覚悟して、麻生さんと稲葉さんはわたしを追いかけてきた。

 蝶と、フィレモンと話していたわたしを探る為に。

 あの時は事件とは無関係だったわたしも、これで当事者。
 他人事じゃいられない……でも、この世界が本物なら若いわたしも居る事になるんだよね?

 たいむぱらどっくす、とか。起きないのかな。

 さっき考えたみたいに夢オチとかだったら。
 それはそれで嬉しいような。
 嫌なような。
 うわ、超ビミョー。昨日観た映画と話が被ってたら夢だって考えた方がいいかも。

 わたしって単純だし。

つらつら考えていくと、考えの方向性が段々違う方へ向ってしまう。
鼻からゆっくり息を吸い込み は努めて気持ちを落ち着けた。
今は夢オチを心配する場面ではない。

「城戸さん」
恐る恐る城戸の制服の上着を掴み、城戸の注意を自分へ向ける。
「やっぱり病院は危ないみたいなんで、早く外に出ませんか? あの聖エルミン生の人達も移動するみたいですし」
扉の中では会話を交わす麻生達四人の姿があった。
城戸はゆっくり息を吐き出し立ち上がる。
顎先を扉から向こうへ移動し無言で立ち去る。

「神取め」
忌々しい。
感情が滲み出た呟きを城戸が漏らす。
聞こえるかどうかの大きさの声音に、 は軽く目を見張った。

 あの森で出会った男。
 黒い服の女の子、アキちゃんが『パパ』と呼んでいた男。
  が底知れない闇を抱えた人物だと警戒した男。

 同姓の偶然じゃ、ないよね。

眩暈を感じる。出来すぎた出会いに、出来すぎた目覚めに、出来すぎた道標に。

「はぁ」
なんだか疲れてしまって は小さくため息をついた。
「怪我をしたのか?」
気だるげに歩く を振り返り、唐突に城戸が声をかけてくる。
「いえ、大丈夫です。なんだか驚く事ばかりで疲れちゃったんです」
両手を左右に振って慌てて は否定した。
城戸はまじまじ を見たが、すぐに正面を向いて歩き出す。
「驚いて安心するのは病院を抜けてからにしろ」
城戸の次の台詞に驚き は動きを止め。
スタスタ歩く城戸の背中を凝視する。

 うわっ。ベッタベタのレトロなヤンキーかと思ったら。
 すっごい普通の人かも。
 偏見なのかなぁ、わたしの。

 けどさ、けどさ。

 普通こんな格好の人見たら引くよね。

ぼんやり考え込んで、我に返って慌てて城戸を追いかける。
城戸の威圧感なのか、それとも偶然の幸運なのか。
城戸に連れられ、 は無事に御影総合病院裏口から病院を脱出したのだった。



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