『過去の遺物1』




病院を出て一息つく

城戸は目的地があるようで、どうやらここで『お別れ』のようらしい。
城戸は逡巡しそれから を手招いた。
「?」
首を傾げつつ は城戸に近づく。
と、何も持っていなかった城戸の手から小さな花が飛び出した。
突然の出来事に は沈黙し震えた。

 駄目! 笑っちゃ、駄目!!

顔を真っ赤にして震える を盗み見て城戸は薄っすら笑う。
「笑いたきゃ、笑え。だが必要なモンだ」
手先が器用な城戸。
手品をしてみせて淡々と真顔で説明を始める。

「お前が逃げ出す時、変な生き物と俺が戦っていただろう。あれとの戦闘を回避したいのなら、交渉して何かを貰え」
小さな花を の手のひらに握らせ、それだけ教えて今度こそ本当に。
城戸は振り返りもせず何処かへと去って行った。

「交渉、か」
小さな花を握り締め、 は一人ごちる。
根本的な問題に一人気付かずに。
「ねぇ、麒麟」
誰の気配もない。
確認して はペルソナを呼び出した。
を中心に円形の青い光が発生し傍らに聖獣・麒麟が現れる。

《ここに》
軽く前足を折り、麒麟が深々と頭を垂れた。

「わたしの家、神崎家の力のお陰でペルソナは実体化が出来る。
つまりわたしは、貴方達を出したい時に実体として呼び出すことも可能なのよね? 久しぶりに思い出してるけど」
遠い過去の記憶。思い出しながら が問えば、麒麟は瞬き一つ。
肯定の意を示す。
「交渉した方が良いの? 悪魔って簡単に決め付けちゃったけど、彼等の事は何も知らないし。戦い方もイマイチテキトーだったから」
ボロボロになったパーカーを摘み、 は嘆息した。
「せめて武器ぐらい欲しいかも。ペルソナ使うのって神経使うし」
心細い。
続けてぼやけば麒麟が穏やかに笑う。
《御方様がいらっしゃったようです。行きましょう》
「え? お…かた様? 御肩様?」
微妙に漢字変換が違う。
聞きなれない堅苦しい言葉に戸惑いつつ、麒麟が歩き出してしまったので仕方なく付いていく。

 うう。これじゃあ今までと変わらない気がする。
 てか、変わってないっしょ!! でもなぁ。
 何処にいって何をすればいいのか分かってないし。

 ヤだなぁ。歩くの疲れたし。
 メンドイしってカンジ。

迷宮と化した病院から脱出できた安堵感から、一気に愚痴モード。
は麒麟の後をノロノロ歩きながら口をへの字に曲げる。

麒麟は慣れた調子で御影警察署・御影遺跡方角へ向け蹄を響かせ歩く。

数百メートル歩いたところで は奇声を発した。
「お、お祖母ちゃん!?」
目を丸くする に、頭を下げる麒麟。
対照的な挨拶に の祖母・菖蒲は苦笑する。
皴だらけの菖蒲の顔が皺くちゃになった。
「そろそろ来る頃だと思ったよ。未来の
やや曲がった腰をトントンと叩き、飄々とした口ぶりで菖蒲が口火を切る。
はもうどうしたらいいのか分からなくて、取り合えず自分の頬を抓ってみた。
「痛い……」
夢オチ説はそろそろ捨てなくてはいけないらしい。

頬に食い込む己の爪が齎す痛み。
偽りではなくて密かに は落胆した。
同時に嬉しくなっていた。

 なんか冒険? 冒険なのかな、これって。
 すっご!超スゴイ!!

「やれやれ。 。浮かれるんだか、不安になるんだかどちらかにしなさい」
菖蒲は呆れた口調で首を横に振る。
「だって。これってマジ凄くない!? 事件は何があったんだかイマイチ分からないけど、なんか凄そう!」
はしゃぐ に微苦笑し菖蒲は手にしていた紙袋を突き出した。
「思ったより元気そうで何よりだよ。さて、聖エルミンの制服とお金。着替えて食事にしなさい。腹が減ってはなんとやら、だからね」
あちこち切れていて、汚れている のパーカー。
上から下へ視線を動かし菖蒲が冷静に指摘する。
紙袋を受け取り はばつの悪い笑みを浮かべた。
「あはは。なんか巻き込まれちゃって」
「半分は自分で首を突っ込んだんでしょう? さて、こんな非常事態だからねぇ。あそこで食事がてら簡単に説明するから。ほら、行くよ」

 パチン。

の左肩を軽く叩き、菖蒲が示した先はファミリーレストラン。

「はぁい」
歩き出しつつ はうっかり忘れていそうになった疑問を口にする。
「そーいえば、お祖母ちゃんはどうしてココにいるの?」
周囲を見渡せば高い壁。当時は外側から眺めた鈍い光を放つ謎の壁。
どうやってこの壁を越えて内側に入ってきたのだろう。
「ちょっとした秘密よ」
ニンマリと得意そうに言い放った菖蒲はなんだか頼もしく見える。
「あ、あとね。ペルソナ! ペルソナ様!! なんでわたしあの時にやってたの?」
菖蒲は麒麟を見ても驚かない。
というよりかは、顔見知りのような対応をしている。
疑問は次から次へと の心に湧き出てくる。
「神崎家は代々あの歳でペルソナ様をするんだよ。ペルソナ使いになれるかどうかは、またペルソナと付き合っていくかは当人次第だけどね」
横目で麒麟を見やり菖蒲が答えた。
「今は詳しく言えないわ。自分で答えを探したほうが納得できるでしょう? ほらほら、腹ごしらえが先」
多くを語らない菖蒲に頬を膨らませ拗ねつつも、 は先ほど遭遇した誰かの悲劇を頭の片隅に追いやってしまう。
《……癒すは己の心か、周囲の心か》
と菖蒲の顔を交互に盗み見て麒麟は小さな呟きを漏らした。



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