『過去の遺物2』




祖母、菖蒲に促され向うファミリーレストラン。

非常時で恐慌に陥るスタッフを尻目に菖蒲は籍へ無理矢理座り、食事を注文した。
「い、いいのかな」
ファミリーレストランスタッフ総勢から。
驚愕と畏怖の視線を感じて は首を竦める。
「いいのよ」
堂々たる態度で紅茶を飲んで菖蒲は不敵に笑う。
「ビミョー」
は、珍獣を目の当たりにしたような調子でジロジロ見られ小さく身体を丸める。

ファミリーレストランに入り、すぐトイレを借りて着替えを済ませた の格好は制服姿だ。
ネクタイを弄りつつ小さく息を吐き出す。

「ねぇ、お祖母ちゃん。簡単に説明って何を教えてくれるの?」
「ペルソナの育て方、注意点、及び が目指す場所」
言いながら菖蒲は指を三本立てた。

 ゲ、ゲームの攻略じゃないんだから。お祖母ちゃん……。

目を点にする に菖蒲は表情を和らげる。
悪戯の成功した子供のように、菖蒲の輝く瞳が を捉えた。

「まずはペルソナだね。交渉によって得るスペルカードを持っていけば、青い扉向こうに存在するベルベットルームの住人、イゴールがペルソナを召喚してくれる。
まあ、 の場合今回は必要ないだろう。後二体のペルソナが の覚醒を待っている。後で拾ってあげなさい」
香ばしい匂いつきの湯気を立てたステーキ皿が、 の前に差し出される。
続けてテーブルの上に出されるライス皿とサラダと。
は首を縦に振って口の中に一口大に切ったステーキを押し込んだ。

「次に注意点。使いすぎないことだね。ペルソナは精神力を消耗するの。注意力が散漫になれば敵に襲われた時危ないでしょう?
それにペルソナ能力を反射したり吸収する敵もいる。そういうのには、コレ。ここで中身を見ないで、出たら見てね」

手に収まる程度のハンカチに包んだ固い感触の何か。
の座る側へテーブル上を滑らせ菖蒲は事務的に話を進めていく。

その間、 は張り詰めていた緊張が解れ、安堵から来る空腹感を満たす為に食事に集中している。

「最後に、彼女には会っただろうけど。彼女の言った遺物が御影遺跡の裏手にある。正しくは裏手の小さな祠に祭ってあるのよ。
は取り合えず、その祠を目指すこと。遺物が を導いてくれるでしょう、自然と道は開けるわ」
聞いている分には途方もなく突拍子もない話。

けれど現に はペルソナが使え、ペルソナ使いとなる発端を作ったのは目の前の祖母。
彼女の話が半ば彼女の想像だったとしても今の は菖蒲の言った言葉に従うしかないのだ。

 行くあてないし。帰れる保障も持たないで来ちゃったし。

今更ながらに現状の非現実さと己の浅はかさに打ちひしがれる
コロコロ変わる の表情に菖蒲は笑いを堪える。

「子供らしく冒険に勤しんできなさい。早々経験できるもんじゃないから。だからジャックフロストの誘いに乗ったんでしょう?
単純な好奇心でって言うならさっさと引き返した方がいいわ……でも歯車自体は回り出しちゃってるんだけどねぇ」
ウエイトレスに紅茶のおかわりをオーダーしながら、菖蒲は皴の目立つ頬に手を当てる。

「スミマセン、言っている意味がちょっと分かんない」
ゲームは好きだが夢見がちな阿呆ではない。
自分で考えるのもなんだが、 は結構なリアリスト。
超が付くほどの現実主義者だ。

 甘い夢を見て浮かれてるほど今の中学生は暇じゃないっつーの!

が挙手して突っ込めば、菖蒲は詰まらなそうな顔つきで肩を落とす。

「夢のない子ねぇ、 は。簡単に言えば、未来の貴女が来た事で時空のズレが生じるかもしれないって事。タイムパラドックスって聞いたことあるでしょ? あれに近い問題よ。
今帰ったとしても帰った先の未来が、あなたの知っている未来になるか保障がないって事。貴女の存在する空の下に無事帰りたいなら、このまま冒険を続行する事、お分かり?」
片眉を器用に持ち上げ説明する菖蒲。

は飲み込みかけた紅茶を気管支に詰まらせた。

「ゲホッ……って、拒否権なしじゃん!」
「あったでしょう? アラヤ神社でジャックフロストに言われたでしょ?」
咽かえっても反論だけはきっちりする に、菖蒲は平然と逆突っ込み。
「サギだよ……ゴフ……ケホッ」
苦しさに涙目になって。
は気分が滅入っていくのを感じていた。
「自業自得ね。子供だから何も知らないから? 誤魔化しは駄目よ。だってあなたは自分の考えを口に出来るし、行動に起こすことも出来る子供だもの。年齢を盾に逃げるのはいただけないわ」
勝ち誇った表情で、菖蒲が機転の聞いた台詞で を黙らせる。
「ず、ズル」
脱力して は呆れ口調で短くぼやいた。
「賢さの勝利だと言って欲しいわv」
糠に釘。馬の耳に念仏。
菖蒲の年の功に が勝てるわけもなく。
食事を終えた菖蒲は に念押しをして何処かへ去って行った。

去りゆく菖蒲の小さな背中を見守り、傍らに麒麟を出し は意味不明瞭の言葉を発しひたすら唸る。

《迷い事か?》
麒麟が琥珀色の眼差しで を見詰める。

「うーうーん。なーんかさぁ、連係プレイで仕組まれてる冒険って楽しいかなぁ〜。とか思っちゃったりするわけよ」
菖蒲から貰ったハンカチ包みの硬いもの。
中身を確かめて はもう一度唸る。

「日本だよね、ここ」
《ええ》
「なんで銃をお祖母ちゃんが差し入れてくれるの!?」
うがー。
頭を左右に振って身もだえする に麒麟は圧倒され暫し沈黙。
「はーあー。深く考えてもしゃーないってね。あーあぁー。麻生さんと稲葉さんはあれだけ心配してくれたのに。全然駄目じゃん」
冗談半分で銃を片手で構え、トリガーを引く。

 バァアン。

乾いた発砲音と共に、銃弾を打ち出した反動が を襲う。
構えも何もしていなかった はひっくり返って頭を強く打った。

「……いったぁ〜!! ああああ、もうっ!! 痛いよ。マジ痛い、超痛い!!」
ペルソナを宿しているので、コンクリートに頭を打っても大きな怪我は無し。
仰向けに転がったまま は足を動かして駄々を捏ねた。

《……》
麒麟は成す術もなく。
もう一人の己が落ち着くのを待つしかなかったのである。



Created by DreamEditor                       次へ