『目覚め3』




《ガアアァアァ》

咆哮しながら異臭を放つ腕を伸ばすゾンビ。

「いけっ」
凛々しい声音で は叫び、 からペルソナ『聖獣・麒麟』が姿を現す。
ジャックフロストの誘(いざな)いから始った珍道中は御影総合病院でのバトルにまで発展していた。

 な、なんなの〜! ありえないよ、ゲームじゃないんだから。
 悪魔の存在はなんとなく分かっていたけど、誰の目にも見える悪魔は初めて。
 こんな風に人を襲う悪魔も。

 セベクスキャンダルって、実は悪魔の発生と暴走だったの!?

朽ち果てるゾンビの残骸を飛び越え、 は自分で鼻を摘む。

異臭が酷く、とてもじゃないが。
呑気に鼻から空気を吸い込もうものなら。
咳き込んで咽てしまう。

「あああ、もうっ」
溢れる敵に は頭を抱えつつ、己の『裡』に眠るもう一人の自分を呼び出す。
「出でよ、もう一人のわたしっ」
そんなこんなで、記憶のそこからひっぱりだしたペルソナを使い。
は女性の残像をひたすら追いかけ、挙句。
「どこ……ココ」
迷子になっていた。

病院は迷宮ではない。
しかしこの非常事態で は周囲を観察する余裕がなく。
立ち止まり漸く周囲の異変を感じ取る。
試しに目の前の病室のドアをノックしてから開けてみた。

ドアの向こうにある筈の病室はなく。
ドア向こうには、硬いコンクリートに塗り固められた壁があるだけだった。

「はい〜!?」
思わず奇声を発し は後ずさる。

 病院が病院じゃないって。
 あ、でも病院なんだけど! ああああ、もう!

混乱する気持ちをなんとか宥め肩を落す。
変な好奇心、いや捨て切れなかった己の慢心が招いたこの事態。
誰かのせいには出来ない。

《ガイア強き者よ》
涼やかな声。
密かに落ち込む の背後から聞こえる女性の声。
は勢い良く背後を振り返った。

「あ―――――、ギリシャチックドレスの女!!」

 ずびし。

漫画での効果音ならこのような感じで。
は慎ましさを理性から消去し、追いかけ続けていた件の女性を指差した。

《ふふふ……相変わらずですね、ガイア強き者よ。目覚めの力を持つ者よ》
金髪・碧眼。
西洋風の外見を持つ女性は、鈴を転がすような笑い声をたてた。

《貴女の到着をエルの杖が待っています。貴女の目覚めを彼が待っています。貴女は調和の力に目覚め、封印を食い破ろうとするアレを早く封印しなければなりません》
「は……あ……」
頬を引き攣らせて は女性に間抜けな相槌を返す。

 いけない。ペルソナを久々に使った影響かな。
 危ない幻影が見えるよ。
 わたし、ここまでイっちゃってる女の子だったんだ。

 ヤバイ、マジヤバイ。

女性を見て感じた懐かしさはとうに吹き飛んだ。
軽い現実逃避に逃げる
何度瞬きをしても の目の前から女性の姿は消えなかった。

「あう」

 幻覚見るほどペルソナ嫌いだったっけ。

黄昏ながら は考える。

《迷い傷付き躊躇い。彷徨いながらでも常に答えを見つけてきた貴女です。光を求め、闇を捨てずに前へ。フォースのご加護がありますように》
謎めいた微笑を残し、今度こそ本当に女性の姿は掻き消えた。

「フォースって、スター・○○―ズ? ビミョー、マジ、ビミョー。超ブルー入る……」
は口元をヒクヒク痙攣させて笑えないでいる。

 ゲームは好きだし、小説も好き。映画も好き。
 漫画も好きで。それなりに遊んだりもする。
 ゲーセンだってカラオケだって行くし。
 遊園地もテーマパークも好き。

 子供っぽいから夜はすぐに寝ちゃうけど。

 ここまでお子様だったかなぁ。
 昔やったゲームにこんな場面があった気もする。

ため息をつく に近づく足音。
飛び上がるばかりに驚いてから、 は慌てて構えた。
いつでもペルソナを発動できるように。

壊れた蛍光灯が点滅する中、 目指して歩いてくる人物。
暗闇から浮かび上がる人物の顔に は再度顔を引き攣らせた。

「き、ききき、城戸さん」
悪魔と接するのとは違った恐怖である。
裏返った声で人物・城戸の名を呼ぶ。
直立不動の姿勢をとった に城戸は一瞥を寄越した。
徐に差し出される城戸の手に は覚悟を決めて身を硬くする。

「大丈夫か?」

 すっと。

差し出されるのはハンカチ。
城戸の外見に反してシンプルな藍色の淡色ハンカチ。
素っ気無い口調だが城戸が を捜していたらしい、というのは。
でも察する事が出来た。

「ありがとうございます」
改めて自分の状態を見る。

上着のパーカーは悪魔の体液を浴びてベトベト。
ジーンズとスニーカーも所々汚れ。
最初に遭遇したポルターガイストの攻撃で傷付き、皮膚にこびり付いた血が変色して茶色くなり。
何処から見てもボロボロのヨレヨレ。
情けない自分の姿に はため息をついた。

「気が付かなかった、んです」
咎められていないのに、ついつい言い訳が口をついて出る。
無事な城戸の格好とは正反対の の服装。
何をしてきたのか疑われても仕方ない。

「御影総合病院、造りが変わってるんです。城戸さん、ここから出る方法を知ってますか?」
身長差のせいで頭を上へ向け、 は城戸に尋ねた。
「ついて来い」
城戸は の疑問に直接答えず。
また返事も待たず歩き出した。

「はい」

一人じゃないのは心強い。

それにいざとなったらペルソナだってあるし。なんて考えながら は城戸の後について歩き出したのだった。



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