『目覚め2』




我を忘れて叫んだ後の恥ずかしさ。

真っ赤になった顔を抑える と同じ。
ポルターガイストは身体を真っ赤にして頭から湯気を出していた。

《馬鹿にしてるな! 許さないぞ〜!!》
片手を高く掲げポルターガイストは何かを発動する。

「!」
見えない衝撃波が を襲う。
額と喉が圧迫され は恐怖した。

《それっ!》

 ずしん。

例えるならそんな言葉。
衝撃は を二度・三度と襲い体の自由を奪っていく。
恐怖のあまりカタカタ震えきつく瞳を閉じて は念じた。

 誰か。誰か助けて。

下半身下の感覚はない。
ドクドク波打つ心臓と、鈍い痛みを発する肩と頭。
鼻に付く血の匂い。
自分のものだと信じたくなかった。
信じてしまえば自分じゃなくなる気がした。

 ……我は汝。汝は我。

怯える の脳に直接響く声。

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。

これは夢だ。
性質の悪い夢だ。
どだい一年以上も前のセベクスキャンダル事件に、自分が関われるわけがない。

誰かに必要とされたい。良い子でいたい。
日頃のストレスからきっと願望が入り混じった夢を見てるんだ。
だから目を覚ませばきっと。いつものベッドが待っていて怖かったと。
そう思って目を覚ますんだ。

 必死に念じて は悲鳴を上げる。

「いややぁああぁああ」
恥も外聞もない。
これはきっと昨日観たアクション映画の影響で。
自分の頭の中で勝手に作り上げた空想の世界なのだ。

言い聞かせる。


《ここにきて名前を名乗れるものは少ない。君の名前は?》
混濁する の意識に語りかける、誰かの声。
《わたしは、 。神崎 リアトリス 
答える声は幼い頃の
子供の が誰かに己の名前を名乗っている。


《後悔するなよ、ッホ》
愛らしい外見とは違うジャックフロストの冷めた台詞。


《早く思い出して欲しいです》
涙声で訴えかけるマイ。


《早くお還り、我等が王よ》
黒い羽を持った男の声。
全身を襲う痛みと、 の拒否権無しに飛び込んでくる人々の声に。
は涙を浮かべ目を開く。


《汝は我。我は汝》
心臓を鷲掴みにされる痛み。
を中心に円形の青白い光が発生し、目の前には馬に似た姿を持つ獣が一匹。
額から突き出た角と、足元を覆う毛。
淡い黄色の光を発して。

《我は麒麟。汝の心の海を護りし第一の番人にして癒し手なり》
琥珀色の麒麟の瞳が怯えた の顔を映し出す。
「……フィレモン、ペルソナ様。麒麟、そしてわたし」
流れ込む封印してきた記憶。
のトラウマと消さなければならなかったこの能力。
呆然と呟く に麒麟は伏目がちになって首を傾けた。

 一度否定してしまったモノを。
 危機だからといって簡単に取り戻して良いのか。

下唇を噛み締め は逡巡する。

《我は汝、汝は我》
寂しそうに呟く麒麟に は決意した。

「ごめん、ずっとずっと忘れてた。ううん。思い出したくなかった、んだと思う。でも君はわたしでわたしは君。写し鏡を忘れたからって、鏡が消えるわけじゃないんだよね」
気が付けば血に塗れた己の手。
躊躇いがちに麒麟へ伸ばす。
軽い嘶きを響かせ麒麟は瞳を明るくして に擦り寄った。

 死にたくない。エゴだとしても、今は、死にたくない。

「ペルソナーッ!」
蹲ったまま は叫び、麒麟の放つ『えいえんのしろ』がポルターガイストを一掃した。
肩で呼吸を繰り返しもう一度鼻を啜って は頭上に浮かぶ麒麟を見上げる。
「聖獣、麒麟。最初のわたし」

 ふわ。

の呟きに応じ麒麟は微風を巻き起こした。





幼い頃。
小学生に上がったと同時に、何故か両親によって『ペルソナ』様、遊びを はしていた。
その夜にフィレモンと名乗る、例の白いスーツの男と出会い。
は名を名乗る。

悪魔のような自分、神のような自分。
仮面を付け替えるように本質を変える心。
フィレモンの言葉は難しすぎて には理解できなかったが。

 フィレモンから与えられたペルソナ。

自分を写した鏡ともいえる存在の麒麟を授かり有頂天になっていた。
選ばれた魔法使いのような、特別な人間のように感じていた。

横暴な女の子だった。
神崎家が持つ勘の鋭さもあって、 は誰よりも世渡り上手で。
誰もが を褒め称える。

小学校にあがって暫くの間、 は女王様だった。

不快に感じた相手を懲らしめるのに、ペルソナを使い。
相手にお化け等の幻覚を見せて怖がらせて。
力を持って相手をねじ伏せるまでしていない。

けれど。

確実に は孤立し、生意気な嫌な女の子として敬遠されていく。
も意識しないうちに周囲の『お友達』は から離れて行った。

気が付けば は独りぼっちになっていた。

『今時バカみたいだよな、アイツ、一人で偉そうに』
クラスメイトの少年が意地悪く笑う。
『そうそう、なんか変な子だよね。友達一人も居ないのに威張ってて』
応じて同じクラスメイトの少女も笑う。
『アイツさえいなきゃ、うちのクラスはもっと楽しいのにな』
別の少年が発言し、周囲の子供達は少年の言葉に同意した。

崩される壁に、己のプライド。

一人を気取っても子供は子供。
心に深い傷を負い、 は一方的にペルソナを避難し存在を否定した。
全てを忘れペルソナを忘却し大人しい目立たない女の子として残りの小学校生活を過ごした。





 蓋をして忘れて極力『普通』に見えるように装って。
 わたし、逃げてたの? それとも生まれ変わったつもりでいたの……? 
 わたし自身が何も変わっていないのに。

 傲慢なわたしは『ジャックフロスト』の手を取ったわ。
 冒険がしたくて。
 大人しい自分を演じるのに疲れて、逃げたくて。
 ジャックフロストの手を取った。

 始めたのはわたし。
 だから終わらせるのもわたしじゃなきゃ。
 終わらせなきゃ、きっとあの頃と何も変わらない。そんなのは嫌。

麒麟へ目線を移せば麒麟は穏やかな輝きを瞳に宿していた。
あの頃と変わらず。

《我は第一の番人。汝の呼びかけに応じ姿を現さん》
前足を高々と掲げ再度嘶き、麒麟は姿を消す。
麒麟が姿を消す瞬間、麒麟が持つ『癒し』の力が発動し の身体が瞬時に癒されていく。

「さあ、追いかけなくちゃ」
血の付いた頬を乱暴に拭って は立ち上がる。
高圧的な雰囲気を放つ病院内には相変わらず悲鳴と叫びが飛び交っていた。



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