『彼等と彼女の選択4』



鏡の向こう。迷いの森では、怯えた顔のマイが麻生を見上げていた。

「おにいちゃんたち、なんで生きてるです? 生きるって……苦しくない?」

クマのヌイグルミを抱きしめたマイは呟く。
麻生は膝をつきマイと目線を合わせ、ゆっくりと首を横に振る。

「逃げちゃ駄目だよ」
穏やかに告げる麻生の柔和な顔立ち。
マイは穴が開くほど麻生を見つめ俯く。


「あいつらしいわね」
アキは冷めた目を鏡に送り、小さく鼻を鳴らした。

悲観的な思考を持つマイの嘆きを、問いかけを。
麻生はしっかり受け止め前向きな返答を返していく。
マイと麻生の珍問答を聞きながら は内心興ざめしてた。

 あ―――っ!!
 熱血しすぎっていうか、麻生さんの本当の意見なのかなぁ?

 なんか、マイちゃんが望む答えを口にしてるカンジ。
 稲葉さんなんか苛々してるし、南条さんは興味なしだし。
 城戸さんもどっちかっていえば無関心。

 心配してるのがエリーさんと園村さんで。
 ……あ、アヤセさんお菓子の家のお菓子食べてるよ!!!
 うわっ、ブラウンさんまでつられて食べてるしぃ〜。

は違った意味でハラハラする。
いくらお菓子の家だからといって、食べてしまうのは如何なものか。
口元を引きつらせる の心配を他所にマイと麻生の会話は終了。

麻生はマイからコンパクトを受け取る。

「パパ、これでパパのお願いを叶えてあげられる」
嬉しそうに笑ってアキは神取に飛びつく。
神取はアキを抱きとめその頭を優しく撫でた。

アキの行動に。 は逸れていた注意を神取に戻し、改めて背後の仮面を注視する。

「にゃるらと……ほてぷ?」
の頭に浮かぶ単語。
口に出せば、思い思いの方向を向いていた仮面が一斉に を向いた。

《我は混沌。混沌は我》
明確な意識を持って に音を発する仮面達。

「神取が具現化した、ペルソナ?」
にしては、神取とは少し違う感じがする。
は感じる違和感に首を捻った。
腕組みをして仮面を警戒し、考える。

 仮面は象徴。
 沢山の顔を持つ、にゃるらとほてぷを表現するモノ。
 神取自身であって、神取よりかけ離れた存在。
 だってこの感覚、前にも一度。

仮面の間を隠れ飛ぶ何か。
気がついては何度も瞬きをしてその飛行物体を探す。
暫しの後、は仮面の合間を優雅に飛ぶ黒い蝶を一匹発見した。

 これって!?

驚きが の全身を駆け巡る。
電流に(文字通り電気を使う悪魔に電撃を食らった時のように)打たれて動けない。
驚愕する と一斉に口元に笑みを形作る仮面達。

《選ばれた王は優雅に探検かな?》
黒い蝶が止まった仮面の一つが言葉を発した。

「どういう意味!?」
カッとなり、怒りに頬を赤くして。 は怒鳴る。
だって命を危険にさらして戦っているのに。
冒険でもなく探検とは。
一体どのような了見なのか。

《所詮は選ればれなかった低い身分の戯言。真に受けて怒るとは図星か? それとも?》
ケケケケ、仮面は卑下たいやらしい笑い声をたてた。

「低い身分とか、王とか。今は関係ないじゃない」
怒りで頭が白くなる。
は努めて冷静に仮面へ言い返した。

 そう。選ばれたからって王になったわけじゃない。
 まだ認められていないし。
 それに黒きガイアだってまだ……。

《果たしてそうかな? 無意識に見下してはいないか? 自分には無関係だから、彼等と距離を置いてはいないか?
本当に無関係か? 周りに言われたから無関係を貫くのか? 選ばれた等と言われて良い様に操られているのではないのか?》

黒きガイアから放たれたのは、身体を貫く直接の痛み。
だが、この仮面から放たれるのは心を突き刺す毒の棘。
小さな小さな、けれど、猛毒の塗られた棘。

「……!?」

《フィレモンの手のひらで踊らされてる麻生達が心配? その前に自分の心配をしたらどうだい? 君は選んだ、望んだと思っているようだが。それは本当なのかな?》

仮面の瞳が上弦の月のように弧を描く。

《見てきただろう? 個々に理由は違うが彼等は『選んで』いる。選んでいるからこそ、この城を目指して回り道までしている。確かな意思を持って行動している。
損得勘定で動く君とは大違いだね》

は奥歯をきつくかみ締めた。

挑発的な仮面の言い分は当たっている。
選んだつもりでも 自身が本心で望んだことではない。
魔獣の王だと、使命だと云われ。だから行動しなければいけないと、相手が望む自分を半分演じてきた。

 見抜かれてる。

数分前までは怒りで。
今度は羞恥に頬を赤く染めは目線を足元へ落とした。

 く、悔しい!! でもでも、そーゆう部分もある。
 選ばれたから、そーしなきゃいけないって考えてる。
 早く覚醒して黒きガイアを追い払う。
 それは……やっぱり、良い子でいたいから?
 それもとわたしが、あの罪悪感から逃れたいから?


自分の感情が上手くコントロールできない。
普段ならば胸の奥に仕舞っている本来の自分が。
無理やり引きずり出されて光に曝(さら)される。
不意に。
押し潰されそうなの脳裏に蘇る黒きガイアの咆哮。

 いけない。わたし、また、逃げてる。

「損得勘定で選んで何が悪いのよ。渡る世の中ギブ&テイクでしょ。残念ね、わたしって博愛主義者じゃないもん。人を勝手に正義の味方にするの、止めてくれない?」
顔を真っ直ぐ上げる。
は感じた怒りを、仮面に対する怒りを正直にぶつけた。

 わたしに、正義の味方の資格は無い。
 最初にペルソナを使って人にメーワクかけたの。
 神取じゃなくて、わたしだったんだもん。

 だけど、だけど。
 わたしでも役に立つって聞いたから。
 自己満足でもいい。

 あの時の償いがしたい。

「雑魚がいちいち吼えてんじゃないわよ」
鼻で笑って は黒きガイアを追い払ったときの呪文を高らかに唱えた。

《……はは、相変わらず君は強情だ》
心底。
腹の底から愉快そうに笑う、仮面の声だけが爆発音に混じり の耳に。
腕を交差して爆風から顔を守りながら、 は自分の体がどこかに飛ばされるのを感じる。

「ノモラカタノママ〜!!」
アキが怒った声で呪文を唱える声を、最後に聞いた。




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