『彼等と彼女の選択3』



硬質な印象を受ける冷たい部屋。

室温が低いのと、 と相対する人物の気配が冷たいからだ。
アキと手を繋いだまま は椅子に座る神取へ視線を移す。

 はぁ……超居心地悪い。てか、怖いよ〜。

少し泣きそうだが、 の背後にはソルレオンと麒麟が控えている。
仲間がいるだけで心強い。
その分平静を保てるのだ。

「あの時の?」
探るような目で神取が をちらりと見た。

「神崎です」
全てを名乗る必要は無い。 は苗字だけを名乗り軽く頭を下げる。

「どうして、邪魔するの?」
手を繋いでいたアキは、徐に から離れ神取の背後に隠れる。
神取を盾にしてアキは恨めしそうに言った。

「邪魔? わたしが麻生さん達を止めないから?」
深く考えずに口にした問いかけによってアキの表情が険しくなる。

 うわ、地雷だった。かも。

は数秒間だけ後悔してすぐに気持ちを切り替えた。

「率直に聞きます。何がしたいんですか?」
アキから神取へ目線を移して は問いかける。

まるで分からない。
セベクといったら、それなりの大きい会社だ。
の聞いたワイドショーの情報が正しいなら。

そこの若き支店長、神取。
お金だって名誉だって何だって自由になるだろう。
雰囲気はやや高飛車だが、それを好む女性だっているかもしれない。

のような庶民からはかけ離れた存在。
上流階級の人間。

 満たされた生活を送っているはずなのに、何故?

「君には分かるかな?」
喉奥でクツクツ哂い、神取は口を開く。

「日本人は本音と建前を使い分ける。本心とは違う言葉を口にして世の中を回す。子供の君だって多少経験はあるだろう」

意地悪く問いかける神取に は表情を引き締めた。

「下らんと、思わないか? 真に実力のある者ばかりが常に上に行くとは限らない。権力に到達するとは限らない、君のように」
神取がアキに目で合図を送る。
アキはうなずいて例の呪文を唱えた。
の真横、大きな鏡が出現する。

鏡に映し出されるのは『あの日』の映像。

「!?」
嫌な汗が の額を伝う。

『生意気なのよ、アンタ』
在りし日の が顔の見えない少女を口撃している。
は魔法にかかったみたいに身動きせず、胸奥に仕舞っていた悪夢の再現をもう一度見る羽目になった。
アキや、神取が目の前に居る場所で。

 ……いや、こんなの。こんな意地悪なのわたしじゃない。

理性は現実だと、の過ちだと伝える。
だが本能は過去を激しく拒絶する。

「この後君は仲間外れにされた。力のある者ほど阻害され疎まれる。人は己より能力の高い者を恐れる」
神取の淡々とした声が の耳に届く。

 半分アタリで、半分ハズレ。

苦々しい気持ちを抱き は顔を強張らせた。

 人は人と違う力を恐れる。
 皆一緒じゃないと、仲間ハズレにされる。
 でもきかっけは、わたしが作った。
 わたしが皆をいじめて怖がらせた。
 だから一人になった。
 最初から、わたしだって最初から、嫌われてたわけじゃない。

は神取じゃない。アキでもないの。貴女の言葉で気持ちで、話しなさい。相手に呑まれてしまっては駄目》
そっと。小さな囁き声でソルレオンがを叱咤した。

「自分の思い通りにならないから? だから、こんな」
「そんな小さな次元の問題じゃない。デヴァ・システムを使い、アキの力。コンパクトを集めれば『混沌の鏡』が完成する。混沌の鏡は私の願いを叶えるのだ」

余裕だからか。
は屠るべき相手ではないから? 神取はやけにあっさり己の計画を吐露した。

「ハーレムクイーン……香西さんが使ってた鏡、みたいに?」

つい数時間前に見た、香西と願いの叶う鏡。
は思い出し、少し皮肉気に眉を持ち上げてみる。
が、神取には効果は無いようだ。
逆に薄っすら哂われてしまう。

「手始めに御影町を。ついで、御影町を基点とし世界中に効果が及ぶ」
神取が両手を広げ静かに話を続ける。

「パパが世界を楽園に作り変えるのよ」
アキは神取の背後から顔を出し、瞳を輝かせて へ言った。

 楽園。自分の望むままに世界を変える力。
 自分が悲しい思いをしない楽しい世界。
 苦しい現実から逃れる力、デヴァ。
 理解者の神取、混沌の鏡。
 コンパクト。

アキの感情が には手に取るように。
身近でその呼吸すら伝わる勢いで流れ込む。
はアキの『想い』を振り払うべく頭を乱暴に振った。
改めて神取を観察する。

感じる波長は同じペルソナ使いのもの。
彼の背後に立つのは、無数の仮面。
薄暗い闇に浮かぶ無数の仮面。喜怒哀楽を記した仮面が無数に漂っている。

「貴方は何を……一体、フィレモンに何を与えられたの?」

ペルソナ様をしなければ、ペルソナ使いにはならない。
がグライアスとして覚醒しても、ペルソナ様をしていなければ悪魔使いになっていた。
フィレモンにより心の海を開放されたからこそ、己の中の仮面を解き放てるのだ。

「異質よ、貴方は。その背後に蠢く仮面は一体誰なの? 貴方であって貴方じゃない。とても沢山の顔を持ちながら、この状況を誰よりも楽しんでいる。ソレは一体何なの!?」

胸ポケットに収まったエルの杖が熱を帯びる。
胸に手を当てて は注意深く神取の背後の闇を覗こうと目を凝らす。

「ほう?」
ここで初めて神取は に微かな関心を示した。

「君にはコレが見えるのか」
「嫌でも見えるんだから、仕方ないでしょ」
嫌味の篭った神取の言葉に は半ば自棄で噛み付く。

悔しいが口で勝てる相手じゃない。
だからといって戦うのは避けたい。
の本能が警鐘を鳴らす。

 この男は中に何かを飼っている。
 性質の悪い何かを。

「……あれ? パパ、あいつらマイのトコに着いたみたいだよ」
火花を散らす と神取の緊迫感を打ち払い。
アキが呑気に出した鏡を指差す。
と神取が鏡に目を向ければ、お菓子の家が映し出されていて。
マイと相対する麻生達の姿が見えた。




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