『彼女の仮面4』




今にも消えそうなおぼろげな幻。

手で空気を散らせば、四散して消える。
掴もうとしても掴めない。
曖昧な輪郭を持つ本物の『園村 麻希』胎児のように丸くなって怯えた視線を元気な園村へ向けていた。


「羨ましいよ」
心底悔しそうに園村は零した。

「羨ましいよ。わたしは……どう頑張っても貴女の影。貴女が作り上げた幻。でも貴女は、ううん、わたしは生きている。
実在していて皆に心配されてる。だから諒也君や皆がココへ戻ってきたんだよ」

自分を幻影だと認めるにはどれだけの覚悟と勇気が居るのだろう。
毅然とした態度で本物と会話を交わす園村。
その横顔から窺い知ることが出来ない。

『貴女みたいだったらよかったのに』
嘆きとも諦めともつかない。
酷く疲れきった様子で、本物の園村は呟いた。

『わたしじゃなくて、貴女みたいだったら良かったのに。きっと誰もが』

 つと。

目を伏せ睫を振るわせる。
本物の園村も、彼女が投影して生み出された園村も。
二人ともが傷ついていた。
同時に癒されていた。

「違う。貴女の中にわたしは居る。わたしは貴女、貴女はわたし。わたしは諦めない。アキちゃんが、アキが向かった先に居る彼女を止めてみせる。
デヴァ・システムを止めてみせる。わたしを、貴女を心配して信じてくれている皆の為に」
両手を広げて叫ぶ園村に、本物の園村は小さく笑った。
『ごめんなさい、わたし。貴女にばかり押し付けて』
小さな輝きを放つ破片が。
本物の園村の手から、もう一人の園村へ流れ落ちる。
『……』
本物の園村の瞳が麻生を捉えた。

『……出来ることなら、麻生君には見られたくなかった』
儚く笑って本物の園村が消える。

「俺は出会えてよかったと思うよ」
消えた虚空に向かって麻生は穏やかに言葉を返す。
麻生の言葉に返ってくる返事はなかったけれど。
麻生は特に不満を零さなかった。

「さて! 戻ろっか、諒也君」
輝きを放つ破片を握り締め、園村が麻生へ声をかける。
見守っていた は、にっこり笑って二人へ徐に手を振った。

「わたしはココで用事を済ませます。また、会いましょう。トランパッ!」
「「!?」」
の呪文で地上へ飛ばされる麻生と園村。
二人の気配が遠ざかっていく。
は無数の意識が集うという虚空を眺めた。
胸ポケットから取り出すエルの杖。

「分かってるの。そこに居るんでしょう? わたし」
淡く輝く丸い光が左右に別れ道を作る。
深淵の崖の底を連想させる暗闇から、真っ赤な瞳を持った『』が一人。
同じく黒色に染まった麒麟とソルレオンを従えて登場する。

『ええ、居るわ』
と同じ声なのに。低い声。
これまでずっと抱えていた のコンプレックスが作り上げたもう一人の『 』。

『馬鹿ね、自分から身体の主導権を渡しに来るなんて』
真っ赤な瞳を細めて『』は哂った。
エルの杖を強く握り締めて は、本当はものすごく怖かったけれど、念じる。

 怖いよ、マジ怖いよ。
 これが自分の醜い感情だなんて信じたくないよ。

 でもね、でもね。

 そんな自分も居る。
 否定しても拒絶してもわたしの一部だって。
 認めて進む麻生さん達に教えてもらった。
 みっとも情けなくて何が悪いの。

 わたしは貴女。貴女はわたし。
 けど今は。
 もう一人の自分を超える力が欲しい。
 護る為の力じゃない。
 戦う為の力が欲しい! 壊す為じゃなく、作り上げる為に。

「ええ、怖いわよ。んでもって馬鹿だよ。それの何処が悪いの!? アンタだって同じじゃないさ――――っ」

の絶叫に。
初めてエルの杖が反応を示した。
強烈な光を放ちながら杖の形を脱ぎ捨て が扱っていた拳銃と同じ形に変化する。
手に収まる小さな拳銃。
元エルの杖。
構えて はぶっ放した。
もう一人の『 』目掛けて。

『ぐっ』
「あうっ」
意識は違(たが)えても感じる痛みは一つの身体。
頭を打ちぬかれて倒れる『 』に、自分で自分の頭を打ち抜いた痛みに悶える

「ぺるそなっ!」
は痛みに呻きながら今度は麒麟とソルレオンを呼ぶ。
鮮やかな色を持つ麒麟とソルレオンは互いの陰ともいえる黒い麒麟とソルレオンを攻撃し、消し去った。

『ナゼ、ナゼ、ニゲナイ! ナゼダァアァアアァァァ』
額から血を流して『 』が立ち上がり咆哮する。

「わたしが作り出した黒きガイアから逃げるわけにはいかない。“わたし”がそう思ったの。グライアスなんて肩書き、いらないよ。持ってて得するってワケじゃなさ気だし」

変形したエルの杖。
輝く銃を放り捨て去り は肩を竦めた。

「ただ、逃げたくないだけだよ。怖いけど、逃げちゃ駄目だから。わたしはいじめっ子だった。これから先、そーなるかもしれない。ならないかもしれない。
分からないけど、忘れていたくない。麻生さん達のコト、園村さんのコト、貴女のコト」

『黙れ! ダマレェエェェエエエェエェエ』

』の腕が伸びて の首を絞める。
喉を圧迫する痛みに意識を飛ばしそうになって。
は唇を血が滲むほど噛み締めた。

 黙んないよ。知らん振りできないよ。
 思い出しちゃったもん。

諦めきってくたびれて。笑う の笑顔に『 』の力が弱まっていく。
首を絞めていた『 』の拘束は徐々に緩み、やがては手の感触が消えた。

「……ケホッ…ゴホッ……」
膝を突き手を床に当て。 は喘ぎながら『 』の欠片。
小さな黒い仮面を視野に納めた。
手前に元エルの杖である銃が光を放っているが、こっちは無視。
這いずって小さな黒い仮面を取って抱きしめる。

「おかえりなさい、わたし」
仮面が の胸に吸い込まれていく。
もう一人の、いや、自分が醜いと捨て去った自分を取り戻し はエルの杖(銃)を一瞥。

「こんなのあるからっ」
苛立たし気に呟き、遠慮なく銃を蹴った。
光を放ちながらエルの杖(銃)は意識が無数に集まる空間へ落ちていく。

「さあ、これがわたしの『行動』だよ。後は二人の好きにして。還ってもいーし、残ってもいーし」

 じゃ。

軽い挨拶はこれまで を守ってくれた二体へのせめてもの気遣い。
軽率な別れの挨拶だと思うが、彼等にも選んで欲しかった。

踵を返して も部屋から出て行く。
一度も振り返らず躊躇わず。
もう一つの結末を見届ける為に、 はアラヤの岩戸を一人後にしたのだった。




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