『過去の遺物5』





傷心気分に浸って が泣いていると、漸くライオンモドキ(ソルレオンである)が立ち上がった。

《泣き虫なのは昔から変わらないのね》
鼻先を の手のひらに押し当て、ソルレオンは穏やかな口調で呟く。
「ばぁ……泣きすぎて目が痛い」
真っ赤になった瞳を麒麟へ向ければ、麒麟は頭を左右に振る。
《感情が高ぶりやすいのは心根の優しい証拠とはいえ》
呆れきってます。麒麟の感情が滲み出る分かりやすい声音。
は頬を膨らませジト目で麒麟を睨んだ。

「んな事言ってもさぁ。麒麟の事だって忘れてたし、ソルレオンの事だって忘れてたんだよ〜。
特にソルレオンはわたしの最初のペルソナで、働いていたお母さんの代わりに、ちっちゃいわたしの面倒見てくれてたんだから! 文字通り『母』なの」
静かに大きく息を吸い込み一気に喋る。
の気合の入った喋りに麒麟は一歩後退した。

《そこだけは思い出したみたいねぇ》
ちょっぴり怯える麒麟と、強気の
交互に眺めて楽しそうにソルレオンは言う。

他人事を決め込むソルレオンに麒麟は助けを求める視線を送ったが、あっさり無視された。

「なんで忘れてたんだろ……」
自分の事なのに。
自分が一番知っている癖に、どうして考えるほど自分の事を知っていないんだろう。

は普段なら周囲を気にして、思ったことや疑問を口にすることはない。
非現実に近い環境と思い出し始める過去。
つられるように性格も殻を脱ぎ捨て本来の に近い性格へ戻っていく。

《自分の事なんて一番分かっているつもりでも、案外分かっていないものなのよ》
ソルレオン、外見はライオンに似ているが尾尻を覆うのはフサフサの毛。
尾尻を揺らすソルレオンに は「そうかな」と。
不思議そうに言い返した。
《忘れられ汝の心の海に沈んでいたので良く》
落ち着きを取り戻した麒麟が淡々とした口調で応じる。
「うっ……」
今度は が怯んだ。

 そりゃー、忘れちゃってて。悪いって思うけどね。
 でもさぁ、麒麟って冷静でやけに落ち着いていてあんま取り乱さないよね。
 ソルレオンはなんか本当にお母さんで、すっごく優しくて怖いけど。

口篭る を愉快そうに眺めるソルレオンは両耳を微かに動かし、喉を鳴らす。

《さて。改めて本題に入るとしましょう。御方様から聞いていると思うけど、帰るも怖い。進むも辛い。
好奇心旺盛の貴女だもの、ちょっとした冒険気分だったのでしょう? でもココで気持ちを切り替えてもらうわ。
帰るか、進むか。つまりエルの杖を再び手にするか、二度と手にしないか。選んで頂戴》

表情を引き締めたソルレオン。
砕けた空気が一気に緊張感のある雰囲気へ変化する。

「選びまーす」
場違いにユルーイ言葉で は手を挙げ応えた。

見てはいけないものを観る目つきの麒麟と。
がっかりして首を横に振るソルレオン。

自分の心を映す二体を観察し、 は内心ニンマリした。

「麒麟とソルレオン。会って、少し思い出して決めたの。わたし、自分のペルソナの前で自分を偽りたくないなぁって。そー思った。
感じた。
本当のわたしは我儘でマイペースで横暴なの。皆の目が気になって良い子のフリしてた。そりゃ、他の人にはまだ猫被るけど。
わたしの心の海から生まれた貴方達の前では演じない、わたし自身を」

無邪気に? どちらかというと、悪戯の成功した子供みたいにくすくす笑って。
は両手を合わせてパンと。音を立てる。

「ただの好奇心で来ちゃったから。帰った方が安全なんだよね。マジ面倒だし、疲れちゃったし。どーでもいーやって感じ」
麒麟とソルレオン。四つの瞳が の喋る顔に集中した。

「そんなんじゃ詰まんない。諦めて怖いから逃げたんじゃ、ペルソナを忘れた時と同じじゃん。助けてくれた城戸さんの行方も、デヴァなんとかも気になるし。
マイちゃんとアキちゃんと。二人の言葉も気になる。思い出して、マイちゃんが怖がってるのをマイちゃんの家から追い払ってあげないと。
それに麻生さん達も。気になるじゃん。大層な理由なんて要らない。わたしが『したい』と思ったから。めっちゃ怖いけど進みたいって思うから、だけじゃ駄目?」

自分の気持ちをストレートに音に出すのは恥ずかしい。
普段は隠して周囲にあわせて喋るから。
顔を真っ赤にして は自分の気持ちを自分の心の鏡。
ペルソナへ伝える。

《我は守り手。汝が望むなら共にあろう》
麒麟は短い端的な返答。

が見たいと願った物語の終わり。挫けないように育ての母が監視してないと、ね》
表情を緩めてソルレオンが呟き、背後の祠へ向け咆哮した。

地を、空気を、空を。
震撼させる激しい咆哮に両耳を押さえる と顔を背ける麒麟。
ソルレオンの咆哮に祠の扉がは音もなく左右に開いた。

「うわっ、ボッロ」
散々捜せといわれたエルの杖。
の胸元のまでの位置。
長さ約一メートル。
灰色と黒色のまだら模様。
今にも真っ二つに折れてしまいそうな勢いのボロさ加減である。

顔を顰める の元へ、淡い光を放ちながらエルの杖が飛ぶ。

「まずは必須アイテムってカンジ? あー、でもね」
想像していた杖とはまったく異なる状態のエルの杖。

《さて。杖を手にしなさい。ある程度は杖が教えてくれるでしょう》
ソルレオンは体を左右に振って体毛を整え へ指示する。

「ある程度って、謎解きの冒険? これって」
《必然的な冒険》
口をへの字に曲げた に、さり気ない口調で麒麟が訂正を入れた。

《やれやれ。どうやら覚醒は当分お預けみたいねぇ》
口ぶりは残念そうながら顔はいたって楽しそうに。ソルレオンはひとりごちた。




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