『過去の遺物4』




は御影遺跡敷地にて何度目かのため息をつく。

「夢に出てきそうな勢いの不気味さだね」
鈍い灰色の雲の合間を走る稲妻。
両肩を無意識に抱き締めて は気だるげに、隣の麒麟を見下ろす。

《我は汝の守り手。案ずることは》
生真面目な気質の麒麟は当然のように へ答える。

「ビミョーに違うって。夢の中まで守ってもらおうとは思ってないよ〜」
手をヒラヒラ振って はもう一度ため息。

「たださぁ、こーゆう場合は仲間とこの不気味さについて語り合いたいじゃん」

友達。
と言えないのは、このような状況に陥った時、苦楽を共に出来る友が存在するとは思えないから。
ペルソナを使う。
かつての自分の二の舞にならない保障もない。

 気持ち悪いって思われて。
 ペルソナだって他の人と使い方違うし、しっかり話も出来るし。
 またハブられる。それは嫌。
 普通にしてればあんな目で見られることないもん。

下唇を噛み締め は不快な記憶に耐える。

「行こっか。遺跡は関係なくて、裏手だったよね」
社会見学で近隣の小学生が訪れるのはこの御影遺跡。
も小学五年生の時に来た覚えがある。

変哲もない只の古代遺跡で退屈だったのを覚えている。
遺跡を管理するオジサンから話を聞いて眠かったのも覚えている。

「遺跡の裏になんかなにもなかったけどなぁ」
遺跡のオドロオドロしい雰囲気に気おされ、遠巻きに遺跡を回り。
裏手に回る。

角を曲がり丁度裏手敷地が目に入ってきた瞬間。
思わず足を止めて は後ろを歩く麒麟を振り返った。

「あ、あれ……どう思う?」
目線だけで巨大な獣を示す。
白っぽい銀色の毛を持つライオンほどの大きさ、外見を持つ巨大な獣。
目を閉じて前足に己の顎を乗せ、祠らしき建造物前に鎮座する。

 て、敵? てか、怖いよ〜。ライオンだよ〜。

涙目になって麒麟に視線で訴える。
麒麟は と獣を交互に見、遠慮も容赦もなく の背中を押し出した。
獣の前に向って。

「裏切り者〜!!!」
裏返った声音で叫び はよろめきながら獣の前に出る。

 守り手じゃなかったの。門番じゃなかったのおぉぉおお!!!

芝生を踏みしめる の足音に反応して獣が目を開く。
真っ青な美しい瞳。
内心でもう一度絶叫して はカチコチに固まった。

《汝が望むは何か?》
外見の雄雄しい姿とは別に声音は柔和な女性のもの。
獣から発せられた問いに、 はパニックの最高潮に陥っていた。

「望み!? えっと……楽してお金持ちになりたいとか?」
しどろもどろに返事を返した に、その背後で麒麟が呆れた調子で頭を左右に振った。

《……》
なんとも言えない顔つきで を凝視する獣。
問いかけの意味合いが違うらしい。
数分かけて気付いた は、顔を真っ赤にして「ごめんなさい」と謝った。

「エルの杖を捜しています。それから……どうしてわたしが王と呼ばれるのか。お還り、なのか理由を知りたい。思い出してみたい、多分、思い出した方が良いのだと思うから」
か細い声で言い訳じみた理由を並べる。
《誰かに言われてここに来たのなら、引き返した方が良いわ》
目を細め獣は諭す口調で に言い返す。
《貴女の意志でないのなら、止めた方が良いわ。この先は辛い事ばかりよ》
獣は話ながら尾尻で芝生を叩く。

 フラッシュバック。

傷付きながら悪魔達と戦う麻生達、聖エルミン高校生組。
稲葉と南条が険しい顔をして互いに怒鳴りあっている。
長髪のポニーテールの綺麗な女子生徒が流す涙。
ゴーグルの高校生が自嘲気味に笑って懺悔する姿。

黒い服の女の子に。
白い服の女の子。
背中合わせに立ち、互いに孤独を訴える。

燃える大地。
鳴り止まない人々の悲鳴。
凄惨を極めた戦場に、血塗れになって立ち尽くす
血塗れの手で握り締める杖の感触は冷たい。

『争いは消えないのか? でも、逃げるわけにはいかぬ。全ての生命には存在する権利がある。例え作られた命だったとしても』
景色が水に溶けて流れるように移ろい、剣を交える青年と中年の姿が。
『何故貴方が!?』
悲痛な悲鳴を上げる青年と伏目がちの中年。

場面が変わる。

『俺はお前と戦いたくない!』
『言うな! 俺は魔界を作る。そしてその為にはお前を……』
杖を持った険しい顔の青年と、その青年を説得する別の青年。

再度場面が変わる。

『エルの杖ならわたしが持ってるわ』
愛くるしい少女が手にした杖を掲げた。
大広間、ざわめきが広がっていく。

デヴァ・システム前で感じた激しい嫌悪感と嘔吐感。
真っ青な顔で口を押さえる

 わたしが知らない、わたしの心の奥底に沈んでいる記憶。
 嫌、思い出したくない。
 でも思い出したい。
 このまま逃げたらきっと二度と。二度と思い出せない。

「わたし」
呟く の脳裏に蘇る山岡という老人の死。嘆き悲しんだ南条の姿。

 誰かの大切な人が死に傷付いている。

青い顔をして はもう一度獣を見た。
「ソル、貴女はソルレオン。わたしのお母さん」
の言葉に無反応の獣・ソルレオン。
「大切に育ててくれて守ってくれた。人と違う事が誇らしくて怖くて。結局仲間外れにされるのが怖くて忘れた。忘れていた気になっていた」

 だーっ。

涙を目に一杯溜めて誰の目も(ペルソナ・麒麟は居たが)気にせず。
は小さくしゃくりあげ最後には小さな子供のように泣いた。



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