『デヴァ・ユガ3』




「神崎 リアトリス 。彼女は選ばれたって言葉に惑わされて、余計な事件に首を突っ込んだ。
ペルソナを使いイジメをした経験を忘れ、ペルソナ自体を忘れ。目立たない女の子として、自分は悪くないと無意識に言い聞かせて、生きてきた」

自分の声が遠くに感じる。
は何も考えずに今まで『思い出せた』記憶を、言葉に直してアキへ伝えた。

「グライアスだと、魔獣王だと云われ。調子に乗ってセベクスキャンダルの渦中に飛び込む。
代々のグライアスが封じてきた黒きガイアを、命からがら『追い払う』だけの力しかない。しかもグライアスとして覚醒できても居ない、半端な子」

自分が感じた自分を言葉にすると、卑屈になる。
日本人の『謙(へりくだ)る』精神が謙遜させているのか。
己に自身の持てない民族性だからなのか。

果ては 自身が抱えるコンプレックスがそうさせているのか。
にもよく分からない。

 自分のコトを一番良く理解しているのって。
 自分だって思ってた。でも違うみたい。

「そんな、 って女の子は思うわけ。
……城戸さんは優しいし、稲葉さんは良い人だって。
アヤセさんは自己中だけど現実的。
ブラウンさんとエリーさんは直接話したことないけど、良い人ってフリが出来るだけでも凄い。感じ悪い人より良い人の方が和めるもん。
南条さんはキッツイ人だけど、見下してない。
自分を受け入れて欲しいって気持ちは誰にでもあるし。
何がいけない? 自分のコンプレックスなんて早々簡単に誰かに言えたりしない。
それの何がいけないの?」

小さなアキの顔が。歪んだ。

「嫌いなものは嫌い。言っていいんだよ。少なくとも自分の本心を自分で偽らなければ。
アキちゃんは学園が嫌い。友情が嫌い。生暖かい同情が嫌い。それでいい、それがアキちゃんの本音なら」

の身体が芯から冷えていく。
水を被ってから何もしていないので、くしゃみも漏れる。
鼻を啜りながら は懸命に言葉を紡ぐ。
寒さで震え始めた手をアキへ伸ばした。

「世界で神様をしても。自分の考えと一緒の人を作り上げても。寂しさは消えない。人と違うから自分だって分かる、安心できる。同じにしたらきっと……もっと寂しくなる」

大人しい女の子のフリをして。
クラスのグループに混ざって。
楽しくもないお洒落の話をして。
楽しくもないアイドルの話をする。

他のお洒落がスキで、そのアイドルは好きじゃない。
本心を言えば仲間ハズレにされる。
一人は何かと大変で、平穏無事に学園生活を送りたいなら何処かしらのグループに属していれば安心。
だから当たり障りのない会話を連ねて上辺だけの友達を……顔見知りを作る。

とても寂しい。
互いに見ているのは作り上げた外の仮面。
誰も内側には踏み込もうとしない。
抱える悩みを訴えるのはいいが、相手のを訊くのはウザイ。
悩みが深刻であっても、軽くあっても。
自分だけが楽であればそれでいい。

見え透いた人間関係。薄っぺらい信頼関係。

「わたしは、本音を出せなくて。一人になるのが怖くて周りに合わせてる。お陰でイジメとかには遭ってないけど、でも、時々すっごく虚しいし寂しい。
誰もわたしを理解してくれないって考える」

我慢できなくて、ここで は大きなくしゃみをした。

「当たり前じゃん。本音を出してないのに、どーやったら他の人がわたしの『本音』を理解するの?
 分かって欲しいなら喋らないといけない。簡単なことだけど難しい。考えを弄ったからって寂しさからは逃げられないよ」

が言い終わるとアキは怯んだ顔で数歩後退する。

「傲慢なわたしは、ここで。この人達を助ける。自分の力を過信してるから、助ける。この人達が更に困難に直面するって分かってて、勝手に助ける」

自嘲気味に薄っすら笑って、 は手のひらを眠る麻生達へ。

 麻生さん達は選んで神取を追ってきた。
 最初は訳も分からなくて、ただ単純に町を元通りに出来るっていう。
 英雄思想だったのかも。
 けどさ、ちゃーんと麻生さん達なりに考えて戸惑って苦しんでココまで来た。
 神取と戦う為に。


 綺麗事を並べて戦ってるんじゃない。
 信じるからこそ、勝手に助けるよ。

「メパトラ」
ペルソナ無しである程度の魔法を扱えるのは、ギリシアチックドレスの女性のお陰。
回復魔法を唱え はアキに首を横に振ってみせた。

「攻撃したいならして。今、わたしはアキちゃんと敵対するコトを選んだよ」
言い終わらない内に の身体は見えない衝撃波に飛ばされる。

「……っつ」
悲鳴を辛うじて堪え、全身を駆け抜ける鈍い痛みに顔を顰めた。
「いい気にならないでよ。アンタに説教なんて貰いたくない」
の耳に届くアキの怒りに彩られた声音。
「こいつ等だって……ココで寝てた方が幸せだったのに」
幾分声のトーンを落として呟くアキ。
ぼんやり滲む の視界から遠ざかるアキの姿。

手を伸ばして はアキを呼び止めたつもりだったが、言葉は声にならない。
唇から空気が漏れる情けない音がしただけ。

 はは……情けないなぁ。

考える の上着をソルレオンが咥えて引っ張る感覚。
次いで麒麟が呆れた調子で回復魔法を唱える気配。
感じて は瞳を閉じた。


静まり返るデヴァ・ユガの一角。
眠りの罠に囚われていた麻生達は目を覚ます。
「あーあぁ、よく寝た……って!! アヤセの隣にいぃぃいぃ」
目を覚ましたアヤセは悲鳴を上げてエリーと園村の傍へ逃げる。
起きたとたん隣に城戸が居たのでは叫びたくもなるだろう。

ぼんやりしているブラウンと稲葉。
南条は不機嫌も顕に制服の皺を直し、城戸は何度か頭を振って意識をはっきりさせようと奮闘中。

「こんな所で寝るなんて疲れてるのかな」
一人大物発言をするのは麻生。
「うーん、何かあった気がするんだけど」
園村も首を傾げて部屋を見渡す。

「とてもmysteriousな現象ですわね。全員で眠ってしまうなんて」
綺麗な眉を顰めエリーも考え始める。

「俺様、なーんか、いやーな夢見てた気がするんだよなぁ〜」
頭を掻いてブラウンがひとりごちた。
ブラウンの発言に残りの全員の顔が険しくなっていく。
重くなる空気を南条が咳払いをして払拭した。

「どうあれ、俺達はこうして無事意識を取り戻した。目指すは神取のみ、迷っている暇はあるまい」
首を回した南条。
骨がゴキゴキ鳴って稲葉とアヤセに茶化されて。
額に青筋を浮かべた南条にペルソナ発動までされている。

いつもの調子に戻った皆に麻生は苦笑して、不意に足元の不可思議な水溜りに気づく。

「あれ?」
水溜りに落ちている小さな花。
少しシオシオになっている。

「……」
小さな花を拾おうとした麻生の横から、城戸が素早く花を拾い上げる。
もの問いたそうな麻生の視線を無視して城戸はズボンのポケットに花を押し込んだ。




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