『デヴァ・ユガ2』



がしっかりすっかり、泉の主を忘れて考えに浸っていると。

「ストーップ!! 営業妨害なら出て行ってヨ!!!!」
額に青筋を浮かべたトリッシュが に叫ぶ。
は逡巡してから銃弾を一発。
トリッシュの身体数センチ隣を狙って打ち放つ。

「ボ、ボーリョク反対〜!!」
トリッシュは両手を挙げて怯えた視線を へ送る。

「お金は払える範囲で払うから。ちょっと黙っててよ」

泉が映し出した記録が正しいなら。
トリッシュが出張サービス中の危険地域、デヴァ・ユガ。
ここが神取の作り上げた迷宮で彼の城だ。
つい数分前、麻生達がトリッシュの悪徳商法(?)に引っかかりかけた???

「ペルソナが激しく動いている感じがしない」
が感じた神取のペルソナ。
ペルソナといっても集合意識の端っこだけが具現化し、神取の精神によりペルソナ化した、と考える方が正しい。
あの巨大なペルソナと麻生達が戦闘をすれば にだって感知できる。

不気味に静まり返るデヴァ・ユガからは何も。
麻生達が実際に移動しているかどうかさえも怪しいくらい、静寂に包まれていた。

《ペルソナの発動はないわね》
鼻先を天井へ向けソルレオンが結論を下す。
うなずいて は腰に手を当てて天井を睨んだ。

悪魔も徘徊する危険地域がこんなに静かなのはオカシイ。
もう一度泉を覗き込み、現在同じ建物内に居るはずの麻生達の姿を捜す。

 ……??

湖面が揺れて描き出すのは、眠る聖エルミン生徒達。
意地悪く唇の端を持ち上げるアキが彼等を見下ろしていて。
何故か彼等は魘されていた。

 稲葉さんも、南条さんも……城戸さんまで!?
 皆魘されてる? ううん、麻生さんと園村さんはフツーに寝てるだけ。
 アキちゃんの後ろに居るのってナニ?
 なんか芋虫みたいな、なんか妖しい気配。

下唇を噛み締め は泉に手を差し込み、身体を一気に水へ浸した。

 会っちゃマズイ? んなコト気にしてらんないっしょ!!!!

一気に身体を向こう側へ。
押し出すイメージ。
冷たい感触が全身を駆け抜けて視界が開けたと感じた刹那、 の身体はアキの目の前に躍り出ていた。

「なっ!?」
「やっほ……、アキちゃん」
ずぶ濡れの は髪から滴り落ちる水を払いのけ、寒さに身を震わせてアキへ手を振る。

「さて、と。神取は居ないんだ?」
左右に顔を振って神取の存在を確かめる。
気配なし、姿なし。
小さくくしゃみを漏らし、 はアキの驚きに満ちた顔に失笑した。

「この際だから遠慮なく。アキちゃんって、聖エルミン嫌いだよね? 壊したいくらい。でも同じ位好きなんだよね」

 にっこり。

笑顔を浮かべて は確信を持って問いかける。
にそっぽを向き、アキは方向を変えた。
分かりやすいアキの無視の態度。

「だから麻生さん達を生かしてる。生かしてた? アキちゃんの力があれば。本当は殺せたでしょ、麻生さん達を」
の胸に閃く確かな結論。
幾多の困難を与えておきながら、決定打は与えずアキは逃げていた。
誰から何から逃げていたのかは にも分からないが。

 神に近い力を持つアキちゃんになら、出来たはず。
 麻生さん達を殺す事位。

我ながら冷静で非道な考えだと思う。
だが冷酷な部分の自分なら、どうする? 考えていた疑問の結論が今目の前にある。

「神取に麻生さん達を倒して欲しい。気持ちは半分。このまま諦めて欲しい気持ちが半分。だからこうして眠らせて引き止めて」
「ウルサイ!」
声を震わせてアキは叫んだ。

「眠らせたのは違う。パパにこいつ等は勝てない。アキには分かるもん! 眠らせたのは、こいつ等の本性を暴く為だよ。……見せてあげるよ、ノモラカタノママ!!」
アキは口早に言って呪文を唱える。
胸に下がるコンパクトが真っ白い光を放ち、 の視界を塗り込めた。
額に手をかざして光を避け、 は眩さに目を細める。


『俺は神取を許さねぇ。俺の母親と俺を捨てた神取……あの家を!』

「こいつはねぇ、パパとは異母兄弟なのよ。でも捨てられて母子家庭。頭にあるのは恨みばかり。 が考えてるほど優しい男じゃない」

アキは城戸を指差して言い捨てた。


『……はぁ。コーコーセーの間はいーけど。アヤセは将来何になりたいんだろ。てか、何に成れるんだろ〜。ヤダヤダ! 考えない。
その日が楽しいければいい、アヤセだけが楽しければ良い。先のことなんか、知らない』

「次。将来が、未来があるのに未来を恐れて、刹那的に生きてる。何が不満なのよ。自分だけが不安だって思ってる自己中女」

侮蔑の眼差しをアヤセに向けてアキが言う。


『俺様人気者〜! 今週のファッション雑誌チェックして……って、本当は。俺って一人になるのが嫌なだけだ。だから人受けする性格を装って、おちゃらけて。
いつまで続ければいいんだ? いつまで続けられるんだ? この演技は』

「三番目。学園の人気者みたいなポジションは、孤立しない為の防御策。自分で自分を偽って作り上げて、日々その偽りが崩れるのを恐れる。
恐れながらも、演技に疲れ果てた哀れな道化男」

言いながらアキはブラウンのゴーグルを指先で突いた。


『私は常に公平でなくては。帰国子女の私に向けられる目。期待に応えなければ、だって私はpersona使いなのだから。今回の騒動だってきっと……』

「周囲の期待に応えるように、自分を抑えて良い子ぶってる。ペルソナ使いに成れたのも、運命だって勝手に勘違い。挙句正義の味方気取りをする偽善者」

アキがエリーの青ざめた顔を一瞥する。


『山岡! 何故だ!! あの家で俺を正統に評価していたのは山岡だけだったのに。常に一番を目指し俺は高みを目指してきた。
下らん同世代の輩とも関わらなかった。なのに俺だけが取り残される』

「尊大な自信家。全てが自分基準でそれ以下はクズだと考える、狭量の男。一番を取れなければ意味がないと考える思考・行動。
大人びているけれど内心は自分を相手に容認して欲しくて仕方が無い男」

胸ポケットの眼鏡を握り締める南条をアキは鼻先で笑った。


『園村!! 絶対助けてやるからな! にしても、なんなんだよ。この異常事態! 俺はこんな所でこーしてる場合じゃ……』

「……馬鹿正直」
園村、を連呼する稲葉へ視線を落として。

アキは複雑な顔で悪態をつく。

は黙ってアキのコメントと、アキが表に引きずり出した彼等のコンプレックスを聞いていた。

 彼等も、人には言いたくない。
 言えない悩みを持ってる。
 当たり前だよ。生きてるんだもん。
 全ては自分と同じ考えの人ばかりじゃないんだもん。

 だったら、わたしは。

鼻から大きく息を吸い込み、口から吐き出し。
は乾いた唇を舐めた。




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