『作られた出会い4』




飛ばされて、飛ばされて。
気が付けば不可思議な機材やチューブが並ぶ空間に出る。

「もー、なんなの!?」
銀色に光る床に腰を打ちつけ は不貞腐れつつ、腰を擦った。
「君は? ……もしかしてあの子が言っていた『王』なのか?」
の視界を遮るように立ちはだかる白衣の老人。
驚愕に目を丸くして を指差す。
「はあ?」
老人の言葉に は素っ頓狂な返事を返した。

実は は人付き合いが苦手で。
初対面の人物には壁を作って。
中々打ち解けようとしない。

数分前に会った麻生と稲葉にもそう。
悪い人じゃないと感じていても頑なになる心は止まらない。

唯一、己より幼い子供だったマイ&アキ組には警戒心も薄まったが。
神取に対しては警戒心もメーターは振り切れて。

この老人に対しても警戒している。
得体が知れない相手だから。
いくらマイが言った相手だったとしても。
簡単に信用など出来ない。

お陰でクラスでは目立たない大人しい女子生徒で通っている。

 小さい頃はそんなことなかった。
 なのに、わたし。
 いつから引っ込み思案になっちゃったんだっけ? 
 いつから目立たないようにって思い始めたんだっけ。

老人の顔をマジマジと見返し はつらつら考え、そんな場合じゃないと気付く。

「王って? なんなんですか? わたしはマイちゃんていう女の子から『お爺さんの話』とやらを聞かなきゃいけないって。言われて来たんですけど」
ズキズキ痛む腰に手を当てたまま は周囲をもう一度見渡す。
鼓動のように波打つ機械と振動音。
白衣の老人の背後に塔のような装置が仰々しく鎮座している。

 なんだか。
 わたしを『待って』るって皆は。
 バラバラにいるわけ?

無意識に は口先を尖らせる。
老人は咳払いを一つ漏らし背後の装置を顎先で示した。

「デヴァ・システムだ」
簡潔に機械の名前を に伝える。

まるでこの短い言葉から何かを感じ取れと。
謂わんばかりの態度である。 は老人の挑発に気分を害しながらもデヴァ・システムという銀色に鈍く光る機械を見上げた。

 学園の皆や先生が言ってたことが本当なら。
 このヘンテコ機械が壊れたから、御影町の一部が変な壁に囲われて。
 中に居る人が閉じ込められた。
 でもこれって『何の為の』機械なの?
 誰もそこまでは言ってなかった気がする……。

ブゥンブゥンと振動する機会の音に混じって。
の耳に飛び込む悲鳴・悲鳴・悲鳴。

徐々に近づく悲鳴に は眩暈を感じてその場にしゃがみこんだ。

「上手く言えないけど危険な感じがする。だってこれは皆の為になるモノじゃないから。たった一人のエゴの為に作られた玩具」
春名は浅い呼吸を繰り返して言葉を紡ぐ。
胸の動悸が激しさを増し、右手で心臓を服の上から押さえた。
「文明は恐らく。その個人のエゴの積み重ねだよ」
苦い口調で老人は小さな声で言った。
「エゴがある故に文明は発達した。時に人々を豊かにし、時に人々を貧しくし。幸福にもしただろうし、不幸にもしただろう」
銀色の床を歩く老人の靴底がカツカツと。
音を立てて の隣まで移動する。
「だが今、これは悲劇を巻き起こすのかもしれない」
手すりに両手を押し当て老人は独り言を漏らし続ける。

危険な機械。
作った老人。

フラッシュバックのように の頭に映像が浮かぶ。
動き始める機械に、勝ち誇った笑みを浮かべる神取。
アキの乱入に、それから。

「麻生さん、稲葉さん……」
は掠れた声で誰に言うともなく囁いた。

一番マフラーの男子生徒に。
頭の上にリボンをした女子生徒。
最後にツインテールに髪を結わいたコギャル風の女子生徒。
計五人。
共通事項は聖エルミンの制服。
頭の上に浮かぶ何か。

「間違っていたのだろうか」
苦悩する老人。
横目で見ながら は軽いパニックに陥った。

 でもこれが現実の過去だったとして。
 歴史は変えられない? 変えられる?
 じゃあ、わたしは何を変える為にココにいて、この人と話をしているの?

分からない。
全てが を中心に回りすぎていて何が何だかさっぱりだ。

「お爺さん、後悔するのは早いわ。デヴァ・システムを壊せば少なくとも被害は最小限に抑えられる筈よ」

 歴史は変えられないかもしれない。

 だけど運命は変えられる? なーんてね。
 やってみなくちゃ分からない。

決意を固めて は立ち上がる。
耳の奥で耳障りに響く悲鳴を無視してデヴァ・システムへ一歩一歩を踏み出す。

「正直、どうしてこんな所に来たのか不思議に思ってるし。怖いの。わたしが王なのかそうじゃないか、知らない。でもこの機械は嫌。凄く嫌な感じがするの」
顔を顰めて震える指先で。
デヴァ・システムを指差して は老人に訴えた。
「お爺さんも後悔してる。凄く迷ってる」
アラヤ神社で初めて蝶のフィレモンに会って。
会ってからなんとなく相手の考えが大雑把に理解できるようになっている。

は身体で感じる老人の感情を言い当て、未知の恐怖に怯えながら懸命に口を開く。

「出来るだろうか」
一人ごちて呟く老人に は何度も首を縦に振った。
「出来るよ。お願い」
を襲う激しい嘔吐感と倦怠感。

頭の脳髄を刺激する悲鳴と不快感。
堪えて目を閉じ は懇願した。
システムを否定する言葉を吐く度に の身体を押し潰す巨大なプレッシャー。
見えない重圧に潰される。

「お願い、皆を助けて」
弱々しく呟き、 は気持ち悪さに目尻に涙を滲ませる。

 麻生さんも。稲葉さんも。
 それから。名前は知らないけれど、一番ロゴの人と。
 リボンの人と。ツインテールの人。
 お願いだからあの人達を助けて。

「ニコライ博士」
知らない筈の老人の名前。

頭に浮かんだままを言えば、老人は驚いて動きを止め。
自嘲気味に笑う。

の途切れる意識にはそこまでの記憶しか残されていなかった。




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