種類の異なる友へ


頭の片隅。

暗闇の星が一瞬瞬いて消えたような、チリチリする感触。

天鳴の血がナルトに伝える。
大蛇丸の闇に沈む魂が別の器に移動したと。

 これで暫くの間大蛇丸は器を変える事が出来ない。
 その期間がどれだけかは今分らないが、一先ずこのままサスケを音へと送ってもサスケは無事でいられる。
 なら、俺は。

滝の両側の岩に二人の人物が彫られている。
人物の頭に乗ったサスケとナルト。

サスケはナルトの存在さえ何とも感じていないようで、音の里へと歩き出そうとする。

 ……最後の問いになるかもしれないな。

ナルトは決めていた。
それからドベの仮面を心につける。

「俺から逃げるのか!!」
歩き去ろうとするサスケの背中に怒鳴る。
片足を浮かせたサスケはゆっくりした動作でナルトを振り返った。

右目は普通のサスケの瞳だが、左側の瞳が呪印に蝕まれ変質している。
ナルトは息を呑んだフリをした。

「ウスラトンカチ。今度はお前か……」
サスケは表情を変えず口を開く。
先ほど奇声を上げ走り去った時より、サスケのチャクラは落ち着き、サスケ自身の身体に馴染んでいる。

「サクラにも言ったがな、もう俺に構うな」
サスケはシニカルな表情を浮かべナルトへ言う。
これ以上深追いするようだったら? 暗に脅しも含めて。
「……」
ナルトは悔しそうな泣き出しそうな表情を作った。
「ククク……ククク……。何だ? その面は」
シニカルな表情を一層ゆがめてサスケはナルトを嘲笑う。
「何で、何でだよ!! サスケェ! 何でそんな風になっちまったんだよ。お前は」
ナルトは敢えて当たり障りない哀愁を漂わせる。
偽らざる本音を今のサスケなら吐露すると考えたからだ。

サスケはもう振り切っていた。
里も仲間も全てを。
「お前ら木の葉の連中とじゃれ合うのはもう終わりだ」とナルトに断言した部分においても、サスケの心が窺える。
サスケに掴みかかり、地面(岩彫りの人型の頭部部分)へ押し付け、殴りかかろうとして。
ナルトはサスケの態度が冷静そのものだったので、終わらせる事にした。


 うずまき ナルト。という演技を。


「……俺の道、か。やっぱり今のサスケならそう言うと思ってた」
サスケの上から退き、ナルトはすっきりした表情で零した。

「実は俺、サスケが音に行こうが、大蛇丸の器にされようが関心が無いんだ。誤解しないでくれ。
俺はサスケがどうなろうと知ったこっちゃない。こう思っているわけじゃない。
……サスケを『仲間』だと思うからこそ俺はお前を止めない。俺はお前を認めている、里の誰よりもお前の生き方を認める。
だから確かめたかったんだ。
サスケが本当に里を抜ける覚悟があるのかどうか。
木の葉を捨てる気持ちがあるのかどうかを」
演技を止めた分、ナルトの喋り口は穏やかだ。
それでいて真摯である。

自分と距離を取るナルトを眺めサスケは逡巡したが、即座に現実を受け入れ始めた。

「まぁ一応? 俺も木の葉の忍だから、さ。こーしてサスケを追いかけてきてみたりはしたけどさ。本当は分ってた。俺が説得しても、誰が説得しても。サスケを止められないってのは」
ナルトが曖昧に笑って頭を掻く。
豹変したナルトに数十秒固まったサスケも落ち着きを取り戻し立ち上がり。
顎先を持ち上げナルトに話しの続きを促す。

ナルトは軽く頷き返し、手早く印を組み、まずは周囲に強力な結界を張り巡らせた。
こちらに向かってくるカカシに邪魔されない為に。

「俺は普段から『うずまき ナルト』を演じてきた。ドベでなければならなかった。理由は俺が生まれながらに『あるモノ』を封印し続けていたからだ。この身体の中に」
ナルトは曖昧な笑みを深くした。
「だからサスケの気持ち、少しは分る。里は温い。友情や絆で忍を縛れば安泰だと思っている。だけど『サスケの求める力』はそんな生活の中じゃ手に入らない。……まぁ、もう関係ないか。サスケには」
ナルトは淡々と喋る。
聞いているサスケがナルトの普段とは間逆の空気に触れて驚いているのは確かだ。

けれどサスケは妙に納得していた。

あれだけ里の人間から憎悪を浴びて、嫌われて。
果たしてこのような『ウスラトンカチ』が育つのだろうか。
疑問に思った事は多々ある。

傍から見れば正気の沙汰とは思えない手段で力を得た今の自分なら分る。
ナルトは何かを身体に宿し、尚、何らかの作用で非常に強いチャクラを秘めている。
普段はそれらを厳重に封印していたのだろう。
何かを封じ続ける為、周囲の目さえも欺いてきたのだろう。

こう結論付ける。

「良いのか? 俺は音の里に行く。お前の存在を喋っ」
「んな事はしないだろ? 確かに今この時点からサスケは『抜け忍』で、木の葉の里の裏切り者だ。だけど……全てを裏切っているわけじゃない。サクラちゃんを殺そうと思えば殺せたのに、そうしなかった」
挑発的に言うサスケの言葉をナルトは静かに遮った。

判断材料ならある。
サスケのあの当時の実力だったら、里抜けを防ごうと立ちはだかったサクラを殺す事だって出来たのだから。
それをしなかったのは、きっと『仲間』だから。
立場も願いも道も何もかもが違ってしまっても、大切な仲間だから。
何時か戦場で対峙した時は殺し合いになるかもしれない。

だがあそこは戦場ではない。

戦う必要のない相手、仲間と殺しあう理由を持たないのに仲間は殺せない。

大層矛盾した考えだがナルトには理解できた。
仲間だからこそ殺さなかった。
仲間だからこそ殺しあうつもりで戦(や)り合える。

「ナルト、お前」
これには流石にサスケも驚いたらしい。
小さく舌打ちして照れた風に俯く。

そう、形は変質してしまったけどサスケにとって『サクラ』も『ナルト』も仲間。
それは現在進行形で変わらぬ真実である。

里の上層部が聞いたなら目を丸くして怒り呆れ果て、理解に苦しむだろうが。

敵同士になっても、殺しあったとしても。
永久に七班の全員は『仲間』という見えない糸で結ばれ続けるのだ。
相手を拘束することのない不思議な縁によって。

「だから俺は、俺が持ちうる最大の敬意をサスケに示す。例え呪印の力が増したとはいえ、サスケは俺より遥かに弱い。このまま弱く育ち、大蛇丸の器になろうが何になろうが勝手だが、矢張り寝覚めは悪いだろ?」
ナルトはサスケに対する本音を率直な意見とし、肩を竦めた。

自分の寝覚めが悪いからサスケを呼び止めたと悪びれた風もないナルト。

得体の知れないナルト。
どうしてナルトの豹変を受け入れてしまえるのか。
ここまで考えてサスケは胸中だけで苦笑う。
得体の知れないモノに自ら進んで成った者の考えじゃないな、と。
自分が変質を経験したからこそナルトの本来を受け入れられる。
受け入れている。
ただそれだけ。
理由は案外単純で明瞭なのだ。

「俺の本気の強さを知らないまま、ここでサスケと分かれるのは」
一旦ここまで喋りナルトは額当てを指で弾いた。
「俺が望む力と守りたいものが木の葉にある。だから俺は木の葉の里に居る。サスケには不要のモノでも俺には必要なんだ。理解しろとは言わない。ただ、俺とサスケの道がここで決定的に分かれるのだけは分るだろう?」
ナルトは仲間だからこそ。
仲間だと現在進行形で感じているサスケに、簡単に自分が里へ残留している理由を述べた。

「ああ。お前は守りたいからじゃれ合うのか。ご苦労なこったな」
サスケもナルトが自分を連れ戻すつもりがないと完全に察した。
リラックスした状態でナルトへ軽口を叩く。
二人を包む空気が以前の、三人一組だった頃へと戻っていく。

「復讐の為に全てを投げ出すサスケほど気合は入ってないつもりだぜ? これでも」
ナルトは冗談めかし滑らかな喋りで切り返す。

「フン」
どっちもどっちだろ? 言いたげにサスケはナルトの意見を鼻で笑った。

 ここまでアッサリしたリアクションしかないと、拍子抜けか。
 いいや。
 俺自身がこうなる事を予期していたから演技を止めたんだ。
 やっぱりサスケはサスケなんだな。
 闇が深くても暴走しても。
 根はサスケだ。
 俺の知ってるムカつくエセエリートの、うちは サスケ。

ナルトはカカシがここに到達するであろう時間を逆計算する。
それから一度瞼を下ろし、再度開いてから敵となる友を見据えた。

「さあ、始めよう。仮初だと決め付けていた仲間・うちは サスケ。お前は俺の中で『かけがえのない仲間』となった。道は違えてもサスケが『仲間』である事実は永遠に曲がらない。いつか本気で戦(や)り合う事になったとしても。だからこそ、今、ここで戦おう。俺の力を思い知らせてやる」
ナルトは戦いの始まりをサスケへ告げる。

天鳴の力は使わない。
純粋にナルトがナルトとして得た力で勝負する。
記憶を封じた大蛇丸とカブトに勘付かれないための予防線でもあり、サスケを余計な厄介ごとに巻き込まない為の布石でもある。

「餞別なら受け取っておこう。確かに俺は全てを侮っていた。ナルト、お前の強さに怯えていた事もあった。だが違う。どんなに強いと分っていても、お前は『ウスラトンカチ』なドベのナルトだ。どんなにナルトが強いか知らんが、負けてやるつもりはない。逆に殺されても文句を言うなよ?」
サスケも僅かに身構え力強く言い返した。
未知数なナルトの強さに体の奥が期待に満ちていく不思議な高揚感を覚えながら。
「……」
するとナルトは驚愕した表情でサスケを凝視する。
冷静そのものといった風で隙一つないナルトから驚いた気配がサスケに伝わってくる。
これまでは会話をしていても、ナルトの感情など読み取れなかっただけにサスケは意外そうに眉を持ち上げた。
「どうした? ナルト」
ついでに問う。仲間だから遠慮なく端的に。
「や、妙にサスケが悟ってるなぁ……なんて。意外でさ」
ドベのナルトに近い表情で頭を掻くナルトには愛嬌がある。
サスケは冷静なナルトも演技上の己に影響されているのを察し、内心だけで笑う。

冷たいフリをしておきながら、やっぱりこいつは『ウスラトンカチ』で根が馬鹿つくほど真っ直ぐで正直な。
サスケの知る『うずまき ナルト』だと思う。

「……ふぅ。だからお前は『ウスラトンカチ』なんだよ。お前からだけというのは不公平だ。簡単に教えてやるよ。これも一種の餞別だな」
サスケは語った。

幼い自分の事、兄の事。
一族の瞳術が本来なんだったのかは省略された。
ナルトとしても興味はないので深く追求したりはしない。
ただ、サスケ自身が語る『うちは滅亡』を拝聴する。

兄の不可解な行動。
強かった父親。
優しかった母親。
共にあるモノだと信じて疑わなかった一族との未来。
全てが瓦解し消え去ったあの夜。

「ちょっと良いか? 写輪眼持ちが三人なら分るが、万華鏡写輪眼持ちが三人?」
サスケの話を拝聴していたナルトは場違いに片手をあげ、サスケの話しを遮った。

「可笑しくねぇか? カカシが写輪眼持ちなのを指して言ってるのか? それとも、うちはの血統を持つ第三者が存在するのか? サスケはどう思った?」
ナルトは多少なりともイタチと接点があるのを棚に上げ、サスケに尋ねた。

イタチの行動と考えは不可解な部分が多すぎる。
当時、イタチという存在を気にかけていたわけでもないので、ナルトは深くイタチを知らないのだ。
無論、これもイタチに記憶を封じられていなければ、という前提に立つ推論である。

 里の闇。
 俺自身の血継限界の血統の良さもあって、垣間見る事は少なかったな。
 表立って流されていた『九尾の器』という立場に俺自身も流されていたしな。
 周囲を見る余裕がなかったのも確かだ。
 ったく、どうしてあの里は問題を先送りにばっかりするんだよ。
 だからとばっちりを喰らうんじゃないか。
 
 俺達が。
 
伝説並みの駄目大人『三忍』の姿を思い描き、ナルトは腹裡だけで悪態をつく。

「さぁな。身内を殺された直後にそこまで冷静に考えられるか、ドベ。これでも当時の俺は普通のコドモだったんだよ」
「ああ、悪りぃ、悪りぃ。つい気になってさ」
無神経とも取れるナルトの問いに、サスケは手にした手裏剣を投げつける。
ナルトは頭を僅かに右にずらしただけで手裏剣を避けた。
ナルトの自然な回避行動にサスケは唇の端を持ち上げる。

見ればナルトもニヤリと笑っていた。

正気の沙汰じゃないのは互いに承知の上だ。

仲間だから。
たったこれだけの理由で里抜けを認める里一番の強者(ナルト)。

仲間だから。
たったこれだけの理由で、追手である友を殺す気でいるうちはの末裔(サスケ)。


戦いの火蓋は静かに切って落とされた。               後編へ続く



 そしていよいよ始まる対サスケ戦。
 ナルトは性別や本当の事までは喋りませんが、サスケに対しては破格の待遇(笑)
 友だから戦える。戦えない。
 うちのナルコは王道パターンを通るのが嫌いなようです(苦笑)
 仮初から本当の友になったからこそ、彼の意思と自由を尊重するのが、うちのナルコ流です。
 ブラウザバックプリーズ