忠言口苦し?


 ドガ。ドガ。

激突音は二つ。
左右からそれぞれ「うがぁ」なんて蛙の潰れた悲鳴をあげるドベらしいナルトの声と。
至って普通に「ぐあっ!」と激突に対する声を漏らすサスケ。
対照的な部下を前にカカシは呆れきった顔を崩さずに口を開いた。

「病院の上で何やってんの? ケンカにしちゃ、ちょいやりすぎでしょーよ。キミ達」
言いながらサスケの千鳥で崩壊した給水タンクを一瞥し。
少し険しい顔をしてナルトが手のひらを押し当てた給水タンクを見遣るカカシ。

「……」
カカシはナルトの放った術の正体を知っているらしい。
数秒間だけ沈黙する。左手を給水タンクにつけて膝を付く己に注がれるカカシの視線。
表側、は綺麗でも給水タンクの裏側はきっと捩れている。

抑えたとは云っても術は四代目が歳月を費やして作り上げた螺旋丸だ。

ナルトは給水タンクにめり込んだ腕を引っこ抜くサスケの行動を、顔も上げずに把握しながら小さく息を吐き出す。

 指穴程度しか空いていない俺の壊した給水タンク。
 対照的にサスケの腕が捻じ込まれ大量に水が流れるサスケが壊した給水タンク。
 んだよ……サスケ。
 その得意気な顔は『俺の千鳥の方が上なんだよ』って言いたいのか?
 そうでもしないと自尊心が保てないのは分るけど。

直ぐに崩れ落ちてしまうだろう彼の自尊心を気の毒に想いながら。
ナルトはカカシがどう動くのかを確かめる事にする。
この場で一番気をつけなければいけないのはナルトに対して何かを嗅ぎ取っているかもしれないカカシ。
演技の挑発を受けて立つ『サスケちゃん』じゃないのは明らかだ。

「サスケ、何優越感なんかに浸っている」
サクラの前から瞬身の術で移動したカカシは、サスケの立つ給水タンクの上に腰掛けた。
頭から振ってくる上司の手痛い台詞にサスケは無言でカカシを睨み上げる。
サスケの表情にはかつてなら見受けられただろう、自分よりも強い忍に対する敬意の感情はない。

「さっきの千鳥。同じ里の仲間に向ける大きさじゃなかったが」
サスケの尖った態度に一旦カカシはここで言葉を区切った。

 ふぅん。やっぱりカカシ先生も見抜いてたか。
 サスケの奴、大真面目に俺を殺す気だったもんな。
 螺旋丸をサスケに披露したのは俺なりの最低限の感謝だったんだけど。
 それすらサスケは妬みの種とするなら……。

俯いたまま唇の端を持ち上げ誰にも悟られないようナルトは哂う。

「ナルトを殺す気だったのか?」
飄々とした対応を崩さずカカシがサスケに問う。
サクラは更なる衝撃に目を見開いた。

「何でこんな子供じみた真似を」
サスケに対する苦言なのか。
遅まきながら到着したもう一人の出刃亀に向かって主張しているのか。
主語のないカカシの言葉に図星を指されたサスケはバツの悪い顔をして給水タンクの足場から、背後に飛び。
金網を背面で飛び越え病院の窓に突き出した屋根の一つに着地する。
着地したサスケの顔に水の滴が落ちてきた。

「!!」
弾かれて上へ顔を上げたサスケの顔が驚愕に彩られていく。
ナルト自身が手加減したとはいえ螺旋丸の威力は底知れない。
ナルトの予測通り、ナルトが接触した給水タンクの裏側は螺旋丸の衝撃に耐え切れず捩れて大穴が開いていた。

「……」
数秒間惚けてナルトの穿った穴を見詰めていたサスケは。
我に返り拳を病院の壁に打ち付けて何処かへ飛び去って行く。

「……」
サスケの動向なんて手に取るように分る。
私闘が見つかってとても気まずいです。
なんて殊勝な顔で口を一文字に結ぶナルトは。
サスケの去って行った方角へ影分身を送った。

一応はまだ里に所属する名家の子供。
保護対象ではある。
自分の安い挑発に応じて喧嘩して行方不明に……、なんてオチは笑えない。

カカシはナルトの影分身に気付いた風もなく眼下の部下へ視線を落とす。
「うっ……うっうっ……カカシせんせぇ〜」
仲間の私闘。
しかも私闘で済ませられないレベルの戦いと、カカシの一言が決定打。
サクラは緊張の糸が切れて恐怖と悲しみから本格的に泣き出していた。
「はぁ〜」
ガックリ肩を落とすカカシの真意はどの辺りに位置するのか。
「アナタですか? ナルトにあの技を教えたのは? あの術を扱うには、ナルトにはまだ幼すぎると思うんですがね。下手したらサスケを殺していた」
深々とため息をついたカカシは最近までのナルトの師。
遅れてやってきた自来也へ疑問を投げかけた。

「例の暁への抵抗手段だとしても。あの術をナルトに教えるなんて……」
「お互い様だろうのォ……。あの千鳥もそうとうヤバかったしのォ」
避難がましいカカシの言を途中で遮り自来也は応じる。

カカシに掛けられた四代目の暗示と記憶の封印は完全だろう。
完全だろうが、彼が消えた現在、封印が恒久的に保つとは考えられない。
ナルトの本来の姿を知られない為に、自来也、不本意ながらこの騒動に首を突っ込む事にしたのだ。

(説明なら後でしてやるから、頑張れよ。エロ仙人)
突如自来也の頭に飛び込んでくるナルトの酷く楽しそうな声音。
術を使って小器用に声だけを自来也へ直接飛ばしたらしい。
悪びれず自来也に責任を押し付けるナルト。

四代目と良いこの子と良い。癖のありすぎる弟子ばかりが集まってくる。
自来也はほんのちょっぴり自分の弟子運の悪さを呪った。

「でもまぁ……アイツはあの術を仲間に向けて撃つような奴じゃないと。思ってたんだがのォ」
腕組みして苦い顔で喋る自来也。
ドベのナルトならそうだろうが。
本来のナルトなら顔色一つ変えずに最大パワーの螺旋丸でサスケを瞬殺できる。
だが給水タンクの壊れ具合からしてナルトは相当抑えた螺旋丸でサスケに対抗しようとしていた、ようだ。
尤も面倒事を嫌うナルトがどうして螺旋丸をサスケに見せたのかが理解できない。
自来也は一人偏頭痛と戦っていた。

「……それとも、よっぽどの事があのガキとの間にあるのか?」
自分で喋っておきながらナンだが。
ナルトがサスケを気に留めることなど万が一にも在りえない。
自来也は己の演技に吹き出しそうになっている、ナルトの気配に眉間の皺を深くしながら仏頂面を保つ。

「ま、色々とね」
ナルトとサスケを間近で見てきた唯一の大人。
表向きはそうであるカカシは含みを持たせて自来也の問いに答え。

「色々?」
対する自来也は色々の意味を図りかね、咄嗟に単語だけを自分で反芻する。
「簡単に言えばかつてのアナタと大蛇丸みたいな関係ですかね」
少し自分の過去に想いでも馳せているのか。
懐かしむ遠い目をしたカカシが端的にナルトとサスケの関係をこう評した。

「…………ほぅ」

 そりゃ無理だろ。

内心だけでツッコみ、たっぷりの間を空けて自来也が相槌を打つ。
周囲の目が許してくれるなら、腹を抱えて笑い出すであろうナルトへ。
牽制のチャクラをしっかり送っておく。

「アイツにとってサスケは仲間であると同時にライバル。まぁ、常に対等な存在でありたい男って事です」
ナルトの気配がカカシの単語に反応し激しく揺れる。

 駄目!
 これ以上臭い台詞吐かなくて良いから!!
 カカシ先生ってゲキマユとライバル同士だけあって……言動がっ。
 言動がっ!!!

ナルトは笑いを堪えるのに必死。
口元がヒクヒク痙攣し始めた。

「恐らく。そのサスケの安い挑発に耐え切れなかったのでしょう。忍術学校の頃からずっと追っかけて。追っかけてきましたからね。
今のナルトは私やアナタじゃなく、誰からよりも。ただ……認めてもらいたいんですよ。サスケにね」
しみじみ語るカカシの観察眼は一種間違ってはいない。
土台に対する認識が異なるだけで。

もし本当にナルトが無邪気な頭の少々足りない『ドタバタ忍者』であったなら。
カカシの推察は文句なしで大当たりである。

自来也は目線だけでカカシに話の先を促し、ナルトへ向けるチャクラに殺気を込めた。

ここで素を垣間見せるような事があっては幾らナルトと云えども笑い事じゃ済まない。
分らないナルトではない筈だ。

「一方でサスケはナルトの成長スピードを身近で感じて、劣等感を感じている。自分がまるで成長していないと思い込んでしまう程に。ナルトは強くなりましたから」
根性と負けん気と。それから理解ある周囲に助けられ本来の強さを手に入れ始めたナルト。
偏見と生い立ちさえなければ。
もう少しマシな形で二人は相対していたのかもしれない。
カカシは考えてナルトが強くなったことを認めた。

「復讐か。イタチの奴があの子を焦らせてるのかのォ」
ナルトの強さには敢えて触れず自来也はサスケの生きがいに言及する。
「だからサスケはナルトを認めたくない」
ここでカカシは下唇を噛み締めるナルトへ顔を向けた。

 そう、サスケは俺を認めることが出来ない。

漸く呼吸を整え給水タンクの足場から屋上へ落下するナルト。
危うくカカシによって笑い死にする寸前まで追い込まれたが。
ここは忍、仮にも火影の懐刀的な暗部として活躍してきた自負はある。
根性で気持ちを切り替えた。

「認めてしまえば今までの自分を否定しかねない。難しいもんです。ライバルってのは」
付け加えるカカシの視線は自来也へ戻る。

 サスケの自尊心は高いからな〜。
 アレさえなければもっと早くに強く成れた筈なのにな。
 里の教育方針って一部間違ってるよな、マジで。

きっちりカカシの一言一言を耳で拾ってナルトは裡でうんうん、なんて。
もったいぶってカカシの意見に同意する。

「あまりいい傾向じゃねーのォ。少し説教でもしてやるか」
一体ナルトはどんな考えを持ってサスケの挑発に応じたのか。
自来也もまたカカシとは違った意味で難しいと考えた。
吹っ切れた態度を持っているのは良い兆候である。
ただその余波が周囲に悪影響を及ぼさないか。は未知数だ。

「ではナルトはお任せします。ま! 私も任務があるし……。千鳥の事もあるので」
カカシは自来也の答を文字通り受け取ったらしい。
ナルトのフォローを自来也へ託し自身は千鳥を教えたサスケをフォローしに向かうと。自来也へ告げた。
それから給水タンクの上から飛び最後の一人へのフォローもする。

「大じょーぶ! また昔みたいになれるさ!」
目尻一杯に涙を溜めたサクラに安心を齎すよう、カカシは笑いかけ。
その足で病院の屋上から去っていく。
目に見えてホッとした風のサクラと遠ざかっていくカカシ。
黙って見ていたナルトは今度は自分が眉間に皺を寄せた。

 そんな風に相手の仲間意識に頼るから木の葉は弱く。
 ある意味最強を誇る。
 まったく……カカシ先生達大人の対応不足で俺達が『ダメダメ三忍』モドキになったらどうするんだよ。
 まてよ?
 三忍モドキ……?
 この場合、エロ仙人の一応弟子である俺と?
 大蛇丸に呪印を押されたサスケに?
 ……紅一点のサクラちゃん。
 発想は悪くないか。

複雑な顔をして俯くサクラの背後。
気配を薄くして立ちナルトはニンマリ哂う。
自来也がこちらに来るよう催促しているが、それは無視。
自分の考えを纏める方が先だ。

 自由を与えるのはサスケだけじゃ不公平だよな。
 サクラちゃんにも自由を。
 俺なりの感謝の気持ちをサクラちゃんに。

 良い子過ぎてサクラちゃんが取りそうな行動はなんとなく分るけど。
 サクラちゃんだけ蚊帳の外じゃ可哀想だもんな。
 あれだけサスケにアタックしてるのにさ。

発想点は少しズレているのはご愛嬌。
目つきが悪くなった自来也に瞬きだけ返して、ナルトは影分身をサクラの元へ残し消える。

「!」
サクラに一歩を踏み出すナルトの影分身。
慌てて自分の目尻を拭ったサクラは両手を握り締め、彼女なりの決意を固めた表情を浮かべて。
ナルトの瞳を見返す。

 サクラちゃんも事態の重要性をそれなりに分ってるのか?
 それとも、良い子の域を脱せないオコサマくの一と成り果てるのか。
 見極めさせてもらう。

ナルトが自来也と共に高速で木の葉病院屋上から遠ざかっていく中。
自身の影分身と対峙するサクラの桃色の頭だけが鮮やかに映った。


                              後編へ続く

書いてる側はすっごく楽しいです(苦笑)
シノとシカマルが一切出てこないけど(あははは)
ブラウザバックプリーズ