忠言口苦し? 後編


人気のない路地で『人目につく』という面倒事を避けるべく変化したナルト。
男性の中忍風に変化したナルトを背後に従え、自来也は渋い顔で使われていない手近な演習場へ移動する。

演習場へ恙無く移動を終えてからナルトは変化を解き。
それから結界を作り上げた。
そこら辺の下忍・中忍がここへ紛れ込まないように。

「まったく……分っておらんお前ではないだろォ、のォ!」
苛立たしい。
漸く五代目火影が現れて落ち着き始めた木の葉の里。
平穏を望んでいるのはナルトだとて同じだろうに。
どうして気安くうちはの坊主の挑発に応じてやったのか。
自来也は理解不能なナルトの行動に頭を痛くしていた。

「サスケとの私闘、を?」
愉快そうに問い返す喰えない態度のナルトに、自来也はこめかみに指を当てる。

「サスケ様と崇めて俺が引けばよかったか? あの状況じゃ、少しばかり無理があったが出来なくはなかったな」
顎に指を当てナルトは思案するフリをして自来也を揶揄した。

「私闘云々はどうでも良い。問題は螺旋丸だ」
ナルトからのあからさまな嫌味に自来也は単刀直入に切り出す。

あの場合は演技の延長上としてサスケと小競り合って然るべき。
だが手抜き状態で発動しても威力の高い螺旋丸を現在のうちはの子供に知らしめる必要があったのか。
自来也は言外に含ませる。

「螺旋丸?」
キョトンとした顔でナルトは自来也に問い返した。
「何も私闘に螺旋丸まで持ち出す必要はなかっただろう。お前が螺旋丸を出したから、うちはの坊主は千鳥を繰り出したんだぞ。分ってるのか!」
堪らず自来也は一歩ナルトの立つ方へ足を踏み出し、もう一度、今度は詳しく。
惚けるナルトから答を引き出せるよう叱り付ける。

サスケを、貴重なうちはの末裔を。
護る為にドベのナルトがサスケをライバル視していたのは知っていた。
だがさっきの戦いは遣り過ぎである。
態とサスケを煽ったナルトの軽率な行為に自来也は腹を立てていた。

「ああ、そんな事か」
珍しく本気で怒っているらしい。
自来也にナルトは酷くアッサリこう応じる。
「!?」
豪胆な気質を持つ、さしもの自来也だって驚いた。
肝を冷やして目を見開く。

「勘違いしないで貰おう。俺は木の葉に対して額当てに誓っている身だ。里をないがしろにするつもりも、五代目を窮地に陥れるつもりもない」
本気でナルトに殺気を送り始めた自来也に内心だけで苦笑。
ナルトは努めて真摯に、本心を正しく言葉に直して自来也へ伝える。
ここまで喋ってナルトは瞼を閉じた。

「ただ」
瞼を再び開いたナルトから漏れ出すのは九尾のチャクラ。
蒼が消え去ってナルトの瞳は禍々しい赤へ染め上げられる。
強大な九尾のチャクラに少々気圧されて自来也は無意識に唾を飲み込んだ。

「うずまき ナルトである俺も俺である。
俺はナルトを受け入れ一時的にせよ、仲間として扱い行動を共にしたサスケに礼を尽くしただけだ。そして切欠を与えただけだ、サスケが何を選ぶのか考える」
身体に渦巻く九尾のチャクラ。
全ての根源であり始まりであり、自分が自分たる所以である。

長年自分を殺し否定し、何もかもに埋没して死していく事ばかりを考えていた自分。
いや、そもそも自分と呼べるほどの自我があったのかは不明だ。
人形に徹し人形として捨てられるのだと考えていた。
ずっとずっと。
良くも悪くもこんな己の人格を『肯定』してくれた物好きによって、自分は自分で在ると悟るに至ったナルトである。

表の自分も裏の自分も己自身。
己を形作ってきたファクター。

それは恐らくこれ迄のサスケにも当て嵌まるだろう。

ルーキーの中で一番の能力を誇ったサスケ。
誰からも将来有望と判を押されていたサスケの下忍としての毎日だったのに。
奇しくもライバルに追い抜かれそうになり、その精神面での未熟さが露呈され。
奇妙なタイミングで再会した兄との一時的な戦いでサスケは悟ってしまった。

紛い物の強さと自分の在るべき姿を。

復讐の二文字を忘れかけていた自分を兄によって思い出した不甲斐無さ。をサスケは許せないのだ。
偶然矛先が、順調に力をつけたナルト(ドベ)に向いただけ。

 分らないか?
 昔のダメダメ三忍組も似たような馴れ合いを経て崩壊したんだろ?
 友愛だ忠誠だって騒ぎ立てても。
 願うものが、縋る拠り所が違えば袂は別つ。

 それにサスケが里で重要な位置を占める前に決めさせてやった方が親切というもの。

 大蛇丸みたいに三忍なんて呼ばれた後じゃ相当痛いぜ?
 サスケの抜けた穴を埋めるのは。

淡々と自分の考えを語ったナルトに自来也はついていけない。

「血迷ったか? ナルト!!」
咎める意味合いが強い口振りで思わずナルトを責めてしまう。

「血迷ってるのはアンタ達だろ、エロ仙人。
大体サスケがあれだけイタチに馬鹿にされて、大人しく里で燻ってる玉に見えるのか?
そうじゃないだろ。遅かれ早かれサスケは自分の能力の伸びに疑念を抱きより強大な力を欲し始める」
ナルトは対して気分を害した風も、怒った風もない。
怒れる自来也に対し冷静に対応していた。

「在りし日の大蛇丸の様に」
真っ赤なナルトの瞳が自来也へ据えられる。
自来也もうちは坊主が持つ傲慢さと、優秀さに胡坐を掻いた自尊心は大蛇丸に似ていると。
危惧していただけにナルトの指摘に反論は加えない。

「サスケがどう動くにせよ。誰を頼るにせよ。サスケの未来はサスケ自身が決めるものであって、里がお膳立てするものじゃない。
ドベの俺を仲間として扱ってくれたサスケに対する、俺の最大限の感謝の形だ」
ナルトの断言する顔の、瞳の。なんと力強い事か。
曖昧に誤魔化したりはしない。
仲間だから大丈夫だろうと。
信じているなんて一言も口に出さない。
在りのままを受け止めるべきだと云う。

「…………」
自来也は口を噤み奇妙な顔をしてナルトの次の言葉を待つ。

ナルトの言い分も分らないわけじゃない。
そもそも木の葉崩しの原因は自分達が問題を棚上げしていたからで。
九尾のせいでもナルトのせいでも、うちはのせいでもない。
だからといって大蛇丸に目をつけられた少年を追い詰めるのが『最大限の感謝』だとは。
ナルトの持つ尺度の大きさに今更ながらに自来也は草場の陰にすっこんでしまった弟子に。
恨み言の一つでも言ってやりたくなってしまう。
まぁ、言った所で逆に親馬鹿を発揮されるだけだろうが。

「もしそれでサスケが危険因子と成るなら、責任を持って俺がサスケを殺す。うちはの血に未練がましく縋ってるようじゃ里は復興しない。
意味が分らないエロ仙人じゃないだろう? それとも大蛇丸みたいに血統を重んじるか?」

仲間であるから選択の余地を与え、仲間であるからこの手で殺す。
昔のナルトからでは考えられない成長だ。

自来也にとっては笑えない成長だろうが。
血に頼っていては里は滅びる。

能力の高さだけで忍を構成すれば里は強くなるか?

答えは否である。

現にうちは一族は一族内部の人間の手で滅び、三忍と呼ばれた伝説は崩壊した。

強さを保つだけでは乗り越えられない高い壁がある。
自来也だってナルトに一々云われなくとも心の底では理解していた。
絆が足枷になる事を。

「俺、結構気に入ったんだぜ? エロ仙人が大蛇丸に言ったあの一言。
忍ってのは忍び耐えるモノ。忍の才能で一番重要なのは持ってる術の数じゃなくて。
絶対諦めないド根性を持ってるかどうか。だって言ったあの言葉」
ドベのナルトに対しての擁護と、自身の持論を振りかざした自来也の言質。
大蛇丸とは何もかも正反対な自来也らしい解釈だが、ナルトは気に入っている。
忍と忍の才能に対する自来也の認識を。

「名言じゃねぇ?」
グッと言葉に詰まった自来也に素に近い笑顔を浮かべ、ナルトは自来也に同意を求めた。

「大人には邪魔をさせない。アンタ達の都合で振り回されるのはもう沢山だ。
それで潰されるならサスケが逆に気の毒だろう。それすら理解できない阿呆じゃない筈だ」
人差し指だけを立てて左右に振るナルト。
「恨むなら俺を信頼して逝った、自分の馬鹿弟子と師匠を恨めよ?」
不意に悪戯っ子の『ナルト』の顔つきになって、ナルトがニシシと哂う。

自来也が大きく息を吐き出し肩を落とし。
手をヒラヒラ前後に振ってナルトに『しっしっ』なんてニュアンス混じりのジェスチャーを与えれば。

「じゃ、遠慮なく。俺はサクラちゃんとの『デート』に合流するかな」
しれっとした態度で自来也の追払いを受けて立ち。
瞬身の術を使って瞬きをする間に姿を消す。

自来也は演習場に佇み空を見上げた。

「わしには荷が重い子守じゃないか……面倒ごとばかり押し付けおって」
立派にひとり立ちした子供は驚くべき速度で自分を。
いや過去を凌駕していきそうだ。

漠然とした予感に身をゆだねながら、自来也は弟子と師に内心だけで悪態をついた。







ナルトが目指すのはサクラの元へ残してきたナルトの影分身。
影分身は強張った顔のサクラに『デート』に誘われ。
木の葉病院に程近い場所にある緑の多い公園の隅っこにある長椅子に腰掛けていた。

「それでサスケ君は……」
悔しさに声を震わせサクラが語っているのは、中忍試験の最中の話。
ナルトが気絶していた事になっている、あの呪印の話だ。
大蛇丸と遭遇した話を終えサクラは一息ついた。
ナルト本体は草陰で気配を絶ってサクラの空気を観察する。

 歳相応の心配と分不相応の考えだな、サクラちゃん。
 いつまでも『コドモ』じゃいられないのは、サクラちゃんが一番良く分かってるだろう?
 そしてサスケが『力』だけを求め出した事も。
 知っていて自分は何も出来ないって。
 何もしないうちから大人の思惑に乗せられるのって、それはどーよ?
 成人していないから年齢的には『コドモ』でも。
 その前に俺達は里から認められた正式な『忍』なんだぜ?

木の葉崩しを経験してサクラ自身も精神的に不安定なのかもしれない。
サスケの看病に明け暮れてある程度の『自己満足』を持ったかもしれないが。
サスケは誰も受け入れられなくなってしまっていた。
兄の一言によって。
知っているからこそナルトはサクラにも『選択』を与える。

 そう。
 残酷な選択かもしれないけど、甘んじて受け入れて貰う。
 そして、もし。
 サクラちゃんの心が向きを変えてくれたなら。
 とびきり素敵な先生を用意しておこう。

 流石にカカシ先生じゃこれ以上の教育は無理だからな。
 繊細なチャクラコントロール能力と幻術の才能。
 どれもカカシ先生にはないし。

一通り考察を纏めてからナルトは影分身と入れ替わった。
当然、現段階のサクラの能力では見抜ける代物ではない。

「大蛇丸。俺もこの間また会ったってばよ」
内容はどうあれ『ナルト』は大蛇丸と再び出会っているので、サクラに事実を伝える。
「え!!」
腰掛けていたサクラの腰が僅かに浮かび上がった。
「元三忍とかでやたら強えーし。アブねー奴だってばよ……」
具体的にどうだったか。
等は恐らく他の誰かから聞くか。
それとも五代目が判断して適当に情報を流してくれるだろう。

ナルトは常のナルトならこう説明するので今回もそのままで。
大蛇丸個人についてのみ語る。

「……」
ナルトの言い方にサクラの顔色がまた悪くなった。

 サスケが好きなんだろ?
 本当に好きなんだろ?
 忍としての誇りもオンナとしての自尊心だって持ってるんだろ?
 だったら……。

「大丈夫だってばよ!!」
青ざめていくサクラを気遣う態度を表面的に伴ってナルトは力強く断言した。

 サスケに与えるのと同じだけの感謝を。
 俺たる所以を教えてくれたサクラちゃんにも。

ナルトの心内を読んだなら、自来也・綱手のダメダメ三忍コンビは口を揃えて云うだろう。
なんて悪趣味な感謝の表し方なんだと。
生憎自来也はナルトに遣り込められたばかりだったし、綱手も五代目としての職務を遂行すべく忙しく働いている。

「サスケはあんな奴の誘いなんかには乗らねーし!! そんなことしなくても、すげー強えー奴だってばよ! 俺が保障する!!」

 張子の虎みたいな強さだけどな?

 サスケの危うさに気付かなかったとは言わせないぞ、サクラちゃん。
 俺達は三人一組で動いてきた『仲間』なんだから。

喋る言葉と考えは相変わらず噛み合っていないナルトを、咎められる者は誰一人いない。
実際の言葉をナルトの行動がサスケ・サクラに対する忠言だと悟れる者も。
新たな何かが起ころうとしていた。

半ば意図的に里最強の懐刀の手によって。



そしていよいよ里抜け前へ話が流れていきます。
原作では色々急展開なのですが、こちらはスローペースで。
ブラウザバックプリーズ