開眼
遅かったか!?
正体不明の敵を蹴り上げつつ子供は考えた。
呻き声を発し左肩を抑える同班の黒髪の少年。
その黒髪の少年の傍らで不安そうに顔色を確かめる少女。
緊迫する空気。
「サスケ君! サスケ君! しっかりして。……カカシ先生、アザの事は心配ないって言ってたのに」
そっと黒髪の少年=サスケを抱き起こし、少女は表情を曇らせた。
「サ……サクラちゃん」
サスケと少女=サクラの手前に居る金色頭の子供。少女の名を呼んだ。
「なによっ! ナルト」
ぐわっ。
内なる彼女が発動しそうな勢いでサクラは子供へ顔を向ける。
「こいつ……誰だってばよ!!?」
異形の姿をとる少年を指差す金色頭の子供=ナルト。
ナルトの疑問に答えたのはサクラとナルトを導いた忍犬パックンだった。
「姿形は変わっとるが、我愛羅とか言う奴じゃ」
クンクンと臭いを確かめるように嗅ぎ、パックンが言えばナルトは表情を引き締めた。
これが。バケモノと。
自らをバケモノと称した我愛羅の変形した姿。しかも……完全じゃない。
「ぐはっ」
呪印の力に押されサスケの身体に負荷がかかる。
口から血を吐き出すサスケ。
「……逃げるぞ! みんなってば」
マズイ。サスケも千鳥の連発したんだろう。
呪印がサスケのチャクラを滅茶苦茶に乱しながら増幅させて身体に負担を掛けている。
治療が先だ。
ナルトが切羽詰った声でサクラとサスケ。
おまけにパックンへ怒鳴る。
「死ね! うちはサスケ」
ナルトの反応よりも素早く。
我愛羅はサスケ目掛けて飛ぶ。
まるでスローモーションのように見えた。
サスケを横たえさせ身構えるサクラ。
到底我愛羅には敵わないのに。
大切な人間を護る決意に満ちた彼女の瞳は。
真っ直ぐに我愛羅をヒタと見据え逃げることはない。
我愛羅の巨大化した指先らしきものがサクラの身体を捉える。
そのまま勢いに任せ木の幹に縛り付けられるサクラの小さな身体。
ナルトの目の前で。
一コマ一コマが非常に緩慢なコマ送りのフィルムのように。
「サクラちゃん!」
我愛羅の足元からサスケを助け出し、ナルトは距離をとってサクラの名を呼ぶ。
俺の迷いが。……俺の迷いがサクラちゃんを巻き込んだ。
苦くて大きな塊が胸につかえて。
窒息してしまいそうだ。
ナルトは浅い呼吸を繰り返し我愛羅の次の手を待つ。
下手に刺激してサクラに害が及んではいけない。
「……どうした……逃げるんじゃなかったのか?」
孤独と修羅を知る我愛羅の眼(まなこ)は血走っていた。
「サスケ……くん……ナルト……」
弱々しいサクラの声。
意識を失っていないらしいが時間の問題。
ナルトは険しい顔つきで我愛羅を睨む。
「こいつらはお前にとって何だ」
「お……俺の大切な仲間だってばよ。これ以上ちっとでも傷つけてみやがれ。てめーぶっとばすぞ」
咄嗟にドベのナルトを装ってしまう。
ナルトは我愛羅へ半ば自棄のように怒鳴った。
俺も。俺も。近くない将来。
九尾に全てを奪われてしまったら。
あんな風に?
あんな風になってしまうのかもしれない。
人間じゃない。
人間ではいられない。
バケモノ。
バケモノの姿……俺が俺でなくなる。
なのにアイツは生き抜いて今俺の前に居る。
勝てるのか? 俺は。
「くっそー」
サクラを潰す腕に力を込めた我愛羅に飛び掛るナルト。
見え見えの攻撃は我愛羅の巨大な腕にあっさりと弾き返される。
葉が生い茂る枝に飛ばされたナルトは直ぐに起き上がり腕組みをした。
こうなったら。……ちょっと卑怯な気もするけど。
ナルトは手早く慣れた印を組み『口寄せ』の術を発動する。
呼び寄せるのは蝦蟇の中でも最凶の呼び名を持つ『ガマブン太』通称『オヤビン』だ。
ボフン。
ナルトの意に反して立ち上るは小さな煙。
「!!!!」
「なんじゃな! ガキじゃがな。用があるならオヤツくれーや。じゃねーと一緒に遊んじゃらんでー!」
大層偉そうな子蝦蟇が一匹。
頬杖をつきナルトを見上げる。
なんでガマ吉が出てくんだよ〜!!
流石のナルトも声なき絶叫。
悶えてしまう。
ガマ吉はドベのナルトの姿は知らない。
普段は本来の少女の姿で会っている為少年のナルトの姿は知らないのだ。
実はナルト。性別も素性も実力も偽るクールな忍。
理由あって現在は下忍などやっているが正に今は木の葉の里の一大事。
馬鹿正直に『ドベ』を装う必要はないのだが。
「俺ってばアレだー! お前らカエルって奴が大っキライじゃー!!」
(俺だよ、ナルト。なんでこんな時にガマ吉が出てくんだよ!危ないだろ!?)
素早くナルトがしゃがみ込みガマ吉へ怒鳴り散らす。
「なんじゃコラー! 両生類をなめんじゃねーぞー。アー?」
(なんじゃナルトか。奇妙な格好してんじゃの〜)
微妙にずれた感心と共にガマ吉は目の前の少年をナルトと認識した。
「ウォオオオオオォオ」
不気味な咆哮と共に我愛羅は姿を更に変化させる。
サクラを掴んだ腕の一部が切り離されサクラは砂の手によって木に固定されてしまう。
「オレを倒さなければあの女の砂は解けないぞ。それどころかあの砂は時が経つたび少しずつ締め付け、いずれあの女を殺す!」
舌打ちするナルトを不思議そうに見上げるガマ吉。
ガマ吉が口を開きかけるが、我愛羅の攻撃の方が早かった。
「砂手裏剣」
ナルトはガマ吉の身体を懐へしまいこみ後方へ飛び退る。
身体を丸めれば我愛羅の放つ砂手裏剣がナルトを襲う。
どうしたら……いい? 嫌でも分かってしまうのに。
一人ぼっちの孤独。認めてもらえない苦しさ。
存在すら赦されない禁忌の存在。
全ての苦しみが手に取るように。
俺には分かる。
「どうしたナルト? らしくねーじゃねーが?」
ガマ吉はナルトの実力を知るだけに不審そうだ。
言われたナルトは変貌した我愛羅の瞳に宿る孤独に身体を竦ませる。
あの瞳は。孤独を知り人の心の闇を知る者の瞳。
俺と同じものを見てきた……そう感じる。
きっと俺と同じように。
大人を信じず誰も信じず己の拳だけを信じて生き抜いてきたんだ。
躊躇うナルトを揶揄するように次々に攻撃する我愛羅。
ナルトは一方的に我愛羅の術を身に浴びつつも立ち上がる。
「……でも」
そう。なんでかコイツにだけは負けたくない。
真っ向からコイツの『何かを』ブチ破らなきゃならない。
俺の天鳴の血が。
俺自身の忍としての本能が告げている。
「ボカン!」
影分身の術を多用して我愛羅に起爆札つきのクナイを突き立てた。
我愛羅の尾尻に吹き飛ばされ呟く言葉と同じタイミングで爆発する札。
飛ばされたナルトを身を挺して受け止めるサスケ。
爆発が収まり、崩れた身体を保つ我愛羅の姿が。
ナルトの目の前にあった。
やっぱり。小手先だけの攻撃じゃ崩れないな。あの砂は。
よろめく我愛羅を冷静に観察してナルトは目を伏せた。
「へっ……ようやくお前らしくなってきたが……あんだけやっといてやっと一発かよ。しっかりやれよ。今回ばかりは波の国の時みたいに助けてやれねーぞ、ウスラトンカチ」
呪印に身体半分を支配され苦痛に歪むサスケの顔。
けれど口をついて出るのは、いつものナルトへの悪態で。
ナルトは泣き出しそうな想いで笑う。
「う……うるせーってばよ」
だから。『ナルトの口調』で応じた。
危機だから。
実はサスケが自分より格下だから。
なんて理由で素の己を見せたくない。
心のどこかで。
拒絶されることへの恐怖もあるのかもしれない。
「おい……ナルト」
不意にサスケが真顔に戻った。
「サクラは意地でもお前が助け出せ。……お前ならやれる! ……そして助けたら。サクラ担いでさっさと逃げろ……少しなら今の俺でも足止めできる」
フラつく身体を無理矢理起こし。サスケは立ち上がる。
「俺は一度全てを失った。もう……俺の前で『大切な仲間』が死ぬのは……見たくない」
……大切な、仲間。
ナルトは隣のサスケを見る。
ナルトを庇い波の国で霧隠れの攻撃を受けたサスケ。
《オレの仲間は絶対、殺させはしなーいよ!》
いつぞや担当上忍が笑えない状況下で笑って言い切った言葉。
我愛羅に及ばないと分かっていながら身を挺してサスケを庇ったサクラ。
「……そっか。そうだよな」
《真に大切な人のために戦うこと。忘れてはならんぞ? のう? ナルや》
皺だらけの顔を皺くちゃにして微笑んだナルトの影の保護者。
保護者も己の護る人のために死闘を尽くしている。かつての弟子と。
「……自分に似てるから。同じような寂しさとか。悲しさとか、感じて生きていたから。孤独の中で戦い続けてたアイツに俺自身を重ねていた」
迷いは。ない。
ナルトの雰囲気がガラッと変化したことにサスケは驚く。
「でも。本当に強いってのはそんなことじゃない。自分の為だけに戦ったって。本当に強くなんかなれないんだよ」
《……君には大切な人がいますか?》
自分に言い聞かせるようにナルトは淡々と言う。
ナルトの胸中をよぎるのは同じ『血継限界』の身を持つ心優しき少年。
彼の声が蘇る。
《人は……大切な何かを守りたいと思った時に》
儚い微笑を湛えて少年は教えてくれたではないか。
何も持たないと。
頑なに信じ込んでいた自分の手には持ちきれないほどの。
《本当に強くなれるものなんです》
大切なモノ達。
人であったり場所であったり。送られた品物であったり。大切な大切な。
俺自身が手放せないと感じるモノ達。
「ナルト?」
サスケが何度か瞬きした。
目の前のナルトはいつものナルトと少し違う。
上手く表現できないが、いつものナルトが『太陽』ならば今のナルトは『月』
身に纏う雰囲気が正反対だ。
「悪いがこっちも時間がないみたいだし? 俺もそろそろ本気でいかせてもらうよ」
おおよそナルトらしくない薄笑い。
迷いを断ち切った瞳は我愛羅の瞳を捉える。
「強がりを」
我愛羅は短く答えた。
「強がりかどうか、その身に浴びて感じればいい」
挑発的な我愛羅の言葉には応じず、ナルトは落ち着き払っている。
ハッタリや口からの出任せなどではない。己の力の自信に裏打ちされた忍の言葉。
「ナルト、お前……一体!?」
豹変したナルトに驚きを隠せない。サスケは激しく動揺した。
「……ごめんな、サスケ。でもサクラちゃんは必ず俺が助ける。信じて欲しい」
ナルトは困ったような顔でサスケに詫びる。
「さあ、我愛羅。始めようか?木の葉の里の忍の強さ、骨の髄まで味わせてやるよ」
凄まじい殺気を放ちナルトは我愛羅へ感情の篭らぬ顔を見せた。
後半へ続く
|