開眼  後編

 こいつが……『あの』ナルトだと!?

肩で息をしながら黒髪少年は思った。

落ち着き払った態度。
異形の変化を遂げた我愛羅を前にしても自信たっぷりで。
いつもの『ドベなナルト』が見せる強がりではない。
幾度もの修羅場を潜り抜けた、己達の担当上忍のように。余裕綽々の態度。

「危ないから下がっていて。パックン、サスケと一緒に後ろで」
例の耳につく『だってばよ』口調がない。
普通の子供のように標準的な言葉を操る。
黒髪少年サスケの困惑は増すばかり。
「心得た」
名を呼ばれた犬。
パックンは成る程忍犬。
カカシに仕えるだけあって何も聞かずにサスケと共に後退した。

「多重影分身の術」
膨れ上がるナルトのチャクラ。
きっかりニ千人分の影分身が所狭しと現れ、我愛羅を中心にして取り囲む。

「な……なんだこの分身の数は!?」
崩れた砂の身体はそのままに我愛羅は呟く。

「な……なんなのよ。コレ」
戦いの行方を見守るテマリも驚きに目を見張る。

「なんとこれは……すごい……」
ナルトから指示され後方に下がったパックンも口をあんぐりあけ呆然と。
表現する言葉が見当たらないらしく口を濁す。

「飛べ」
ナルト(本体)が右手を高々と掲げる。
「おお!」
無数のナルトが一斉に我愛羅へ飛び掛った。
「水遁付き影手裏の術!」
複雑な印を手早く組みナルトは水を含んだ手裏剣を我愛羅へ投げる。
我愛羅は巨大な両腕を左右に振り払い手裏剣を跳ね除けた。
が、水分を含んだ手裏剣のいくつかは我愛羅の身体へ突き刺さる。
「雷遁! 迅雷術」
水の筋が流れる我愛羅の身体へ次は雷が牙をむく。
俄に暗雲立ち込め稲光が轟く。
我愛羅が身構えるより前に雷が手裏剣へ降り注いだ。
「グァアアアアアア」
煙立つ我愛羅の身体。苦悶する我愛羅にテマリは改めて驚きと畏怖の視線をナルトへ向けた。
ちなみにナルトの足元には小さな蝦蟇が一匹。
寄り添っている。
「やるがな、ナルト」
「サンキュ、ガマ吉」
ニヤリ。
子蝦蟇が親指を立てればナルトも笑顔で応じる。
悪戯を共有する子供のような笑みだがナルトに隙はない。
無邪気な雰囲気に騙されて我武者羅につっ込めば倒されるのは確実。
我愛羅も無意識に感じ取り力の入らない肢体を辛うじて支え立ち尽くす。
「砂手裏剣」
「土遁防御陣」
苦し紛れに我愛羅が砂手裏剣を繰り出すも、ナルトが呼び出した土壁に阻まれた。

「なぜだ。下忍が扱える忍術じゃない……」
テマリが一人心地に言った。中忍であってもあれだけの多彩な術は扱えまい。
本来の術との相性もある。
テマリ達砂隠れの忍びが『砂・風』系の術と相性が良いように。
忍としての資質+本来の持つ気性と相俟って使える術は当然限られる。

「いくぜ?」
雷で動きが封じられた我愛羅へ冷笑を浮かべナルトは宣言した。
木々に止まりナルトの次なる指示を待つ分身たちは再度一斉に飛翔。
我愛羅目掛けて拳を振りかざす。

「グッ……」
凄まじいレベルの術を喰らい動きが取れない我愛羅の身体は、数人の影分身に蹴り上げられ空へ舞う。
「ナルト二千連弾!」
凄まじい量の拳。
付属して視覚で認知できる拳のチャクラ。
桁違いの強さ。
二人のナルトが宙を舞う我愛羅を地面へ向け蹴り付けた。

「ぐ……こ…こいつ一体何者だ……。急に……」
地面に激突し伏したままで我愛羅が呻いた。

 まだまだだ。完膚なきまでに叩きのめして証明してみせる。
 白の言葉を……ジジイのシノの想いを真実とする為にも。

「こんなもんじゃないよ?今度は両手足を使って四千連弾。お見舞いしてやるよ」
ナルトが言えば影分身達は三度目の飛翔。
完全にナルトペースだ。
「負けるはずがあるかァァァ」
ついに。
全ての激情を解き放つ我愛羅の姿は小山ほどもある狸の姿へ。
砂の忍が『完全体』と呼び恐れる最終形態だ。
二千人分のナルトを吹き飛ばし、影分身を消失させる。
「敵もなかなかやるがな」
ゲコ。呑気にガマ吉が木の枝へ戻ったナルトの傍で鳴いた。
ナルトは微苦笑して巨大砂狸を見上げる。

 あれが我愛羅に潜むバケモノか。大きいな。

豹変した我愛羅に恐怖を抱くのかサスケが背後で深呼吸をしている。
パックンは言葉もなく固唾を飲んで二人の戦いを見守る。
テマリも恐怖に青ざめた顔で砂の狸を見上げた。

「ガマ吉? あんまり油断するな」
ナルトがそっとガマ吉の頭を撫でた瞬間、無数の砂がナルトの身体を取り巻く。
「!!」
咄嗟にガマ吉を抱き上げ服の中へかくまう。
その間も我愛羅の意志によって操られた砂がナルトへ牙をむく。

「この姿を晒すまで追い込まれるとはな……しかしこれでもう終わりだ」
砂の狸が低い声を周囲に轟かせ言った。
砂に身体を包まれた状態のナルトの姿は外からでは見ることが出来ない。

「ナルト!!」
思わずサスケは叫んでいた。

ガラリと雰囲気を変えたナルトだが本質は変化がない。
何処か間の抜けた気の良い子供。
真っ直ぐ前だけを見詰めて駆け抜ける子供。
……少し前までは見下していた子供。
少なくともサスケはこう感じていた。

「口寄せの術!」
ナルトを取り囲む砂の塊は四散。
打って変わって巨大な蝦蟇が一匹。
頭にナルトを乗せた状態で出現する。

「なんじゃワリァ」
少年姿のナルトを知らない巨大蝦蟇。
息子ガマ吉と同じ質問を繰り出すのはご愛嬌かもしれない。

「俺だよ、ナルト。……オヤビン、一緒に戦って欲しいんだけど」

くい。

ナルトは顎先で目先の砂狸を示す。
オヤビンは巨大な眼球を細め、まじまじと巨大砂狸を見た。
心当たりがあるようなオヤビン、少々迷惑そうな面持ちとなる。

「どうしようかのォ」
この緊急時に悠長にキセルをプカプカふかして思案顔。
オヤビン。ナルトに負けず劣らず良い性格をしているらしい。
ナルトの額に青筋が浮かんだ。

 オヤビンとは決着をつけておくべきだった……。
 あの時に完膚なきまでに叩き潰して主従関係を築いておけば。
 悔やんでも仕方ない。
 今からオヤビンを叩きのめすか?けど、砂狸も黙ってはいないだろうし。

ナルトも然る者。平然と頭の中で無謀とも取れる考えをめぐらし思案する。

「そんなこと言わんと。ナルトの言うこと聞いちゃってーな、オヤジ。オレ、ナルトに助けられたんじゃけん」
ナルトの上着の間からガマ吉が顔を出した。
器用にナルトの肩を経由して、定位置であるナルトの頭へ飛び乗る。
「何でお前がこんなとこおるんじゃ、ガマ吉」
「ヒマじゃけん遊びに出てきたんじゃ。それよりアイツが、オレいじめようとしたんじゃ!」

 ビシ。

ガマ吉は遠慮も容赦も躊躇いもなく前足で砂狸を指し示した。
ナルトを気に入るガマ吉としては経緯は知らないが、さっさと戦いを終わらせてナルトと遊びたいのである。
ガマ吉の思惑通り、途端にオヤビンの顔つきが豹変した。

「なんじゃてェー!!?」
低いドスの利いた声。
オヤビンは砂狸をねめつけた。

「ナルト、仁義きっちり見せたるわい!!」
どうやら本気(マジ)モードになったオヤビンが背中のドスへ手を伸ばす。

「……親馬鹿」
ナルトは呆れて呟いた。
「ナルトのトコもおなじじゃけん」
小さな呟きを聞いたガマ吉が律儀にナルトへつっ込んだ。
ナルトは反論せずに乾いた笑みを浮かべる。

すかさずオヤビンは十八番である『蝦蟇ドス斬』を砂狸へお見舞いした。
切り離される砂狸の後ろ足部分。
森の中へ突き刺さるドス。

「面白い! 面白いぞ! うずまきナルト。ここまで楽しませてくれた礼だ。砂の化身の本当の力を見せてやる」
嘲笑と共に砂狸頭上に上半身を現す我愛羅。
印を組みだす我愛羅に、ナルトとオヤビンは体制を整えた。

「不眠病と守鶴。関係アリでしょ?」
ナルトは我愛羅を見据えオヤビンへ尋ねた。

「化け狸に取り憑かれると一夜とて満足に寝ることが出来んようになる。
恐ろしゅーてな?
寝てしもーたらじわじわと人格を守鶴に食われて、自分が自分でのーなってしまうんじゃ。
……いずれはな」
「ふぅん。普段は媒体である我愛羅が無意識に守鶴を恐れ、力を押さえ込んでいる。
眠らないことで。だけど……我愛羅が眠りにつけば身に潜む狸がお目覚めって訳」

我愛羅がなんらかの術を発動させるのを止めもせず、ナルトは傍観する。
本当の力を見せると言った我愛羅がどのような術を使うか大方の予想はついている。
焦ってはいけない。

「狸寝入りの術」

「やっぱり」
意識を失い力なく上半身を折り曲げる我愛羅にナルトは嘆息。
目覚めた守鶴の頭の悪そうな口調も気に障るわで機嫌は急下降だ。

「跳ぶぞ!」
守鶴が吐き出す風遁の術。
巨体から放つ空気玉は半端じゃない威力を持つ。
察したオヤビンが空高く跳んだ。

「水遁! 鉄砲玉!」
両頬をプクリと膨らませてオヤビンが放つ水遁術。
矢張り守鶴と同じ大きさの躯体を持つ蝦蟇から放つ水の固まりは巨大で。
負けじと守鶴も天へ向け腹鼓。空気の塊を打ち出す。ぶつかり合う水と空気。
反発して崩れ。
局地的に水が森へと零れ落ちた。

空気の塊一発は蝦蟇を捕らえ、巨大な圧力と共に弾ける。

「オヤビン、アレをたたき起こせばなんとかなる? 術を妨害すれば守鶴はアレの中へ戻るよね?」

 いくらオヤビンだって。あの空気攻撃を何発も受けてはいられない。
 それに……森にはサクラちゃんやサスケもいるし。
 巻き込みたくない。短期で決着つけないと。

「行けるか? ナルト」
「俺を誰だと思ってるの?」
オヤビンの問いかけにナルトは哂った。

九尾のチャクラを利用して呼び出したオヤビンに陽動役を頼み、ナルトは自身のチャクラで影分身。
分身をオヤビンの頭へ残し、目にも留まらぬ速さで守鶴の頭上へ舞い上がった。

「!?」
守鶴がナルトの本体に気がついた時には既に解き遅く。
ナルトは渾身の力を込め我愛羅の後頭部をぶちのめした。
チャクラの込めすぎで額当てが外れ、上着もジッパーが壊れる。

「これ以上仲間は犠牲にはしない! 俺の忍道だ」
叫び、仰け反る我愛羅の上半身にナルトが間髪入れず額で頭突きをお見舞いした。
ナルトとしては深く考えずに我愛羅の脳へ衝撃を与え覚醒を促そうと考えたのだ。

我愛羅の額から。

ナルトの額から流れる血。


ヒビが入り我愛羅が形成していた砂の狸は崩れ落ちた。





「勝負あったな」
「やったがな! ナルト」
蝦蟇親子がナルトの勝利に満足げにうなずいた。


蝦蟇親子大好きですvv広島弁が詳しければもっと会話させたい(きっと調べて努力すれば広島弁もマスターできるのでしょうが根性が無い)戦闘描写がチャチイのは私の力不足。がくり。ブラウザバックプリーズ