夢見るお年頃?



木の葉の里。
忍術アカデミー。放課後。

やる気のない天才少年は傍らの『万年ドベ』少年をチラリと見た。

これはこの『やる気のない天才少年』に降りかかる悲劇(?)の一部始終である。


少年視点。

「頑張れナルト。後もう少しだ」
『超問題児・うずまき ナルト』の担任『うみの イルカ』
心優しき中忍は愚図るナルトを宥めすかし、追試が終了するのを今か今かと待ち受ける。

「イルカせんせぇ〜、これってば難しくない?」

追試の解答用紙。
殆ど空欄のそれをヒラヒラ振り、ナルトは頬を膨らませる。

絵に描いたような『劣等生』

「難しい訳ないだろ! 今までの復習だぞ」
わしゃわしゃナルトの頭を撫で、イルカは額に青筋を浮かべた。

「終わりました」
いい加減師弟愛(?)も見飽きたので、少年は解答用紙をイルカへ突きつける。

「あ、そうか。じゃ、帰っていいぞ」
すっかり彼の存在を忘れきっていたイルカは、やや顔をこわばらせて少年へ言った。
「気をつけてな、シカマル」
「さようなら、イルカ先生」
オプションに軽い会釈を付け、少年『奈良 シカマル』は教室を後にした。

否。

そうするつもりであった。

教室のドアを開き、廊下へ出る。
殆ど見落としがちな教室へ通じるドアの真上付近。
濃紺色の蝶が中の様子を窺うようにヒラヒラ舞っていた。

「?」

後ろ手で教室のドアを閉じつつ蝶を凝視。

シカマルは憮然とした表情で周囲の気配を探る。
蝶は明らかに意志を持ち教室内部を観察しているのだ。
操っている人物が近くにいるわけがない。

だろうが、探ってみたくなるのは普段の面白みにかける毎日から少しでも逃れたい為か。
単に好奇心なのか。

平穏無事がモットーの己らしからぬ感情。

暫し熟考。

シカマルは顎に手をあて考えた後、何事もなかった風に廊下を抜け忍術アカデミーの門を潜った。

数十分後。

心底嬉しそうに笑うナルトと、手を繋いで歩くイルカが忍術アカデミーの門へ到達。
「イルカせんせー、約束だってばよ」
空いている片方の手。
右手の小指を差し出し、ナルトは上機嫌。
イルカもつられるように笑い、同じく空いている手の小指を差し出した。
「ゆーびきりげーんまん……」
少し調子の外れたナルトの歌声。
勢いをつけて小指の絡まった部分をふれば、イルカに咎められたりして。

まあ、元気爆発というか有り余る体力というか。
無無駄に動く。
まるで見えない誰かにアピールするかのように。

シカマルは門傍の巨木の上から下の様子を静観する。
目に付いた濃紺の蝶もナルトから少し離れたところで舞っている。
イルカですら蝶の不審な動きに気が付く気配がない。

 益々もって怪しいじゃねーか。

面倒ごとは嫌いだ。
ただ、あの『うずまき』が時折見せるガラス玉のような瞳。
ともすれば見落とすそれを、何度かシカマルは目撃していた。


 同級生になじられる時。

 イルカ以外の教師に叱られる時。

 ライバル視する、うちはと言い争う時。

 全てを見透かしたかのように。

 その『悪戯小僧』は達観した調子で、嵐をやり過ごす。


シカマルは『現実主義』で、決して『ご都合主義』ではない。
同じ『イケてない派』だと思っていたナルトが時折見せる不可思議な表情。
普通なら見過ごす少年の、あの顔。

だからこそ、この胸に沸いた幾ばくかの不可解のモトを確かめてみたい。
そう考えるのも致し方ないのだ。

蝶に悟られずにその目的を探る。
シカマルは先生生徒の遣り取りを黙って見守った。

「明日ナルトの家まで迎えに行くから。大人しく待っていろよ」
愛情の篭った眼差し。イルカはナルトにもう一度微笑み、アカデミーへ戻って行った。
「イルカせんせぇ〜、また明日だってばよ」
ナルトも両腕を大袈裟に振ってイルカの背に声をかける。

どうやら『一楽ラーメンを奢る』約束は明日に持ち越されたようだ。

  なんだ?

イルカは校舎に消えるし、ナルトは夕日をバックに帰宅。
ごくごく普通の光景に、シカマルは一瞬だけ落胆する。
が、濃紺色の蝶が別方向に移動を開始した。
あれほどナルトの周囲を舞っていたのに、今はナルトの家とは別方向に飛ぶ。

小さくなるナルトの後姿。逆方向へ飛んでゆく蝶。

シカマルは両方を交互に見て、それから蝶を追い始めた。

一見すれば野性の普通の蝶。
濃紺色がやや珍しい程度で、近くの森などに分け入れば当然入手は可能。
それがフラフラと、無秩序に舞っているようで実はそうではない。

シカマルほどの計算力を持つ子供だからこそ、見抜けた事実。
ある規則性に沿って蝶は道端を飛び、捕獲されないよう気配を消す。
只の野生の蝶が、そんな細かい芸当をするだろうか?

 否。

知らず知らずのうちに口許に笑みが浮かぶ。
蝶はただひたすらに、ある一点を目指して飛行を続けた。

荘厳な門構え。
目に見えぬ見張り数名。敷居の高いその家は……。

「火影屋敷……」
向かいの住宅影から蝶が火影屋敷に吸い込まれたのを確かめ、シカマルは眉を潜めた。

 どーしたもんかね。

シカマル自身、危険を犯してまで蝶の謎を追おうという気持ちはない。
安穏とした老後を望む平和主義者なので、十一歳の命を懸けてまで屋敷に忍び込もうとは考えていない。

 帰るか、今日は。

無無理なものは無理。
自分を知りうるからこそ出せる結論であり、決断でもある。
早々に諦めてシカマルは踵を返した。

直後。
「!?」
シカマルが察知できなかった気配。
長身で、仮面を身につけた人物はシカマルを抱え飛んだ。
通称『暗部』と呼ばれる忍で、今のシカマルでは到底太刀打ちできない。

 好奇心が身を滅ぼしたのか……。短かったな、オレの人生。

暗部の男に抱え上げられいずこかへ連行されつつ、シカマルは最速で諦めていた。
中庭のような場所に着地。
男は広い屋敷の一角にシカマルを押し込める。

表現は悪いが、扱いは悪くない。

出入り口を閉じただけで、シカマルを拘束していないからだ。
装備も取り上げず、タダ放り込んだだけ。

「あー、なんだかなぁ」
シカマルはぼやく。

窓一つない暗い闇の中。
慣れてきた目で部屋を眺めれば、人の影。
流石に驚いてシカマルはクナイを手に身構えた。
「不審な動きを見せるなら始末する」
聞き覚えのある声とクナイを握る己の右手にとまった蜂。
シカマルは自分が罠に飛び込んだ事実を悟った。
「油女 シノ……か」
闇に浮かび上がる影が人の形を作り上げる。

特徴的な黒い丸眼鏡。
口許を覆う襟の高い上着。
表情をうかがい知ることは出来ない油女の嫡男。
うちはの末裔とは違った天才肌。

シカマルは右手の力を緩め、クナイを地面に落とす。
両手を肩より上に挙げ降参のポーズ。
密室の中、まともに遣り合えばシカマルが不利。

「何故?」
シノはシカマルに向き合うと短く尋ねる。シカマルは曖昧な表情で首を傾げた。
「蝶……が。なんとなく目に入ってな」

ナルトを引き合いに出すのは多分、マズイ。
シノと接点を持たないシカマルだが、蟲使いがナルトへ見せた笑みを忘れてはいなかった。
あれは、あの笑みは『特別』。シノがナルトを『特別視』している視線。

「そうか」
何処を納得したかは不明だが、シノはうなずく。

「?」

 俺が思うのもなんだけど、こいつは俺の言い訳のどの部分を納得したんだ!?

無意識にシノを食い入るように見るシカマル。
不躾なシカマルの視線に、逆にシノが怪訝そうな態度で首を傾げた。

沈黙。

二人とも同級生ではあるが、接点はない。
よって、空間を共有しても話す言葉がない。
しかもシカマルの右手には蜂が一匹。まだ張り付いている。

「……魅入られたか」
諦めた口調のシノ。
「ハァ?」
シカマルが間抜けた返事を返す。
「真実は己の目で確かめるが良い」
シノの言葉に、シカマルの右手の甲から蜂が飛び去る。
助かった安堵感から、シカマルは気だるげに床へ座り込んだ。

 た、助かった?

「ついて来い」
シノは一見何の変哲もない壁を開いた。
俗に言う仕掛け扉で、先の様子は分からない。通路も真っ暗だ。
「……めんどくせーな」

天才少年、別名天災少年 奈良 シカマル。

思わぬところで泥沼に足を突っ込んでしまうとは。彼自身、想像も及ばないのである。


後半へ続く。


捏造って素敵。・・・あくまで自己満足ですので怒らないで下さいね。ブラウザバックプリーズ。