夢見るお年頃?  後編


薄暗い通路を歩くシノとシカマル。
シカマルとしては不可抗力に近いこの状況に辟易していた。

 確かに。
 『うずまき』は意外性あるし、あれだけ大人に嫌われてるのも気にかかる。
 が、なんで今、オレはシノと一緒なんだ?

ぶちぶち内心で愚痴りまくり。
シカマルは通路の奥の部屋に通された。

無言のシノに連れられ(連行されて)シカマルがたどり着いた場所。

内装質素な書斎。
隠し通路の扉の向こうには、三代目火影、その人の姿があった。
シノが音もなく戸を開け放ち、シカマルが後に続く。
「来たか」
眼光鋭く火影が顔を上げる。
「!?」
シノが慌ててシカマルの身体を突き飛ばした。

 タ タタタ タンッ。

小気味の良い音共に、クナイが何かに刺さった音が聞こえる。

「失礼します」
同い年くらいの少女の声。

肩くらいまで掛かる金糸。
金色睫毛も美しく、部屋に灯った蝋燭の光を反射して。
伏目がちの瞳は湖面のような蒼き輝きをたたえる。
髪の色と瞳の色を調和させる肌の色は白磁。

儚く脆い印象を受ける細身の体から放たれる、極度の殺気。

 う、動けねぇぇ。

シカマルは少女を観察したまではいいものの、少女の放つ殺気に当てられ動く事ができない。
指先一本でさえ。
「……ナル」
火影が嘆息して少女を手招きする。
トレードマークの笠にクナイを十数本刺さった状態の火影に、今更ながらシカマルは気がついた。
「つい手元が滑って」
パンパンと、少女はクナイの入っている手裏剣ホスルスターの納まった大腿部を叩く。

悪びれた様子は、ない。

「件(くだん)の用件、何故受け入れぬ?」
火影がチラリとシカマルを一瞥した。
少女は無表情のまま両手を広げておどける。
「火影様の命令とあらば従います。手の内を、教えて差し上げればよろしいじゃないですか?」
取り付く島もない。
素っ気無い少女の意見に火影は頭を左右に振った。
「下手に動くなよ」
シノとしての忠告(?)を耳に、シカマルは立ち上がる。
火影がシカマルを見据え、黙ってうなずくので火影が座る椅子の前まで歩み寄った。
「実はな。うずまき ナルトは九尾の狐の器なんじゃ」
明日の天気を話す気安さで、火影、爆弾投下。

「へー、あのナルトが九尾の狐の器ねぇ……って、はぁっ!?」
相槌を打とうとして失敗。
シカマルは大口を開けたまま固まる。
「四代目火影は狐を仕留めることが出来なかった。それで、封印することとなった。その器として選ばれたのがナルトじゃ」
どこか遠い瞳を宙に向け、火影が語り始めた。
「里中の憎しみと怒りをぶつける対象となった子供」
感慨もなく。
不意に少女が嘲るように呟いた。
ムッとしたシカマルは眉間に皺を寄せるも無言を通す。
「緘口令を引いてはおるが、里は未だに怯えている。狐の影に。
そして何等咎のないナルトを虐げるのだ。……だが、わしは四代目の遺志を無駄にできん。
ナルトを出来うる限り守り抜く」
「……ハァ。成る程ね」
シカマルは察した。

大人達がナルトを冷遇する理不尽。
唯一、担任教師と火影だけがナルトと接する理由。
大人の影響を受けた子供が無意味にナルトを苛める意味。

ナルトが寂しさを隠れ蓑に、悪戯ばかりを続ける……意図。

「でも無理みたいだな。ナルトは現に虐げられている。本人は知っているのか? 勝手に器にされて意味も分からず冷たく当られたんじゃ、たまんねーよな」
同い年のシカマルとしては人事じゃない。
素質があったなら、自分だって『器』にされたかもしれない。
何もナルトだけに降りかかった問題じゃない。

 ヤベッ。
 シリアスなんてキャラじゃないよな〜、俺の。

考えて、思わず苦笑するシカマル。
そんな少年を火影は興味深そうに眺めていた。

「今までこの事実を知った者達はことごとく、記憶を封印しておる」
両手を組みその上に顎を乗せた火影、シカマルの出方を窺う。

「……ナルト自身への嫌悪を回避すること。
表面上は正義を掲げる木の葉の里への忠誠心を喪失させないこと。
この二つを守る為だろ? メンドーなこった」
最速興味を失くしたシカマルは、肩の力を抜いた。

「好きにすれば? 別にオレには意味がないし。ナルトはナルトだろ? 流石に九尾が化けてるとか言われたら考えるけどな」
ダルダル態度丸出しのシカマルは、火影に結論を促した。
「本当に?」
少女がシカマルの顔を覗きこむ。
「あの子は化物よ? いつ封印が解けて九尾が逃げ出すか分からない。
里の大人が言うように、極力関らないで無視していればいいじゃない。
貴方、頭は良さそうだし、分からないわけじゃないでしょう?」
シカマルは困惑気味に少女を見返す。
「あー、なんだ。ナルトはあれで見所あるぜ。時々こっちが驚くくらい醒めた目をしてやがる。そのくせ逃げない、負けず嫌い」
他人を、しかもナルトを褒めるのは柄じゃない。
シカマルは少々照れて頭をかいた。

「ふぅん。そんなもの?」
「生憎オレにはわからねーな、九尾への憎しみは。
確かに悲劇だっただろうけど、それにしがみついてばかりじゃいらんねーだろ。
憎む感情を保ち続けるなんざ、里の大人達も暇なんだとしか言い様がねえよ」
どんなに冷遇されても努力を続けるナルト。
頭が抜けてるのは少々ご愛嬌だが、境遇だけで相手を判断する程、シカマルも腐っちゃいない。

「ふむ、合格」
徐に火影が言った。

 はいはい。そちらさんの意図は分かりましたよ。

シカマルはバラバラのピースがやっと埋まり、したり顔。

傍観者に徹していたシノが、恨めしそうに火影を睨み少女の反応を見守っている。
少女は少々気分を害したようで火影を睨んだ。
「ナルトだろ? なんで女の格好してるか分からないけど、随分上手く誤魔化してんだな。いつも『ドベ』のフリして、ご苦労なこった」
少女は一瞬だけ眉を潜めるがすぐに無表情に戻る。
シカマルを真っ直ぐ見詰め、唇の端を持ち上げた。

「九尾を封印し続けるにはチャクラがいる。四代目がどれ程封印をしようが、九尾の力を消滅させることは不可能だ。そのチャクラを持ち、九尾を身に宿し続ける存在」

少女の身も凍るような笑みにシカマルは戦慄した。

「それが当時の俺で、才能溢れまくりの天才児。
数年後……三代目火影は俺の存在を憂慮した。力のある『九尾の器』である子供。
もし、その子供の実力が人目に触れでもしたら?」

「処分」

少女の声にシノが合いの手を入れる。

「そう。だから三代目は俺の存在を影とした。『うずまき ナルト』なる少年を作り上げ、彼を『表』として」少しばかり読みがはずれ、シカマルは悲鳴を上げた。
少女の殺気は怖いが不思議と殺される気がしない。
シカマルの錯覚かもしれないが、少女は自分との会話を楽しんでいる。……ように見える。
「めんどくせーことしてるんだな、ナルト」  

 自分が同じ立場なら、どうするだろうか。
 息が詰まって死んでしまうかもしれない。
 二重生活。
 保護者の三代目火影。

かなり失礼なことを本気で考え、シカマルはため息をついた。

「面倒だね」
少女が大人びた仕草で肩をすくめた。
「じいちゃん。どうしてシカマルを巻き込んだ?」
少女は火影を見て断定的に言った。
「どういう意味じゃ」
「俺の目は節穴じゃない。じいちゃんはシカマルの父親経由でシカマルに指令を出した。
『今日の小テストはわざと間違えろ。出来れば追試を受けるくらい』ってね」
ナルトの言葉に火影の片眉が持ち上がった。
「シカマルは面倒だとは思うだろうけど、父親の言うことくらい聞いて大人しく追試組みに混ざる。つまりは俺と」
能面のような少女の顔。
一切合財の感情を切り捨てた『素』の表情は、なんとさめざめしいことか。

「相変わらず『ドベ』な俺と優しいイルカ先生。遣り取りを見て飽きたシカマルは教室を出る。
そしてそこで気が付く。シノの操る『蝶』の姿に。
回りくどいことして、シカマルを屋敷までおびき出して……どうするつもり?」

殺気でも漂わせれば威嚇になるだろうか?

それとも今のナルトのように、あらゆる気配を殺し、淡々と用件のみを切り出すべきか。

どちらがより相手にとっての圧力なりうるかは一目瞭然。
相手が火影であれば効果は半減するが。
「お主らが下忍となり表舞台に上がるにあたり、わしが考えた。この者の頭脳はお主らの役に立つ」
ニヤリと笑う火影。

クナイは笠に刺さったまま。
動揺の欠片も見当たらない。

流石は爺。
長年生きぬいた忍としての経験は無駄でないようだ。

「どうするかはお主ら次第じゃ。ナルトの好きなようにすれば良い」
火影は口を開きかける少女を制し、決定を下す。
少女は明らかに戸惑っていて難しい顔をして考え込んでいる。
「不本意だが信用は出来る」
少女の頭をポンポンと撫でて、シノは苦々しく呟いた。

 アンバランスで放っておけないぜ。
 シノがここまでコイツの面倒見るのも、少しだけ分かる気がするしなぁ。

火影は少女を満足そうに見つめ、慣れた手つきで笠からクナイを抜いている。
シカマルは無意識に少女の手を取った。
少女の体がピクリと震える。

 少なくとも。お前の中の九尾は怖くねーよ。

想いを込めシカマルは少女の手を握る。
少女は少しだけ力を込めシカマルの手を握り替えした。
「決まりじゃな」
満足そうに火影が何度もうなずいた。


幸か不幸か、奈良 シカマル。
天才ゆえに天災に惹かれる定めなのかもしれない。

この日を境に。
シカマルの『ヤル気』のない態度が更に悪化し、忍術アカデミーでの授業態度もすこぶる悪くなったと物議を醸しだす。

不思議がるシカマルの友人たちに、本人は

『夢見るお年頃が過ぎただけだよ』
等と。些か意味不明なコメントを残している。


運命を背負った子供たちが下忍となるまで、あと一年。


ここだけ前のレイアウトでした(汗)こんな感じでシカマルは仲間になりました。ブラウザバックプリーズ