萱草(かんぞう、忘れ草)の言葉が詠みこま
れた和歌、短歌、俳句、詩を集めてみました



詩 経

「伯けい」という詩に「どこかでわすれ草を手に入れて 私の寝室の裏庭に植えたい」という言葉があります。王のために矛を取って遠征に行ったあなたのことを思い続け、私の心は疲れ果てています という内容です。わすれ草の謂れは、この花を見ると憂いを忘れるということから、忘憂草、忘れ草となったようですが、遠くからもひときわ目立つ鮮やかな色からそう思われたのかもしれません。詩はいくつかの漢字が無いのでここにご紹介することができません。萱草が現れた最古の詩といわれています。



和 歌


                 万 葉 集 大伴旅人


わすれ草 わが紐につく香具山の 故りにし里を忘れむがため

  わすれ草を着物の紐につける 香具山の故里が忘れられなくて
  あまりに苦しいので。


わすれ草 わが下紐につけたれど しこのしこ草言いにしありける

  わすれ草を下着の紐に付けたけど、この頑固な草はちっとも忘れ
  させてくれない わすれ草とはよく言うよ。
  (しこのしこ草=醜の醜草)


わすれ草 垣もしみみに植えたれど しこのしこ草なほ恋にけり

  垣根にこんなに沢山わすれ草を植えたのに、まだあの人を忘れら
  れない


   



                  


  道しらば 摘みにもゆかむ住江の 岸に生ふてふ恋わすれ草

                                         きのつらゆき

  わすれ草を摘みに行く道も判らないほど、苦しい恋路に迷い込ん
  でしまった




  わすれ草 たね取らましを会うことの いとかく難きものと知りせば

                                           よみ人しらず

  あの人と会うことがこんなにも難しいと判っていれば、わすれ草の
  種を採ってきて蒔くのだったのに。



 恋うれども 会う夜のなきはわすれ草 夢路にさへや生いしげるらむ

                                           よみ人しらず

 これほど恋い焦がれているのに夢の中でも会えないのは、夢路に迄わ
 すれ草が生い茂っているからだろうか。



  わすれ草 何をかたねと思いしは つれなき人のこころなりけり

                                          そせい法師

  わすれ草は何を種にして生えてきたのかと思ったら、つれないあの
  人の心だったとは




 わすれ草 枯れもやするとつれもなき 人の心に霜はおかなむ

                                        むねゆきの朝臣

  冷たいあの人の心の中のわすれ草に霜が置いて枯れたらいいのに、
  そうしたら私のことを思い出してくれるかも知れない。



 短 歌



  それとなく紅き花みな友にゆづりそむきて泣きて忘れ草つむ                                       
                                  山川登美子 【恋ごろも】


  萱草はむれて生ひたり枯芝の上に青々と眼の清むまで

                                 斎藤茂吉    


 輝きて庭に咲きつぐ萱草の一日一日の花うれひなし

                     由谷一郎【沖雲】


 船の上(へ)ゆ仰ぎて見らくそぎ立てる岬の端(はな)の萱草の花

                     村松英一【やますげ】




俳  句


あけ易き夜や住の江のわすれぐさ
       与謝蕪村

夕風に夏忘草動きけり
            戸谷猿左 

     正岡子規

            夏目漱石

         芥川龍之介

          寺田寅彦

      森澄雄

     森澄雄

          森澄雄

       西島麦南

            岡井省ニ

           波多野爽波

           深見けんニ

            青柳志解樹

            八木澤高原

         市村究一郎

          河野友人
 
          広瀬直人

          福田甲子雄

           佐川広治

            大石悦子

           小出秋光

            脇村禎徳

           山岸巨狼

        加藤知世子



詩


              立原道造


                のちのおもひに
                 
  夢はいつもかへって行った 山の麓の寂しい村に
  水引草に風が立ち
  草ひばりのうたひやまない
  しづまりかへった午さがりの林道を


  うららかに青い空には陽がてり 火山は眠っていた
  ――そして私は
  見てきたものを 島々を 波を岬を日光月光を
  だれもきいていないと知りながら 語りつづけた・・・


  夢は そのさきにはもうゆかない
  なにもかも 忘れ果てようとおもひ
  わすれつくしたことさへ 忘れてしまったときには


  夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
  そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
  星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう