お わ り に
  いつのことだったか、井上 靖 の「敦 煌」を読んだことがあった。その感動は今なお残っている ……生きる目的を見出だせぬままに、砂漠で数奇な運命を辿る主人公・趙行徳は、敦煌の寺が戦火に包まれるに及んで、数万巻の経典を灰にすることが忍びがたく、これこそが自分に課せられた使命と悟り、運べる限りの経典を千仏洞に隠す ……

 

 
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「マーラー・交響曲第6番への考察」を書き終えて、改めて11世紀前半の中国を描いたこの名作が思い出される。私には経典を書くなどということはできないが、過去の優れた文化の普及や歴史の継承に、微力ながら役立つことはできるかもしれない。おそらく現代の千仏洞は、ネットの世界もさることながら、私たちひとりひとりの心の中にあるのだろう。

  いつのことだったか、奈良東大寺の修復工事が終り、落慶法要の様子をテレビが映していた。天平の雅楽が演じられていた。これから800年、1000年先はどうなっているであろうか。未来の世の中は知るよしもない。しかしその時でも、マーラーの音楽は、人を人として歌いあげ、新鮮な音をもって響きわたるに違いないのである。
  1998年12月11日
平 井 文 和 
 参 考 文 献 (抄)
ゴットフリート・ヴァーグナー 岩淵達治/狩野智洋 「ヴァーグナー家の黄昏」 平凡社 1998
エーベルハルト・フライターク 宮川 尚理 「シェーンベルク」 音楽の友社 1998
石田おさむ 「ユング深層心理学入門」 講談社 1998
秋山さと子 「ユングの心理学」 講談社 1998
林 道 義 「ユング」 河出書房新社 1998
皆川 達夫 「合唱音楽の歴史」 全音楽譜出版社 1972
アンネ・フランク 深町眞理子 「アンネの日記」 文藝春秋社 1994
月本 昭男 監修 「聖書の世界」 光文社 1988
フランソワーズ・ジルー 山口 昌子 「アルマ・マーラー」 河出書房新社 1989
ヴィクトル・E・フランクル 霜山 徳爾 「夜と霧」 みすず書房 1974
最後までお読みいただき、ありがとうございました。