ー空物ライフー
第一章


一人ぼっち、暗い部屋の中で一点を見つめていた。何も思わずただの一つも動かず、瞬きすらどうだか・・・。犬が焼き芋売りに吠え立

てる声、木枯らしが吹き荒れ雨戸を打つ音、子供達が遊んでいる声・・・全ては別世界で、動かない<空物>には無関係だった。<空

物>の意思とは裏腹に常に反復運動をする音が、その中にあった。どこか寂しげなその音は今にも消えそうなくらい弱々しく、ただひ

たすら単調にきしみながら鳴っているだけで、何をも待ち望んではいない。待ち望んではいないけれど止まることも無かった。・・・何故

か。弱々しくも永遠を感じさせるその音は、犬や子供の声とも風の音とも、また<空物>とも、同化していないような気を持たせた。ど

こか、暗いこの部屋でありながら、異空間を思わせても不思議ではない異様さ。不特定の場所から、聞こえてきてもおかしくないこんな


見える?何が?ほら、そこに見えるじゃん?見えないよ?何で見えないの?・・・わからない。

 幾度となく繰り返される会話。<空物>の間近での出来事のはずなのに、至極遠い何かの中での出来事のように、<空物>はぴく

りともしなかった。耳もかさず会話にも入らず、まるで会話などなかったかのように・・・。

 何の変化もない日常の中で<空物>はどんな存在意味を持つのか。そもそも<空物>は何なのか。<空物>自身はそんなことを

考えることもなく、ただ日々が過ぎてゆくだけなのだろう。何をせずとも日々は過ぎてゆく・・・そんな甘い考えの中で。考えがあるのかど

うかさえ、あいまいな<空物>だけれど、あえて「甘い考え」と。


季節はめぐり、色とりどりの花が咲く頃、<空物>にして<空物>でなくなる事件が起ころうとしていた。<空物>の象徴とでも言える

暗闇が暗闇でなくなってしまったら、どうする?一筋の光の元に躊躇するだろう。今まで遠い世界のことだと思ってきた、犬や子供の声

や風の音が一気にほど近いところでの出来事となる。無が有になる。単色が多色になる。それは、夏と冬が同時に現れるほどの奇怪

現象に思うだろう。<空物>には、刺激が強すぎたのかもしれない。強い刺激にあおられ、ある時期を境に何かが変わり始めていた。

誰もが気付くような、大きな変化が見られたのだ。

 何も居ない部屋の中からゴトッと物音がした。何も居ないはずの部屋の中から音がする・・・奇妙なことのはずだ。だけど、良く考えて

みろ?「本当に」何も居ないのではないのだ。勝手に何も居ないことにしているだけで、会話に入ってこないだけで、確かにそこに<空

物>は居るのだ。<空物>がそれを示した。風の吹く音に反応した。子供と犬と風と話をしたいのだろう。だがそれはまだまだゴトッと

<空物>が音を発するようにしているだけで、対話ではない。そこに、子供が無邪気に何の悪気もなく、誰も居ないはずの場所から音

がした、何かいるの?ただその興味だけで、雨戸を開けてしまったら?そう、子供が<空物>の暗闇になんの前ぶれも無く一筋の光

を差し入れた。それは、色とりどりの花、多彩な色彩、春の匂い、優しく全てを包み込むようなやわらかい光・・・すべてが一気に風と共

に<空物>の元へやってきた瞬間だ!

 






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《つづく》