約束 -虐殺-

 

 数人の男女が、辺境の村へと続く細い道を歩いていた。一様に疲れ果てているようで、その足取りは重い。ある者は傷付き、仲間の肩を借りてどうにか足を進めている。
「あの丘を越えたら……」
 誰かがそうつぶやいた。あの丘を越えたら、仲間の待っている村がある。ようやく休めるのだ、と。
 仲間たちは一斉に顔を上げて道の続く先、丘の方角を見た。
 そして、異変に気が付いた。
 丘の向こうの空が朱に染まり、禍々しい黒い煙が天を汚している。そして、微かに聞こえる金属の打ち合わされる音。その源が目指す村であると判ったとき、先頭に立って歩いていた女剣士は、いち早く駆け出していた。それに仲間たちが続く。
 丘の頂きに辿り着いた彼らの目に映ったものは、何度も見た――けれど、けして慣れることのできない光景。
 家々を炎が包み込んでいた。その周りで繰り広げられる虐殺。血と、何かの焼けるいやな匂いが鼻をつく。
 そして、火の粉と共に耳を塞ぎたくなるようないくつもの声が、彼らの元に届いた。必死に命乞いをする声。女子供の泣き叫ぶ声。そして、狂ったような笑い声。
 地獄のような光景を前にして、誰もが息を飲む。
「酷い……」
 赤毛の少女がかすれた声でつぶやき、惨劇から目を背けた。傍にいた白魔道士が、いたわるようにその肩を抱く。
 燃え盛る炎が、嬉々として村人たちを屠っていく殺戮者たちの姿を赤く染め上げていた。そして彼らは見たのだ。その外套に縫い止められた、白獅子の紋章を。
「そういうことかッ!」
 彼ら骸騎士団――貴族たちは骸旅団と呼ぶ――がこの村に匿われていることを、北天騎士団に知られてしまっていたのだ。それは彼らのミスだった。どこかに内通者が混じっていたのかもしれない。けれど、これはあまりにも……。
 怒りに燃えた表情で、女剣士が携えた剣を抜き放った。そして仲間たちを促す。
「待て、ミルウーダ」
 鋭い男の声が、丘を駆け下りようとしていた女剣士を引き止めた。
「たったこれだけの人数で、どうにかできるわけがないだろう」
 村には、ここにいる倍の人数の戦士たちを残していた。剣の腕では劣るだろうが、先の戦争を共に戦い生き残った歴戦の勇者たちだ。並の兵士たち相手に負けるようなことはないはずだった。それが、このありさまである。
 しかし、ミルウーダと呼ばれた女剣士は「犬死にするつもりか」と、そう続けた男をにらみつけ、言葉を返す。
「彼らを見捨てろというの?」
 仲間を、そして何よりも彼らを助けてくれた村人たちを、どうして見捨てられようか。
 なおも制止する男を振り切ろうとした、そのとき、
「ミルウーダさん、私もゴラグロスさんの言うとおりだと思います。皆、疲れているし、怪我人だっているんです」
 赤毛の少女を抱いたまま、白魔道士の娘が言った。その言葉に、ミルウーダは仲間たちの顔を見渡す。皆、疲労の色が濃い。このまま村に突入したとして、いったい何人生き残れるだろう。
「それに、もう……」
 苦しげにかすれた娘の声が、炎のはじける音にかき消された。
 気が付けば、剣戟の音はもう聞こえない。悲痛な叫び声も、次第に小さくなっているようだった。
 遅いのだ、もう何もかも。
 言いようのない苛立ちを、怒りを、悲しみを、ミルウーダは手にした剣に託して大地に突き立てた。
 まるで、それが合図だったかのように、冷たい雫が空から落ちてくる。
 見上げれば真っ黒な雲が渦巻き、雷を孕んで荒れ狂っていた。
 次第に激しさを増していく雨が、責めるようにミルウーダの頬を打つ。
「ごめんなさい……」
 つぶやきは雨音にかき消されて誰の耳にも届かない。隣にたたずむ、男のもと以外には。瞳からこぼれた雫が一粒、雨に紛れて頬を伝った。

 

>>To Be Continued

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