*夢幻の霊獣*
「貘(ばく)」は、夢を食べる霊獣としてあまりにも有名な存在である。
日本の妖怪には中国を発祥の地とする者が珍しくないが、この「貘」もそのひとつである。
その姿と言えば、体は熊、鼻は象、目は犀、牙は猪、手足は虎、尻尾は牛に似ている、とされている。体の各所を他の動物に准えて伝える辺り、流石は由緒正しき中国出身の妖怪である。
元々、この妖怪は深山の竹林などに住み、鉄や鋼を食べる動物だとされて来た。しかし、後にその性質ががらりと変わり、人間の夢を食べる霊威ある獣とされるようになった。これは一説には、悪夢を退ける「莫奇(ばくき)」と言う善神の伝承と混同されたからだとも言われている。
悪夢にうなされた時、「ゆうべの夢は『貘』にあげます」と三唱するとその難から逃れられる、と言う伝承が、日本の各地に残っている。また、本場中国では嘗て、ペストなどの流行性疾患を齎す「病魔」を、貘に食わせて退治する習慣があったと言う。
因みに現在の動物学で「バク」と呼ばれる動物は、この動物の伝承を元に後の世の人が名付けた物で、特にこの霊獣のモデルと言う訳ではなさそうである。