マレーバク
Malayan Tapir (Tapirus indicus)

動物園でバクの檻の前を通りすがると、必ず一度は聞く台詞がある。

「ねぇねぇ、バクって確か『夢』を食べる動物なのよね」

夢を食べる中国の空想上の動物「貘」と実在するバクは、実は全く関連の無い生き物である。
いや、敢えて言うなら空想上の「貘」が先にあって、
後に人々に知られるようになった実在の動物にバクの名が冠せられたと言うべきか。
確かにバクはその名を関せられても全く違和感の無い珍妙な姿をしている。
がっちりした体はクマのそれに似ているし、
伸縮する鼻はゾウのそれを連想させる。
普段は口を閉じていて見えないが、彼等にはトラのような鋭い牙が生えている。
伏目がちの目はサイに似ている。

此処に紹介するマレーバク。
彼等は現地では「P'SOM−SETT」と言う名で呼ばれている。
この名前はタイの言葉で「混ぜ物」と言う意味。

何でも、東南アジアにはバクの由来についてこんな話があるのだと言う。

「全能の神がある時、地上に生き物を作る仕事をしておられた。
あらかたの作業が終わりふと手元を見ると、
動物達を作る時に用いた頭、手足、胴などのパーツが少し残っていた。
神は思いついてそのパーツを組み合わせ、苦心惨憺の末、何とか一頭の動物をこしらえた。
それがバクである。

余ったパーツで作られた為、バクは
数種類の動物を綯交ぜにしたような奇妙な姿をしているのである」

いにしえの人々の愉快な空想力が垣間見える話である。
<データ>

*分類*
哺乳綱 奇蹄目 バク科
*分布*
ミャンマー南部からタイ、マレー半島、スマトラ島にかけての森林地帯
*大きさ*
頭胴長1.8〜2.5m、体高1〜1.2m、尾長10p前後、体重250〜540kg
*食性*
植物食。主に森林に生える草本、特に木の葉を好んで摂食。
枝から落ちた果実等も少しは食べる。
*備考*
一番原始的な奇蹄類(ウマやサイの仲間)。有蹄類の中でも割と原始的な部類。
短い毛、分厚い皮膚、藪を潜るのに都合がよい体高の低い体、そして若干伸び縮みする鼻が特徴。
印象深い黒と白灰色のツートンカラーは、薄暗い森林の中ではカムフラージュの役割を果たす。
生まれたての子供の身体には、イノシシの「瓜坊」を思わせるような白い斑模様がある。
カバを思わせる親水性の動物で、水を恐れず、潜水や泳ぎが巧み。
敵に襲われると藪を潜り抜けてやり過ごし、水の中に潜って敵の目を欺く。
おとなしい動物ではあるが、怒らせると人を殺傷するほどの膂力を発揮する事もある。
縄張りに自分の尿を飛ばす習性があり、飼育下でもその習性を如何なく発揮する事があるので、
動物園で鑑賞する時は尿をかけられないように注意が必要。